ベルリン市内全域をカバーする下水熱ポテンシャルマッププロトタイプを公開
~ドイツの熱需要全体の8分の1を賄う熱賦存量を持つ下水熱~

(文責:坂野 佑馬)

 EUでは研究・技術開発のための資金提供プログラムである「Horizon Europe」※1が運用されている。EUは本プログラムで、第8期の計画となる「Horizon 2020」※2に2014年から2020年の間で約800億ユーロを助成した。
 この同計画では研究プロジェクトの1つとして、6つ都市(ベルリン、アムステルダム、ミラノ、パリ、ヴェイユ、クルージュ・ナポカ)を対象にサーキュラーエコノミーの新たな開発を目的としたパイロットプロジェクトである「REFLOWプロジェクト」※3が実施された。ちなみに「REFLOWプロジェクト」は2019年6月から2022年5月までの期間に、EUから約980万ユーロの支援を受けて実施されている。ベルリンにおけるパイロットプロジェクトでは、家庭や産業で水を使用する際に発生する「下水熱(Wastewater Heat)」に焦点を当てたものであった。

 
 ちなみに、ドイツでは気候変動法(Climate Change Act)の改定に伴い、2045年までに気候中立(climate neutral:全ての温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること)を目標と定めている。ベルリンにおいても2021年8月にベルリン気候保護・エネルギー転換法(EWGBln)が改定され、「Climate-Neutral Berlin 2045」という脱炭素化目標が策定された。その一環として「Berlin Energy and Climate Protection Programme 2030(BEK2030)」※4という気候変動対策ロードマップが発表されている(2022年内に改定予定)。また、BEK2030ではデジタルマッピングするシステム「diBEK」※5を導入し、実施効果や気候変動による影響等のBEKの進捗状況を可視化して分析する取組を行っている。

 
 さて、ベルリンにおけるREFLOWプロジェクトの主軸となっているのは、下水熱のポテンシャルマップを構築する「下水熱レーダー(Wastewater Heat Radar)」※6というアプリケーションの開発である(画像1)。

画像1.下水熱レーダー

(出所)REFLOWプロジェクトHPより引用。

 まず、下水熱とは生活廃水や産業廃水由来の廃水熱を指しており、下水の廃水熱を電気式ヒートポンプによって熱交換し、結果得られた「熱」を空調等で利用するものである。下水熱利用の現状として、ベルリンでは下水熱の利用可能量は年間約8,670 TJにも及ぶと算出されているが、実際に活用されているのはわずか3%程度である。また、ドイツ全体での下水熱賦存量は、国内の熱需要の約8分の1を補える量が存在すると推定されている。加えて、電気式ヒートポンプ(EHP)を活用する技術であるため、再生可能エネルギー由来電源と合わせることでCO2フリーな熱源にすることが可能になることも利点として挙げられる。
 上述のパイロットプロジェクトがあるということは、ドイツでは実は廃水熱利用技術の導入が思うように進んでいないのであるが、その原因として、「下水熱の認知度が低いこと」、「下水熱の利用には水道管管理者との密接な連携が必要なこと」、「下水熱利用のポテンシャル把握が困難であること」が挙げられる。これらの課題を解消すべく、同アプリの開発は、「市民への下水熱利用の認知度向上」と「供給側(下水がある場所)と需要側(熱エネルギーを利用できる場所)のマッチング」の2点を実現することに重点を置いて進められてきた。
 同アプリは、グリーンエネルギー、都市計画、不動産開発、産業計画、ヒートポンプ開発の分野の専門家をターゲットに設計されている。マップ上に、膨大なデータを元に算出された熱賦存量を表示し、指定した特定範囲での熱需要量も算出することが可能となっている。これらの機能により、下水熱を利用した熱の需給マッチングがシミュレートされる。これはつまり、下水熱レーダーは新たな地域熱暖房ネットワークを実現する可能性を秘めているということである。さらに同アプリに導入されている技術の特筆すべき点は、ブロックチェーン技術を一部活用した情報の選択的共有技術を導入することにより、官民様々な主体が高度な規制のものに管理している膨大なデータの利用を可能にしていることである。これにより、シミュレーションの精度を飛躍的に高めることに成功している。今後の展望としては、さらに多くの主体の協力・データの提供を仰ぎ、シミュレーション精度向上を図るとともに、ベルリン以外の地域でのアプリ開発にも取り組むとしている。
 

 日本国内においても下水熱は次世代の新熱源として期待されており、国として導入促進を図っている。2016年5月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」では、エネルギー多消費型の事業である下水道での、省エネルギー化の推進が重要課題とされており、下水処理場における設備の運転改善、エネルギー効率の良い散気装置や汚泥脱水機等の導入などによる下水処理の省エネ化が推奨されている。また、2020年 12 月に策定された「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、下水熱の活用推進が位置づけられており、インフラを通したカーボンニュートラルが必要とされており、都市空間内の熱利用効率化が必要不可欠であるとされている。
 NEDOの調査によると、日本国内の下水熱の賦存量は年間約21,150 TJであり、約90万世帯の年間熱利用量を賄うことができる量が存在すると推定されている。しかしながら、2020年8月末の時点では国内での下水熱を利用した地域熱供給の事例は32件に留まっている状況である※7。近年設置された事例としては、横浜市庁舎の空調設備や中野区立総合体育館の空調設備への導入が挙げられる。
 政府は下水熱利用の推進に向け、2012年8月に「下水熱利用推進協議会」を設置し、2013年に 「下水熱等未利用熱ポテンシャルマップ策定事業」 を開始した。各地方自治体に下水熱の賦存量や存在位置を提示する「ポテンシャルマップ」を策定しており、21の地域で公表されている※8。それらはまちづくりの構想段階から活用できる「広域ポテンシャルマップ」と事業化段階に活用できる「詳細ポテンシャルマップ」に大別されている。ベルリンの新アプリと比べるとアナログなものではあるが、民間事業者による下水熱利用の促進に貢献されることが期待される。また、2015年から「下水熱利用アドバイザー派遣等支援事業」も開始され、下水熱利用事業の導入を検討している地方自治体に対し、アドバイザーを派遣し、下水熱利用の導入支援を行っている。

 
 多くの事業者も頭を抱える低炭素熱源の確保に下水熱利用が貢献する可能性はある。国内外問わず、弊社はコンサルティング等の支援が可能である。技術動向について読者にも提供していくので、関心を持っていただけると幸甚である。


引用

※1 EC_Horizon Europe の概要。

https://ec.europa.eu/info/research-and-innovation/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en

※2 EC_Horizon 2020の概要。

https://ec.europa.eu/info/research-and-innovation/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-2020_en

※3 REFLOWプロジェクトのHP。

https://reflowproject.eu

※4  BEK2030の概要。

https://www.berlin.de/sen/uvk/en/climate-action/berlin-energy-and-climate-protection-programme-2030-bek-2030/

※5 diBEKの概要。

https://dibek.berlin.de/?lang=de#caption_c4

※6  REFLOWプロジェクト「下水熱レーダー」のHP。

https://reflow-berlin.fokus.fraunhofer.de/start

※7 環境省による調査結果(2020年8月末)

https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001370195.pdf

※8 国交省による調査結果(2020年5月末)。

https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001380474.pdf