世界では生物多様性保全を重要視する風潮が加速
~TNFDは初の提言(v1.0)を発表し、グローバルスタンダードに向かう。日本企業も早急な対応が必要だ~

(文責:坂野 佑馬)

 2023年9月18日、国連と民間連携の「TNFD ; Task force for Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)」は※1企業が抱える自然関連のリスク情報の開示基準となる初の提言(v1.0)を公表した※2。TNFD提言(v1.0)は、企業や投資家がより良い意思決定を行うための情報を提供し、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」※3の目標と整合性を担保するように設計されている。今回の発表に際して、情報開示に係る一連の追加ガイダンスも発表した。
 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やISSB(国際サスティナビリティ基準審議会)のIFRS基準と同様に、「ガバナンス」、「戦略」、「リスクマネジメント」、「指標・目標」の4分野での、企業が抱える自然資本への依存度、インパクト等を開示するため14の推奨項目を示している(以下記載)。

表1.TNFD提言(v1.0)の概要

開示項目開示内容
ガバナンス自然に関する依存関係、影響、リスクおよび機会に関する取締役会の監督について説明する。
自然に関連する依存関係、影響、リスク、機会を評価し、管理する上でのマネジメントの役割を説明する。
自然関連の依存、影響、リスク、機会に対する組織の評価と対応において、先住民、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダー、その他のステークホルダーに関する組織の人権方針と参画活動、および取締役会と経営陣による監督について説明する。
戦略組織が短期、中期、長期にわたって特定した、自然に関する依存関係、影響、リスク、機会を説明する。
自然に関する依存関係、影響、リスク、機会が、組織のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与えた影響、および移行計画や分析について説明する。
自然関連のリスクと機会に対する組織の戦略の回復力を、さまざまなシナリオを考慮して説明する。
組織の直接事業、および可能であれば上流と下流のバリューチェーンにおける資産や活動のうち、優先順位の高い場所の基準を満たすものの所在地を開示する。
リスク・影響管理直接的な業務における自然関連の依存関係、影響、リスク、機会を特定し、評価し、優先順位をつけるための組織のプロセスを説明する。上流と下流のバリューチェーンにおける、自然関連の依存関係、影響、リスク、機会を特定し、評価し、優先順位をつけるための組織のプロセスを説明する。
自然に関する依存関係、影響、リスク、機会を監視するための組織のプロセスを説明する。
自然関連リスクの特定、評価、優先順位付け、モニタリングのプロセスが、どのように組織全体のリスクマネジメントのプロセスに統合され、それに反映されているかを説明する。
指標・目標組織が、その戦略およびリスクマネジメントプロセスに沿って、重要な自然関連のリスクと機会を評価・管理するために使用する指標を開示する。
自然への依存と影響を評価・管理するために組織が使用する指標を開示する。
組織が自然関連の依存関係、影響、リスク、機会を管理するために使用する目標とゴール、およびそれに対するパフォーマンスを説明する。

出所:TNFD提言(v1.0)よりBCJ作成

 また、「コアグローバル指標」として、「依存・影響」に関する9つの指標と、「リスク・機会」に関する5つの指標の、計14の指標が挙げられている(以下記載)。多くのセクターに関連があり、投資家などの意思決定に有用であると考えられる指標が選定されている。GHG排出量に焦点を当てているTCFDと比較するとかなり複雑化されたものになっていると言えよう。各指標の開示においては、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方で、遵守(開示)するか、遵守(開示)しない場合はその理由を説明することが求められることとなる。

表2. コアグローバル開示指標「依存・影響」の概要

項目指標
陸上・淡水・海洋利用の変化総空間フットプリント陸上・淡水・海洋利用の変化範囲
汚染・汚染除去土壌に放出された汚染物質量排水量廃棄物の発生と処理量プラスチック量非GHG大気汚染物質の合計量
資源利用・補充水不足地域からの取水と消費量陸上・淡水・海洋からの調達するリスクの高い天然生物資源の量
気候変動GHG排出量
侵略的外来種とその他
(※開示推奨)
侵略的外来種の持ち込みに対する対策
自然の状態
(※開示推奨)
生態系の状態種の絶滅リスク

出所:TNFD提言(v1.0)よりBCJ作成

表3. コアグローバル開示指標「リスク・機会」の概要

項目指標
リスク自然関連の移行リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益、費用の金額(合計及び合計に占める割合)
自然関連の物理的リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益、費用の金額(合計及び合計に占める割合)
自然関連の負の影響により、その年度に受けた相当の罰金、科料、訴訟の記述及びその金額
機会グリーンタクソノミーや産業界等の分類法を参照し、機会の種類別に自然関連の機会に向けて投入された資本支出、融資または投資の金額
自然に対してプラスの影響をもたらす製品及びサービスの収益の増加とその割合

出所:TNFD提言(v1.0)よりBCJ作成

 2023年10月2日現在、世界全体では1,156の団体、日本国内では141の団体がTNFDフォーラム(TNFDでの議論を、専門知識を提供するステークホルダーとしてサポートする国際組織)への参画を表明している※4みずほリサーチ&テクノロジーズ社によれば、TNFDへの企業の対応の速度はTCFDよりも速い(下記図)※5。今回のTNFD提言の公表により、TNFDフォーラムへの参画を発表する企業は増加していくだろう。

図1. TNFDとTCFDの賛同組織数の推移

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ社「TNFDに沿った情報開示に踏み出すポイント」より抜粋

 さて、世界における生物多様性保全の動向に目を向けると、英国では開発工事に際して、自然完了を工事前よりも良い状態にする取組「生物多様性ネットゲイン(BNG ;Biodiversity Net Gain)」※6を義務付ける政策を推進している。英国環境・食糧・農村地域省(DEFRA)は2021年11月に環境法を改正し、開発事業後の生物多様性を事業前と比べて10%以上増やすよう明文化した。BNGは、開発事業が行われるオンサイトでの事業実施のほか、オフサイトでの事業実施や、他の自然再生の創出されたBNGを購入する、いわゆる生物多様性クレジットの仕組みで実施することも可能である。生物多様性クレジットの参考法定価格は既に、英国政府のHP上で公開されている※7ので興味のある読者は参照いただきたい。
 2023年9月27日に英国政府が公表した新たなタイムテーブルによれば、2024年1月から英国のディベロッパーに対して、小規模用地以外における新築の住宅・商業施設・産業施設を建設する場合には10%のBNGの達成が義務付けられることとなる。2024年4月から小規模な用地におけるプロジェクトについても義務化され、国家的に重要なインフラプロジェクトについては2025年から適用される予定となっている※8

図2. 生物多様性ネットゲインのイメージ図

出所:Biodiversity Net Gain: An Introduction to the benefits, Natural England 2022より引用

 世界を取り巻く、自然資本及び生物多様性の保全を重要視する潮流は日本においても活発化している。弊社NEWS(2023年7月11日公開)においても記載させていただいた、三井不動産が推進する「東京・神宮外苑の再開発計画」に対するグリーンウォッシュの指摘する世論※9は、その一例であると言えよう。世論としての期待・プレッシャーだけでなく、投融資の世界においてもTNFD提言に準拠した情報開示に即したポートフォリオの再編が予見される。日本国内においては、気候変動対策に重点をおいたTCFD対応のみを意識している、もしくはTCFD対応も難しい状態にある企業が未だに多いように見受けられる。TNFDが今後TCFDと同様にグローバルスタンダードとなることを予見した時に、各企業は国際市場に取り残されないために、今の段階から世界の要求水準が気候変動対策に加えて生物多様性保全に配慮するレベルにステップアップしつつあるということは、認識しておくべきであろう。弊社としても、各種支援を提供すると同時に、TNFDに端を発する生物多様性保全の訴求に関する状況を今後も提供していきたい。

引用

※1 https://tnfd.global/

※2 https://tnfd.global/final-tnfd-recommendations-on-nature-related-issues-published-andcorporates-and-financial-institutions-begin-adopting/

※3  https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.htm

※4 https://tnfd.global/engage/tnfd-forum/forum-member-list/#search-filter

※5 https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/report/2023/tnfd2308_01.html

※6 https://naturalengland.blog.gov.uk/wp-content/uploads/sites/183/2022/04/BNG-Brochure_Final_Compressed-002.pdf

※7  https://www.gov.uk/guidance/statutory-biodiversity-credit-prices

※8  https://www.gov.uk/government/news/biodiversity-net-gain-moves-step-closer-with-timetable-set-out

※9 https://rief-jp.org/ct12/134840