フランスは国民の子供の未来を見据え、気候変動対策の貯蓄に課税対策を与える等の「産業グリーン化法」案を発表
(文責:坂野 佑馬)
2023年5月16日、フランス政府は「産業グリーン化法」の政策案を発表した。同政策案においては、グリーン水素、バッテリー、風力発電、ヒートポンプ、太陽光発電の5つのグリーン技術に焦点を絞って支援を行っていく方針である。
同様の取組として、EUにおいても同年2月には「グリーンディール産業計画」※1を発表し、EU域内のネットゼロ産業に対し最適な生産環境を提供することための政策を推進している。同計画は、「規制環境の簡素化」や「資金調達の迅速化」、「人材育成」、「貿易の促進」の4つの柱で構成されている。
さて、Macron大統領は「産業グリーン化法」案に関して、「グリーン産業において米国と中国をはじめとする諸外国に対抗するために必要である。」と強調している。
米国においては、2022年8月に発表された「インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)」※2によって、グリーン産業に対する資金援助の規制が緩和された。フランス政府は、米国の規制緩和により米国内におけるグリーン産業に対する投融資が加速され、フランスのグリーン産業における競争力が失われることを危惧している。
一方、中国においては、太陽光発電パネルやEVに関してコスト競争力の高い製品をEUに向けて、大量に輸出していることへの対策と推察する。太陽光発電パネルの製造に関して言えば、IEA(国際エネルギー機関)の報告書によれば、全世界における生産能力に占める中国のシェアは、モジュールが74.7%、セルが85.1%、ウエハーが96.8%、ポリシリコンが79.4%(2021年)と各製品のシェアの大部分を中国企業が手中に収めている※3。フランスの自動車コンサルティング会社であるInovev の調査によると、2022年度の欧州EV市場における中国メーカーのシェアは約5.8% に上るそうだ。同社の推計によると、欧州の新車市場におけるEVのシェアは2030年までに40% に高まり、EV市場における中国メーカーの販売台数は72万5000台~116万台、シェアは12.5~20% となる見通しである。
こうした諸外国への対策の打ち手である「産業グリーン化法」案に関して内容を紹介させていただきたい。同政策案に関して、現在4つの施策に関して内容が語られている。
- 海外からの投資を誘致するための税額控除
5つのグリーン技術(バッテリー、ヒートポンプ、グリーン水素、風力タービン、ソーラーパネルの製造)を優遇するものであり、投資額の20%から45%を控除できるものにすることを予定している。フランス政府は、この税額控除により2030年までに200億ユーロの投資を達成し、4万人の雇用創出に繋げたいとしている。 - 工場設置のための認証期間の短縮
フランス国内でのグリーン産業の新規参入を促進するため、現在平均18カ月かかっている工場設立認可のための行政上の認証期間を、最大9カ月に半減させることを計画している。また、荒れ地と化した工業用地の浄化にも10億ユーロを投じ、約50カ所の誘致サイトを整備するとしている。 - EV購入時の支援金の見直し
EV(ハイブリッド車は対象外)を購入する際の支援金を、製品に紐づけられたカーボンフットプリントを考慮したものにするとしている。この施策によって、米国や中国からの輸入車に対する国内車の競争優位性を強化する目論見だ。 - 未成年者を対象とした「未来の気候変動貯蓄制度」
同制度は、子供が生まれたら親が開設できる新たな積立口座で、課税等の面において優遇されるとしている。グリーン産業支援のために公的資金のみではなく、国民の個人的な資本も活用していく狙いである。貯蓄者が18歳に達するまでは、事故等の緊急を要する場合を除き、引き出しができないようにする。貯蓄が適切に投資されるように、資金管理はフランスの公的金融機関であるCaisse des dépôts et consignationsが担当するとしている。
日本国内に目を向けると、2021年3月よりNEDOに2兆円規模の「グリーンイノベーション基金」※4が創設されている(令和4年度第2次補正予算で3,000億円を基金に積み増しし、令和5年度当初予算に4,564億円を新規に計上)。官民で野心的かつ具体的な目標を共有した上で、これに経営課題として取り組む企業等に対して、最長10年間、研究開発・実証から社会実装までを継続して支援するものとなっており、現在20ものプロジェクトへの支援が行われている。また、環境省においても多岐に渡る分野において補助金が配布されており、令和5年度予算としても環境・エネルギー対策として約3500億円が計上されている※5。
世界各国でグリーン産業における激しい競争が展開されていく中で、資金の調達が政府・企業にとってより一層重要な課題となっていくだろう。フランスの施策からは、この課題を解決するヒントが得られるように思う。
1つは投資先の分野を限定するということである。グリーン産業においては発展途上な技術が多い中、将来性を正確に判断することは不可能かもしれないが、他国が投資先の選択と集中を行う中で、広範な投資を推進し続けることは危ういように思う。日本のグリーン産業が目指すべき将来像を早い段階で見定めていく必要がある。
2つ目は、国民の個人的な資金を活用するという点である。日本銀行の調査によると日本は貯蓄大国であり、約2005兆円が個人の金融資産として保有され、そのうち約1100兆円は現金・預金であるとされている。フランスの「未来の気候変動貯蓄制度」のように、個人が将来を見据え資産を投資したいと思わせる術を政府が見出すことで、将来のグリーン産業発展の原資を捻出させることが可能かもしれない。昨今の日本国内においては、若年層を中心にNISAやiDeCoの仕組みを活用した投資が注目を集めている。メディアでは「サステナブル」や「カーボンニュートラル」、「エシカル」といった概念に日本の若者は敏感であり、価値を見出していると報じられている。信憑性は定かではないが、現在の日本と気候変動関連の投資・貯蓄制度は親和性が高いかもしれない。
引用
※3 https://jp.reuters.com/article/china-ev-europe-idJPKBN2SC05L
※4 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gifund/index.html
※5 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.env.go.jp/content/000098819.pdf