EUで更に気候変動の抑止策が制定へ 排出権取引と航空・海運に関する排出量の監視が進む
~「Fit for 55」パッケージに関する5つの法律を4月18日 に採択~

(文責:青野 雅和)

 読者も注目されているであろう、欧州の脱炭素化の取り組みであるFit for 55に関して動きがあったので紹介する。
 Fit for 55に関する情報は弊社のNEWS(https://baumconsult.co.jp/news/)でも取り上げていたが改めて説明しよう。Fit for 55は2030 年までにEUにおける温室効果ガスの排出量を1990 年のレベルと比較して少なくとも55%削減するというEUの気候目標を達成することを法的義務としているものであり、2050 年に気候中立性を達成するというEUのコミットメントに沿った法律である。
 EU理事会は4月18日に「Fit for 55」パッケージに関する以下の5つの法律を採択した。これらの法律は昨年12月に欧州議会と合意していたことから、過去の背景も加筆する。

  1. ETS指令の改訂
     理事会と欧州議会が2022年12月18日に合意していたもので、EU排出量取引システム(EU ETS)が対象とするセクター(エネルギー集約型産業、発電部門、航空部門)における2030年までの排出量削減が2005年のレベルと比較して62%に引き上げられた。
  2. MRV(Measurement, Reporting and Verification:(温室効果ガス排出量の)測定、報告及び検証)海運規則の改正
     MRV海運規則は船舶からの二酸化炭素排出量の監視、報告、検証に関するEU規則(2015年7月1日施行)で、EU加盟国の管轄下にある港に発着する総トン数5,000tを超える船舶に対し、監視計画の作成と排出報告書の提出に関する規則を規定している 。今回の改正により、メタンCH₄と亜酸化窒素N2Oが2024年からMRV海運規則に、2026 年からEU ETSに含まれることとなった。
  3. ETS航空指令の改訂
     EU ETSはヨーロッパ内のフライト (英国とスイスへの出発便を含む)に適用されているが、CORSIA (Carbon Offsetting and Reduction Scheme for. International Aviation:国際民間航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム)に参加しているEU以外の国を発着するヨーロッパ外のフライトにも適用されることとなる(これまで発着のどちらかがEU以外の場合は対象外であった)。
     また、現在、EU域内の航空会社には、炭素排出量の支払いを回避するための排出枠のうち82%が無償であり、15%がオークション、残り3%が急速に成長している航空会社と新規参入者への配布のための特別準備金として割り当てられているが 、2024年から2026年にかけて段階的に無償の出枠が廃止され、2026年には排出枠が完全にオークションにかけられることになる。
     加えて、CO2 以外の温室効果ガスのMRVも設定されることとなる。
  4. 社会気候基金を設立する規則
     社会気候基金は、脆弱な世帯、零細企業、輸送利用者を支援し、建物、道路輸送、その他の部門の排出量取引システムの価格への影響に対処するのに役立つ対策と投資に資金を提供するために加盟国によって使用されている。2026年から2032年にかけて、新しい排出量取引システムからの収入によって最大650億ユーロまで資金を調達する。
  5. 炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)を定める規則
     CBAMは、EUで製造可能である製品において、炭素制約が不十分な国からの輸入品に対し、EU ETSで支払われる炭素価格に連動した炭素賦課金を課す措置である。この措置により、CBAMは炭素リーケージ(炭素制約の厳しい国の企業が緩やかな国へ生産拠点を移転することによって、世界全体の排出量が増加すること)を防止することを目的としている。
     4月18日の採択により、CBAMは2025 年末まで、報告義務としてのみ適用される。2026年以降は、EU ETSの下で開始されると、CBAMの対象となるセクター(セメント、アルミニウム、肥料、電気エネルギー生産、水素、鉄鋼、および一部の川下製品) に対する排出割り当ての無償枠が、2026 年から2034年までの9年間で段階的に廃止される。

 このように、排出取引と輸送に関する排出量の監視が進むことになり、特に航空と海運に関しては、温室効果ガス排出抑制に必要となるグリーン燃料の製造と調達が各国で必要となり、その旨を各国に対し要求することを迫った(狙った)採択となったと評価すべきであろう。国際的な移動や搬送を行う企業は、気候変動対策をより厳しく実施することが必要となっていくことから、サスティナビリティ経営の見直しも必要であろう。
 4月から5月にかけて、軒並み素晴らしい決算の結果を公表している日本の大手航空及び大手海運企業にとって、更に環境投資を検討する良いタイミングであるのではなかろうか。

[ⅰ]https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/04/25/fit-for-55-council-adopts-key-pieces-of-legislation-delivering-on-2030-climate-targets/

[ⅱ]https://www.classnk.or.jp/hp/en/authentication/eumrv/

[ⅲ]https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Pages/default.aspx

[ⅳ]https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-emissions-trading-system-eu-ets/free-allocation/allocation-aviation-sector_en