持続可能な食品サプライチェーンに向けた国内外の動き
~ドイツは「栄養戦略」が検討中~

(文責:坂野 佑馬)

 ドイツ連邦食品農業省(BMEL)は2022年12月21日に、かねてより検討中であった「栄養戦略(Ernährungsstrategie)に関連した論文を発表した※1。BMELは、食品サプライチェーン全体の横断的な変革を促進し、ドイツ国民の食生活をより健康的で持続可能なものにすることを目指すとしている。同戦略案は今後、数か月に渡る推敲を経て2023年末までに連邦内閣にて採択された後、2025年までに施行される予定である。

 同様の取組は、ドイツに先駆けてEUでも実施されており、欧州委員会(EC)は欧州グリーンディールの主要な取組の1つとして「Farm to Fork Strategy(F2F)」※2という戦略を推進中である。同戦略では「持続可能な食料生産」、「持続可能な食品加工と食品流通」、「持続可能な食品消費」、「食品ロスの発生抑止」のそれぞれの領域に注力するとしており、「2030年までに殺虫剤の使用を50%削減」、「2030年までに化学肥料の使用を少なくとも20%削減」、「2030年までに畜産と水耕栽培で用いられる抗菌剤の使用を50%削減」などの複数の目標や行動規範を設定している。

ドイツの栄養戦略(案)における基本方針

 さて、話を戻しドイツにおける栄養戦略案を紹介したい。
 栄養戦略案は、「健康増進と持続可能な栄養環境の構築」、「資源と気候変動に配慮したアプローチの推進」、「栄養リテラシー:健康的で持続可能な食生活の普及促進」の3つのテーマを推進する方針である(下記詳細)。

1.健康増進に繋がる持続可能な栄養環境の構築

  • コミュニティーケータリング
    保育所や学校、食堂、介護施設、病院等におけるケータリングの栄養環境を持続可能なものに再設計する。
  • 消費者の購買の意思決定におけるサポート
    消費者が健康的な選択を容易にできるように、基本的な食品表示に加えて栄養「ニュートリスコア(A~Eで栄養評価を表示するもの)」のような直感的に比較可能な指標を導入し、食品の栄養情報を消費者に示す。また、カーボンフットプリント等のエコロジカルフットプリントと呼ばれる表示の導入も検討する。
  • 植物性食品
    ドイツ国内では、「肉の消費量は栄養学的に推奨されるレベルを大幅に超過していること」や「動物性食品の生産(飼料作物の生産を含め)によって、多量の温室効果ガスが発生し、環境汚染に影響していること」等の問題が発生しており、植物性の食事へ移行することで問題の緩和を目指す。
  • 栄養の社会的側面
    貧困層・低所得者層にも分け隔てなく栄養供給ができるように、食料の価格上昇の抑止や給食制度の充実を法的に調整する。
  • ムーブメントの促進
    BMELとBMG(連邦保健省)の共同イニシアチブにおける既存・新規の取組を活発化していく。
  • 構造・プロセス
    栄養戦略を推進するための連邦政府、州、自治体、民間企業のネットワークを構築する。
  • モニタリング・調査
    ドイツ国内のあらゆる栄養に関するデータを収集し、分析するための仕組みを整える。

2.資源と気候変動に配慮したアプローチの推進

  • 持続可能な食品生産・供給
    自治体レベルでの様々なパイロットプロジェクト(下記例)を積極的に支援することで、地域に根差す有機食品のサプライチェーンを構築する。
    「オーガニックシティ(Bio-Städte)」※3:有機栽培促進を推進する自治体の連合体で、情報共有や共同プロジェクト、資金調達、広報活動などに重点を置いて活動している。
    「食品協議会(Ernährungsräten)」※4:政治、行政、農家、商社、消費者、レストラン関係者等の間での食品に関する情報交換を目的としたネットワーク。
    「エディブルシティ(Essbare Städte)」※5:都市空間を利用して食料を生産する一連のプロジェクト。
  • 食品ロスの削減
    2019年に策定された食品廃棄物削減のための国家戦略の展開の中で、ドイツは2030年までに食品廃棄物を半減させることを目指している。また、BMELは2012年より継続推進している「ゴミ箱に入れるにはもったいない!」※6という情報プラットフォームを通じて、食品サプライチェーン全体での食品廃棄物削減の取組・成果を共有している。

3.栄養リテラシー:健康的で持続可能な食生活の普及促進

  • 特定の消費者グループに必要な栄養
    社会的に弱い立場にある人々(移民、貧困者、高齢者等)に向けて生活に活用できる栄養の基礎的な知識やスキルを身に着けさせる支援を行う。また、これらの人々の健康状態をより詳細かつ正確に把握するための取組も行う。
  • 推奨される栄養成分
    子供、妊婦、授乳中の女性、ビーガン・ベジタリアン等の人々に焦点を当て、科学的根拠に基づいた栄養素摂取量に関する基準を策定する。
  • 栄養に関するコミュニケーションと情報提供
    食品情報が、正確・明確・最新の状態で消費者に提供されるような体制や仕組みを整える。
  • 栄養教育
    保育所や学校での栄養教育に活用できる質の高い教材の充実を図ると共に、栄養教育の教師向け研修を実施する。

 栄養戦略と併せて、ドイツでは「2030年気候変動対策プログラム」の一部として、農林業の気候変動対策として主に脱炭素施策に注力している※7。ドイツ気候変動法で農林業部門における温室効果ガスの年間排出量が2030年までに5600 万トンCO2まで削減することが定められており、BMELは農林業部門における気候変動対策として以下の10項目を策定した。

~ドイツ農林業部門における気候変動対策の施策~

  1. アンモニア排出量の削減、亜酸化窒素排出量の削減、窒素利用効率の向上等
  2. 家畜糞尿や農業残差の発酵を促進
  3. 有機農業の拡大
  4. 畜産業におけるGHG排出量削減
  5. 農業におけるエネルギー効率の大規模化
  6. 農耕地における腐植の保存
  7. 永久草地の保存
  8. 湿地帯の保護
  9. 森林の保全と持続可能な管理及び木材の積極利用
  10. 食品廃棄物の回避を含む持続可能な食品消費

 近年では日本国内においても、厚生労働省・農林水産省の両省庁によって食品サプライチェーンの持続可能性を高めるための検討・取組が進められている。

 厚生労働省においては、主に持続可能な食品サプライチェーンの主に「栄養面」に焦点を当てた取組が推進されており、2022年3月に産学官等連携による食環境づくりの推進体制として「健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブ」※8が立ち上げられた。同イニシアチブにおいては、「食塩の過剰摂取」、「若年女性のやせ」、「経済格差に伴う栄養格差」等の栄養課題や環境課題を重要な社会課題と捉えており、ドイツとは異なる日本特有の健康課題解決に取り組んでいることが伺える。基本的な取組方針はドイツ栄養戦略案と類似しており、栄養に関する様々な基準の明確化や、栄養教育や情報共有の強化へ向けて食品業界関係者間の協力体制を構築していくとしている。その上で、同イニシアチブに参加する主体それぞれが行動目標や評価指標を自ら設定し、取組を進めていくかたちをとっている。

 加えて、農林水産省では会議体が構築されている。「持続可能な食料生産・消費のための官民円卓会議」が設置され、「みどりの食料システム戦略」※9の実現に向けて、食の生産・加工・流通・消費に関わる多様な関係者間で情報や認識を共有するとともに持続可能な食品サプライチェーンの構築へ向けた具体的な方策の検討を行っている。「みどりの食料システム戦略」とは、農林水産業の生産力強化や持続可能性の向上を目指し、2021年5月に農林水産省が策定した食料生産の方針である。農林水産業を包括した以下の14の取組方針が示されている。

~みどりの食料システム戦略の取組方向~

  1. 2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化を達成
  2. 2040年までに農林業機械・漁船の電化・水素化等に関する技術を確立
  3. 2050年までに園芸施設を化石燃料を使用しない施設へ完全移行
  4. 農山漁村における再生可能エネルギーの導入
  5. 2050年までに化学農薬使用量の50%を低減
  6. 2050年までに輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減
  7. 2040年までに次世代農業に関する技術を確立
  8. 2050年までに事業系食品ロスの最小化を達成
  9. AIやロボット導入による自動化等で、食品生産性を向上
  10. 流通のあらゆる現場において省人化・自動化
  11. 2030年までに持続可能性に配慮した輸入原材料調達を達成
  12. エリートツリー等の活用、構想木造技術の確立
  13. 漁獲量の回復
  14. 二ホンウナギ・クロマグロの養殖拡大

 本稿により、ドイツ、日本の双方で同じような観点から食品サプライチェーンの持続可能性向上へ向けて取組が進められていることがご理解いただけると思う。特にドイツでは「栄養面」に対するアプローチがより詳細であるように見て取れた。また、ドイツの「環境面」に対するアプローチは、日本よりも自然環境の保全を重要視するような施策が多く見て取れる。対して、日本の戦略が優れている点は、漁業の持続可能性施策にも言及している点や次世代の技術を積極的に導入することを宣言している点が挙げられる。
 食品サプライチェーンを取り巻く持続可能性や気候変動への対応は、より複雑になっていくことから、業界・多様な関係者の相互の協力体制のなかでの円滑な情報交換や、各主体の自主的な行動が極めて重要な事象となっていくであろう。

引用

※1 https://www.bmel.de/DE/themen/landwirtschaft/pflanzenbau/ackerbau/eiweisspflanzenstrategie.html

※2 https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/farm-fork-strategy_en

※3 https://www.bzfe.de/nachhaltiger-konsum/netzwerke-bilden/bio-staedte/

※4 https://www.bzfe.de/nachhaltiger-konsum/netzwerke-bilden/ernaehrungsraete/

※5 https://www.ernaehrungswandel.org/vernetzen/nischeninnovationen-in-europa/essbare-staedte#:~:text=Unter%20dem%20Begriff%20%E2%80%9Eessbare%20Stadt,Menschen%20frei%20zug%C3%A4nglich%20gemacht%20werden.

※6 https://www.zugutfuerdietonne.de/

※7 https://www.bundesregierung.de/breg-en/issues/climate-action

※8 https://sustainable-nutrition.mhlw.go.jp/

※9 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-10.pdf