デジタル業界も脱炭素を推進。
~今後の課題は「透明性・統一性のある情報開示」~

(文責:坂野 佑馬)

 2022年6月22日、国際電気通信連合※1(ITU:International Telecommunication Union)及びワールドベンチマーキングアライアンス※2(WBA:World Benchmarking Alliance)は共同で、世界の主要な「デジタル企業」150社の脱炭素化への取り組みに関する調査報告書を発表した※3。なお、本報告書において、機器を製造・販売する企業、通信ネットワークの運用やデータセンター、クラウドコンピューティングなどのソフトウェアや情報技術サービスを提供する企業など、デジタル技術を扱う企業全般を一纏めに「デジタル企業」と表記しているため、本稿においても同様の定義で記載させていただく。
 ITUは電気通信・情報通信分野における国連の専門機関で、ゼロエミッション達成へ向けた新たな枠組みの開発などに取り組んでいる団体である。また、WBAは国際的に影響力のある企業をSDGsの観点から評価し、ランク付けを行っているNPOである。
 脱炭素化には温室効果ガス(GHG)排出量の計測、省エネルギー化、再生可能エネルギーの導入、オフセットやその他の炭素除去(CCUS等)などの多様な手法がある。同報告書では、各手法毎に世界トップクラスのデジタル企業の脱炭素化の実践状況が記載されている。以下に主な報告内容を紹介する。

GHG排出量の計測

 同調査により、ほとんどのデジタル企業はGHGプロトコル※4に準じた手法を用いて排出量のデータを集計していることが判明した。 その中で、一般にはデータは明確であるが不透明な部分もあり、特にエネルギー使用量を示す単位(GJ、TJ、kWh、MWh、GWh)に一貫性が無いことが問題視されている。また、実際に同調査において、データの再確認を行ったところ一部の企業の報告しているデータに誤りがあることが判明した。多くの企業は第三者にデータの検証を委託しているが、GHGプロトコルや排出量の報告・検証方法を規定した国際規格ISO14064に対する保証や整合性のレベルには差がある。その点、スイス最大の電気通信事業者であるSwisscom社は世界で唯一、ISO14064に準拠した気候変動報告書を自社で作成している。

省エネルギー化

 多くのデジタル企業が、データセンターの発熱を冷却するために消費される電力を削減する為に、空調設備において蒸発式冷却・液体式冷却装置を導入したり、寒冷な地域や国にデータセンターを設置したりするなどの策を講じてきた。しかし、PUE(Power Usage Effectiveness:データセンターの電力使用効率を表す指標でデータセンターが使用する総エネルギー量と機器に供給されるエネルギー量の比率を示す)の示す値の減少が停滞気味になってきている。1.0に近づくほどエネルギー効率が高いことになるが、現在の世界平均は1.57となっており、ここ5年近く横ばいの値を示している。そんな中でも、Facebook社やAlphabet社の先進的な企業は、データセンターの規模を極めて大きなものにすることでPUEを約1.1にまで落とすことに成功している。

再生可能エネルギーの導入

 2020年の世界の企業の再生可能エネルギー由来の電力調達のうち、ICTセクターが占める割合は約44%であり、再生可能エネルギー由来の電力購入企業上位10社のうち6社がICT企業である。13社(Alphabet、Apple、BT、Cloudflare、KPN、Meta、Microsoft、Netflix、Procimus、SAP、Spotify、Swisscom、Telia)が、Scope2における全ての電力を再生可能エネルギーから購入しており、デジタル企業全体では、エネルギー消費のほぼ3分の1を再生可能エネルギー由来の電力で賄っている状態である。
 一方でデジタル企業は、再生可能エネルギー事業者に電力料金を支払っているが、電力網の構造上、必ずしも支払った分の電力が得られるとは限らない。例えば、Google社の親会社であるAlphabet社は、RE100を達成しているが、1時間単位で見ると、支払った分の67%しか再生可能エネルギーによる電力が利用でないことが分かっている。従い、同社は対応策の1つとして、高負荷なコンピューティングタスクは天然ガス火力発電など比較的低炭素な電源由来の電力を利用することにシフトさせることで、GHG排出量を最小限に抑えるように努めている。また同社は、国連エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)および国連が提唱したイニシアティブでその後に推進組織となったSE4All:Sustainable Energy for All(万人の為の持続可能なエネルギ)と提携し、「24/7 Carbon-free Energy Compact」という24時間365日再生可能エネルギーが利用な社会を作り上げるための行動規範を策定した。

オフセット

2020年末までに16社のデジタル企業(Alphabet、Apple、Booking Holdings、Cloudflare、Elisa、Facebook、Infosys、KPN、Microsoft、Proximus、Salesforce、Spotify、Swisscom、Tele2、Telia、Telstra)がカーボンニュートラルであると報告しており、その多くがオフセットのためのプロジェクトを展開している。2020年ではこの16社によって約9.6 MtCO2e のGHG排出量がオフセットされ、Alphabet社とTelstra社がその80%以上を占めている。また、各デジタル企業のオフセットプロジェクト展開先は発展途上国に集中していることが知られている(表1)。

表1. デジタル企業カーボンオフセットプロジェクト(2020)

企業名クレジットスキームプロジェクト
AppleVCS(注1)・太陽光発電(中国) ・マングローブ林保全(コロンビア) ・持続可能な森林経営とサバンナ保全(ケニヤ)
Booking HoldingsVCS、 Gold(注2) Standard・熱帯雨林保全(カンボジア) ・廃棄物発電(エクアドル、タイ) ・水力発電(ホンジュラス) ・太陽光発電(インド、ナミビア)
ElisaGold Standard・バイオマス調理用ストーブ(ウガンダ) ・森林再生・保全(コロンビア)
LogitechVCS、 Gold Standard、 CER(注3)・調理器具と風力発電(中国) ・熱帯雨林保全(ブラジル) ・地熱発電と生物多様性保全(インドネシア)
MicrosoftVCS・森林再生(インド) ・アグロフォレストリーと森林再生(ペルー)
ProximusGold Standard・バイオマス調理用ストーブ(ベナン、中国、マラウイ、ウガンダ)
SalesforceGold Standard、 VCS・バイオマス調理用ストーブ(ホンジュラス)
SwisscomCER・バイオガス工場(インド)
Tele2Gold Standard・太陽光発電、風力発電(インド)
TeliaVCS・森林保全(ペルー、ジンバブエ)

注1:VCS(Verified Carbon Standard)
2005年にIETA、WBCSD、WEF、The Climate Groupの4団体によって創設された。現在はVerraという民間団体によって管理されている。

注2:Gold Standard
2003年にWWF、SSN、Helio International等によって開発された。持続可能な開発への寄与度に応じたクレジットが発行される。

注3:CER(Certified Emission Reduction)
京都議定書によって採択された京都メカニズムのうち、クリーン開発メカニズム(CDM)を通して発行されるクレジット。

(出所)ITU・WBA作成資料からBCJ作成。

 
 オフセットプロジェクトによってクレジットを取得するデジタル企業だけでなく、発展途上国も様々なかたちで恩恵を享受している。バイオマス燃料を使用した調理用ストーブは、薪の使用量を削減し、GHG排出量を減らすだけでなく、森林破壊を抑制する効果も発揮する。ベナンで利用されている「Thermo Electric Generator Stove(図1)」は1世帯当たり年間3 tCO2e を削減可能と推定されており、携帯電話の電力も賄うことができる※5

図1. Thermo Electric Generator Stove

(出典)TEG STOVE climate project HP

グリーンイノベーションへの投資

 オフセットの利用により、自社での排出量削減に消極的になる傾向があることを指摘する専門家も多く、デジタル企業の中にはオフセットからグリーンイノベーションへの投資へ切り替える企業が出てきている。新規のグリーンテクノロジーを開発することで、今まで以上に自社のエネルギー効率を向上させたり、GHG排出量を削減できる可能性がある。エネルギーの高効率化やGHG排出量を削減・除去する製品・サービスを開発するベンチャー企業に資金を提供するファンドが複数立ち上げられており、その総額は30億米ドルを超えるとされている(表2)。

表2. デジタル企業のグリーンイノベーションファンド

企業名ファンド名概要
AmazonThe Climate Pledge Fund設立:2020年  資金調達額:20億米ドル 投資先:9社のベンチャー企業(下記例) Pachama社:衛星画像とAIを活用した、炭素回収の効果の検証 Ion Energy社:バッテリー効率を最大化するための高度なバッテリー管理システムの開発
OrangeOrange Nature Fund設立:2021年  資金調達額:5000万ユーロ 投資先:森林再生・生態系回復プロジェクト(下記例) フランスとスペインの森林再生 セネガルのマングローブ植林
AppleRestore Fund設立:2021年  資金調達額:2億米ドル 年間1 MtCO2e の削減を目標に林業プロジェクトに投資
MicrosoftMicrosoft Carbon Inovation Fund設立:2020年  資金調達額:10億米ドル 投資先:21社のベンチャー企業(下記例) Aclima社:GHGの測定・分析技術の開発 Climeworks社:アイスランドの工場でDAC(Direct Air Capture)技術(注4)を提供 Utilidata社: AIを活用し、スマートグリッドを実現するアグリゲーター(注5)

注4:DAC(Direct Air Capture)
大気中のCO2を直接回収できる技術。吸収液や吸着材に空気中のCO2を吸収・吸着させ、その後加熱や減圧などの操作でCO2を分離・回収する方法が代表的。

注5:アグリゲーター
電力需要家の需要バランスをとりまとめ、効果的かつ安定的に電力エネルギーを提供する事業者。

(出所)ITU・WBA作成資料からBCJ作成。

 同報告書の末尾では、 デジタル企業の脱炭素化における今後の課題として、「より透明性・統一性のある情報開示」をすることが指摘されている。多くのデジタル企業が環境情報開示を推進する国際NGOのCDP(Carbon Disclosure Project)が提供する質問書やTCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に基づいて情報開示を行っているが、Scope3※6に関して集計が不十分である。また、オフセットの開示やカーボンニュートラルの監査についても透明性が欠けている状態にある。デジタル企業は、GHGプロトコルにおけるカーボンニュートラルやネットゼロの定義を適切に把握し、情報開示のクオリティに反映させる必要がある。影響力の大きいデジタル企業が率先して透明性・統一性のある情報開示を行い世界全体の脱炭素化状況の適切な分析を促すことで、最終的に世界全体の脱炭素化の活性化に繋がることが期待できると同報告書は締めくくられている。
 日本国内においては、改正された地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)によって一定以上のGHGを排出する事業者(特定排出者)には自らのGHG排出量を算定し、国に報告することが義務付けられている。さらに2021年5月26日に温対法が再度改正され、事業者のGHG排出量情報のオープンデータ化を推進すると定め、より迅速な情報開示と透明性の向上を目指した変化が見られる※7
 また、東京証券取引所が2021年6月に改訂したコーポレートガバナンス・コードにおいて、東証上場企業に対してサステナビリティの取り組みを経営戦略の開示に含めることを定めた。なかでもプライム市場上場企業に対しては、TCFD提言か同等の枠組みに基づく開示を求める原則を新設し、2022年4月4日より企業に対して義務化されている。これに伴い、国内を代表するデジタル企業も、サステナビリティレポート上などでTCFD提言に基づいた情報開示を行っている。併せて、多くの企業が「TCFDコンソーシアム」というTCFDに関する様々な議論を行う団体に所属し、事業者向けにTCFD提言の内容を解説した「TCFDガイダンス2.0」や投資家がTCFD提言に基づく開示情報を読み解く際の視点について解説している「グリーン投資ガイダンス2.0」の策定を行っている。
 イギリスの慈善団体が運営するNPOであり、環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システムの運営を行うCDPは、2021年度の「気候変動」分野においては世界全体で200社、日本国内では55社をAランクに認定した。この55社のうちの12社(富士電機、富士通、古河電気工業、日立製作所、コニカミノルタ、京セラ、三菱電機、村田製作所、日本電気、ナブテスコ、ソニー、凸版印刷)がデジタル企業であった。

 現状として、デジタル企業を含む日本国内の大企業においては、世界と比較しても情報開示のレベルが高い水準にあることが伺える。今後、国際会計基準の策定を担うIFRS(International Financial Reporting Standards)財団が設立したISSB(International Sustainability Standards Board)※8の策定する新たな情報開示の国際基準のように、情報開示基準は雨後の筍のように新興されていくことが予想できる。国内企業には、今後も世の中の潮流に適切に対応し、もしくは脱炭素のトップランナーとしてサスティナブルな経営の推進を期待したい。

引用

※1 国際電気通信連合の概要。

https://www.itu.int/en/about/Pages/default.aspx

※2 ワールドベンチマ―キングアライアンスの概要。

https://www.worldbenchmarkingalliance.org/the-alliance/

※3 ITU・WBA_Greening digital companies: Monitoring emissions and climate commitments

https://www.itu.int/hub/publication/d-str-digital-03-2022/

※4 2011年10月に公表されたGHG排出量を算定・報告する際の国際的な基準。

https://www.env.go.jp/council/06earth/y061-11/ref04.pdf

※5 TEG STOVEの概要。

https://www.tegstove.org/

※6 Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出

   Scope2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出

   Scope3:Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

※7 環境省_温対法改正の概要。

https://www.env.go.jp/press/109218.html

※8 IFRS財団_ISSBの概要。

https://www.ifrs.org/groups/international-sustainability-standards-board/

免責事項

International Telecommunication Union (ITU) and World Benchmarking Alliance (WBA). 2022. Greening digital companies: Monitoring emissions and climate commitments.

この翻訳は、国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)及びワールドベンチマーキングアライアンス(WBA:World Benchmarking Alliance)によって作成されたものではない。ITUとWBAのいずれも、この翻訳の内容や正確さについて責任を負わない。


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