グリーン製鉄推進を含むCCfDの入札がドイツで開始
~ 日本では差金決済契約が水素社会推進法案に記載され国会での審議を開始。欧州を猛追できるか ~

(文責: 青野 雅和)

 弊社では2023年6月13日に「ドイツは気候保護契約(Climate Protection Contracts)で産業界の脱炭素化を後押し ~CCfD(炭素差額契約)の仕組みを利用し、2023年末に入札が開始か~[i]」として、CCfDに関する情報をシェアさせていただいていたが、この度、ドイツにおけるCCfDの入札が開始したので、ご紹介させていただく。

 ドイツにおけるCCfDの入札の開始は3月12 日にドイツの連邦経済・気候変動省(BMWK)によって公表[ii]されたものである。
 2023年夏のCCfD準備手続きに参加してきたエネルギー集約型産業の企業(製紙、ガラス、鉄鋼、セメント産業)は、今後4か月以内に最大規模の移行プロジェクトに対する15年間の資金を申請できる。資金調達総額は40億ユーロ。

 炭素差額契約は、製紙、ガラス、鉄鋼、セメント産業などのエネルギー集約型セクターにおける、気候に優しい最新の製造プロセスの導入を促すことを目的としている。気候に優しい生産プロセスが現在まだ競争力のない分野では、差額炭素契約により、従来の手順と比較して15年間にわたり、追加コストが相殺されることとなる。

 CCfDの導入により、ドイツにおいて2045 年までに合計約 3 億 5,000 万トンの炭素排出が回避されることになります。これはドイツにおける産業部門の2030年目標の3分の1強に相当する「20 Mt/年」を削減できる計算となる、

 CCfDはEU-ETSやCBAMと同様に製紙、ガラス、鉄鋼、セメント産業などのエネルギー集約型セクターの企業及び製品の脱炭素化を支援する強力な支援策となる。たとえば、欧州では既に「グリーンスチール製造」の動きが推進されており、CCfDにより鉄鋼産業にグリーンスチールの製造ライン(水素還元製鉄)の構築を補助することとなる。これは全鉄鋼生産量の1/3に相当する生産量をカバーすることとなるであろう。また、この水素還元製鉄に必要となるグリーン水素においては水素コアネットワークを2032 年までに設置することを検討しており、今年度中には工事に着手する予定である。
 例えば、ドイツのSalzgitter(ザルツギッター)は既存工場をGreen Steel工場に転換する計画であり、2025年末までに自社の鉄鋼生産施設をグリーン水素ベースの技術で稼働するように転換し始める予定。この生産ラインにより95%のCO2が削減され、同社は最終的には年間190万tのGreen Steelを生産したいと考えている。

 なお、ドイツは水素を輸入に頼っており、今後もあらゆる手段で調達していく意向である。例えば、弊社でも2024年1月15日の「グリーン水素の入札が欧州、ドイツ、オマーンで展開。韓国も続くか?[iii]に置いて読者にお伝えしたが、ドイツでは2023年8月1日に2035年までに最大23.8GWの水素火力発電所の入札を実施すると公表。昨年の12月から「H2Global 」と名付けられた水素由来製品の国外からの調達が進められている。

 こうした入札に加え、定常的に水素を調達する手段として、水素パイプラインを構築することを検討しており、その長さは700km となる予定である。北はノルウェー、西はオランダ、ベルギー、南はイタリア、東はオーストリアとつなぐ予定である。全体合計で 200億ユーロの投資が必要になり、そのうちの50% は既存の天然ガスのパイプラインを利用し、残り半分は新たに建造する。ブレンドの水素ではなく。100%水素となる予定である。

 グリーンスチールの需要は既に自動車業界で拡大しており、多くの自動車メーカーが将来の調達を予約している状況であるが、北海で展開している洋上風力発電デベロッパーにおいても必要とされている、タワーやブレードなど多くの部材で鉄を利用していることから需要があるのである。例えば、電気事業者の最大手 のRWEは2040 年までに CO2 カーボンニュートラルを実現するという目標であり、そのために多くのそのオフショア洋上風力発電施設を建設中である。その建設にあたって必要な鉄鋼材料としてグリーンスチールの購入を予約している。

 セメント業界ではCO2のパイプラインが重要になる。彼らは、独自に CO2 ネットワーク構築のための計画案を打ち出した。CO2を吸収したセメントを製造することで、製品のカーボンフットプリント(CFP)を極力削減したいのだ。

 CCfDにより、こうした製品の脱炭素化を進めていくことの日本への影響は非常に大きい。ご承知のように、EUETSの価格を基準として、炭素国境調整メカニズム(CBAM;Carbon Border Adjustment Measure)により、鉄、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、水素、電力等をEUに輸入する事業者は、製品の製造過程で排出される温室効果ガス(GHG)の排出量を四半期ごとに提出することが義務付けられることとなった(弊社NEWS: CBAMが日本企業に与える影響 ~鉄・鉄鋼業はコスト面で不利な状況に立たされるか?~ を参照のこと[iv])。

 CBAMが2026年1月に本格施行した際には、EUへの輸入企業はEU製品よりもCFPが高い場合、EUETSの価格に基づいて、ペナルティーを支払うこととなる。しかし、CCfDによりEU域内の製品が更に脱炭素化が進むことになるので、日本の輸出製品も更に脱炭素化が求められることとなる。欧州製品はCCfDにより脱炭素化が達成できる時期が早くなればなるほど、取引上有利な状況に立てることとなる。

 幸いなことに日本政府においても、差金決済契約(CfD)が「価格差に着目した支援の制度設計について」として整理されている。これは、総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素・アンモニア政策小委員会 資源・燃料分科会 脱炭素燃料政策小委員会 産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 水素保安小委員会が令和6年1月29日に公表した「中間取りまとめ[v]」の「第2章 価格差に着目した支援・拠点整備支援の概要」に記載されている。
 記載内容を読み込むと「鉄・化学等といった代替技術が少なく転換困難な分野・用途に関し、新たな設備投資や事業革新を伴う形での原燃料転換も主導するものが対象で、2030年開始且つ支援終了後も10年間製品を供給するプロジェクトに15年間支援する」と読み取れる。
 なお、上記「中間取りまとめ[vi]」は、「水素社会推進法案」として2月13日には閣議決定し、その後3月12日に衆議院の審議に入っている。すなわち、日本においても、グリーン水素の製造と利用対象先である鉄鋼のグリーンスチール化を含む製品の脱炭素化を推進していくステージに入ったことが伺える。

 対欧州を見据えた産業競争は脱炭素化の技術(CBAM)と企業の公表の在り方(CSRD)を軸に進んでいくことが本格化していくであろう。

引用


[i] https://baumconsult.co.jp/2023/06/13/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AF%E6%B0%97%E5%80%99%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%A5%91%E7%B4%84%EF%BC%88climate-protection-contracts%EF%BC%89%E3%82%92%E7%94%A3%E6%A5%AD%E7%95%8C%E3%81%AE%E8%84%B1%E7%82%AD/

[ii] https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Pressemitteilungen/2024/03/20240312-first-round-of-carbon-contracts-for-difference-launched.html

[iii] https://baumconsult.co.jp/2024/01/15/%e3%82%b0%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e6%b0%b4%e7%b4%a0%e3%81%ae%e5%85%a5%e6%9c%ad%e3%81%8c%e6%ac%a7%e5%b7%9e%e3%80%81%e3%83%89%e3%82%a4%e3%83%84%e3%80%81%e3%82%aa%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%81%a7/

[iv] https://baumconsult.co.jp/2023/11/13/cbam%e3%81%8c%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%bc%81%e6%a5%ad%e3%81%ab%e4%b8%8e%e3%81%88%e3%82%8b%e5%bd%b1%e9%9f%bf%ef%bd%9e%e9%89%84%e3%83%bb%e9%89%84%e9%8b%bc%e6%a5%ad%e3%81%af%e3%82%b3%e3%82%b9%e3%83%88/

[v] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20240129_1.pdf

[vi] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20240129_1.pdf