市民が作る持続可能な地域への施策
~ 欧州グリーンキャピタルアワード2023を受賞したエストニアの首都“タリン市”の取り組み  ~

(文責:坂野 佑馬)

 2023年1月21日、欧州委員会(EC)の環境担当委員より、エストニア・タリン市長のMihhail Kõlvart 氏へ欧州グリーンキャピタルの称号が贈られた。タリン市は2021年秋の時点で2023年度の欧州グリーンキャピタルアワード(European Green Capital Award)※1に選定されており、それを受けての式典であった。称号と共に、60万ユーロが贈られ、タリン市の持続可能性を高めるための様々な施策に活用されることとなっている。

 欧州グリーンキャピタルアワードとは、ECによって設けられている賞であり、「高い環境目標・基準を設定し、運用実績があることが広く知られていること」、「環境改善と持続可能な発展のために継続可的かつ意欲的な目標に取り組んでいること」、「他の都市を刺激するロールモデルとして機能していること」などの条件を満たす都市が、1年につき1都市ずつ受賞する仕組みとなっている。
 同賞の構想自体は2006年にタリンで生まれたものであり、2008年にEU加盟各国の共同覚書が締結されたことで、権威づけされたものとなった。2010年より継続的に選定が行われてきており、過去の受賞国はストックホルム(2010年)、ハンブルク(2011年)、ヴィトーリア・ガステイス(2012年)、ナント(2013年)、コペンハーゲン(2014年)、ブリストル(2015年)、リュブリャナ(2016年)、エッセン(2017年)、ナイメーヘン(2018年)、オスロ(2019年)、リスボン(2020年)、ラハティ(2021年)、グレノーブル(2022年)、タリン(2023年)となっている。更には、既に2024年度の受賞国としてバレンシア(スペイン)が内定している状態にある。
 同賞を受賞することによるメリットは複数あるとされ、主に以下記載の内容がECのHP上で強調されている。

  • ポジティブなメディア報道
  • 国際的な知名度の向上、ネットワーキング、新しいアライアンス
  • 新たな機会の創出 (グリーン製品、プロセス、サービスの輸出に貢献)
  • 環境プロジェクトへの重点的な支援
  • 地域の誇りや帰属意識の向上
  • 欧州グリーンキャピタルネットワークへの参画(過去の受賞都市及び最終候補都市専用のネットワークで、現在は36都市が参加している。)
  • 国内外イベントの開催(オープニングセレモニー、審査員会、EUグリーンキャピタル賞授賞式、ネットワークミーティング等)
  • 国際的に権威のあるイベントへの参加(EUグリーンウィーク、引渡式など)

 さて、なぜタリン市が2023年度の欧州グリーンキャピタルアワードに選定されるに至ったのか。その根拠をECは以下のように列挙している。

  • 「タリン2035開発戦略(Tallin 2035 Development Strategy)」※2において、カーボンニュートラル、気候変動対応、イノベーション、健康、モビリティ、生物多様性、サーキュラーエコノミー、持続可能なエネルギーと食糧生産に対して野心的に取り組んでいること。
  • 生物多様性を高めるために、市民が自然ベースのソリューションやアーバンガーデニングを共同設計できる「GoGreenRoutes」※3と呼ばれる計画を立てていること。
  • 気候変動への適応と回復力に力を入れており、雨水管理システムや道路の改修など、数多くの関連施策が実施されている他、都市計画に都市の緑をよりよく取り入れるためのプロジェクト「Green Twins」※4など、新たな取り組みも計画されていること。
  • 市民が無料で公共交通機関を利用できるようになった欧州初の首都であること(2013年~)。
  • 改修プロジェクトにおいて、デジタルツールを用いて自然を活かした最適なソリューションを提供していること。

 本稿では特筆すべき「タリン2035開発戦略」を以下に紹介しておく。
 2022年12月に採択された同戦略は、2018年末より検討を開始し、市内8地区においてワークショップやセミナーを4回ずつ開催することで約5000人のタリン市民のニーズを汲み上げ、戦略案に反映させている。同戦略の特筆すべき点の1つとして、気候変動対策等の特定の課題に対するアクションプランだけでなく、同戦略の推進を円滑かつ確実なものとするための体制・システム構築のためのアクションプランも別個で設定されている点が挙げられる(以下記載)。

~タリン2035開発戦略のための「都市運営とサポートサービス」のアクションプラン~

  1. 人間中心のサービスデザイン(市民ニーズを捉えたサービスづくりの仕組み・体制の整備。)
    1. サービスの中央調整(画一されたサービス管理手法の開発、CoE(Center of Excellence)およびサービスのための円卓会議の設置)
    2. 顧客中心のeサービスと市民への共有
    3. 市の基本的なITインフラ、情報セキュリティ、ワークステーションの提供
    4. 市の組織全体に対するその他のサーポート(法律、調達等)の提供
    5. 環境及び品質マネジメントシステムの導入
  2. データに基づく管理(市民がデータを手軽に入手でき、容易に理解できる環境の整備。)
    • タリンの3Dモデル(デジタルツイン)の開発
    • 個人情報などの非公開情報の効率的な保護
    • 市に帰属するデータと外部由来のデータの効率的な統合とアクセス性の向上
    • 経営判断に必要なデータを意思決定者が手軽に入手でき、容易に理解できるものに改善
  3. 戦略・財務計画(タリン2035開発戦略の健全な推進をサポート。)
    • システムのアップデートと市の開発文書のモニタリング
    • 市の関連企業への金融サービスの提供
    • 円卓会議、市民や市民団体の協力会議の開催と、意思決定プロセスへの参画
    • 非営利団体の活動支援、包括的な予算執行
  4. 明確なコミュニケーション(市民への情報提供の強化。)
    • 街の風貌・アイデンティティの保存と発展
    • サービスに関する情報資料の準備と配布の組織化
    • 街を紹介する印刷物の集約を組織化
    • 街全体の週刊誌
    • 海外メディアを通じたタリン市の魅力発信
  5. 品質マネジメントと有能な従業員(市営組織における献身的で意欲的なチーム作り。)
    • 人間中心の都市組織の構築
    • 中央採用の実施
    • 結果重視の有能で経験豊富な幹部の採用
    • 目標重視のチーム育成
    • 管理とデータの質の向上
    • 幹部の業績評価の実施
    • 給与体系の更新
    • 働きやすい環境の整備
    • 市役所職員ポータルの整備
  6. 地域・国際協力(他自治体・都市との協力関係構築)
    • 他地域の自治体との協力関係の構築
    • バルト海地域の都市(ヘルシンキ、リガ、サンクトペテルブルク等)との協力関係構築
    • EUの都市政策発展への貢献(EUの都市ネットワーク「EUROCITIES」での活動等)
    • タリン市の優先分野の開発に必要な国際経験の獲得と、タリン市の国際的イメージ構築のためのベストプラクティスの共有
    • 国際プロジェクトへ向けたコンピテンスセンターの開発
  7. 市民統計と人口サービス(家庭に必要な情報提供の強化。)
    • 人口統計サービス
    • 人口サービス
    • 家族や人口に関する手続きの認知度向上
    • 家庭を持ち、子供を産む市民の優遇
    • 家族の価値及び歴史に関する紹介イベント
    • 外国語での人口統計・人口サービスの提供
  8. 古文書サービス(タリン市の歴史・アイデンティティの保存及び普及。)
    • 市営組織へ古文書の保存と管理に関する助言
    • 市営組織において保存される必要のある文書の収集と保存
    • 国内外の動向に合わせたデジタル古文書の開発
    • eサービスの改善
    • 市の歴史に関する科学的研究の組織化
    • 市の歴史紹介

 また、タリン市は、欧州グリーンキャピタルプログラムとして60以上のイベントを含む環境をテーマとした活動を行う計画である。その中でも生物多様性、気候変動、グリーンイノベーション、環境意識の醸成などに重点を置き、全ての人にとってより良い生活環境を創出することを目標に掲げた大規模プロジェクト(以下記載)を立ち上げる予定としている。

  • 生物多様性に富んだ牧草地と都市との調和
  • デジタルツインを活用した都市の緑化計画
  • 近隣都市と共同のMaaS(Mobility as a Service)導入計画
  • ワールドクリーンアップデー(エストニアが始めたキャンペーンでバルト海の清掃活動に焦点を当てる。)
  • 複数のグリーンイノベーション、スマートソリューションの実証実験
  • タリン・グリーンテック・ウィーク(11月に開催を予定するエキスポ等のグリーンテック関連のイベント)
  • タリン市内湿地帯の復元活動
  • 環境・生物多様性保全を目的とした新しい国立公園の建設

 タリン市はエストニアの首都であるとは言え、人口は約42万人、面積は約160㎢とそれほど規模が大きな都市ではないため、日本の自治体レベルでも参考にできる取組はあるように推察できる。特に、脱炭素化・気候変動対策を推進する基盤づくりとして自治体内システムの変革を自治体職員が一方的に定めていくのではなく、市民が参加し意見を出して実施していく展開は、日本においても重要になってくるように思う。今後もタリン市での活動及び、欧州グリーンキャピタルアワード受賞国の取組は弊社NEWSでも取り上げていく。

引用

※1  https://environment.ec.europa.eu/topics/urban-environment/european-green-capital-award/about-eu-green-capital-award_en#benefits-of-being-a-european-green-capital-city

※2  https://strateegia.tallinn.ee/en/

※3  https://gogreenroutes.eu/

※4  https://www.finestcentre.eu/greentwins