火急の脱炭素化へ向けた各国政府によるGHG排出量算定義務化政策が活発化
(文責:坂野 佑馬)
昨今、全世界で脱炭素社会の実現に向け、政府・企業問わず様々な取組が実施されている中でGHG排出量等の環境価値を金銭に置き換えて取引を行う「カーボンプライシング」という政策手法が、脱炭素化を円滑化する手段として多様な組織において導入を検討されている。カーボンプライシングと一言で言っても、その手法には有名な「炭素税」や「排出権取引」等の制度以外にも様々なスキームがあることはあまり正確に認識されていないのではなかろうか(図1)。※1
図1.カーボンプライシングの分類(一部)
出典:資源エネルギー庁HPより引用
日本では、2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定され、「成長志向型カーボンプライシング構想」が打ち出された。国内外問わず、活発化していくカーボンプライシング関連の情報は企業が事業を展開していく中で必要不可欠な情報となっていくだろう。本稿から数カ月に渡って、カーボンプライシングに関連した情報を提供させていただこうと考えている。
本稿においては、カーボンプライシングの前段階となるGHG排出量算定に関して、各国政府によって導入されつつあるGHG排出量報告の義務化政策に関して動向を少し紹介させていただく。
- 気温上昇を1.5度未満、2℃未満に抑制するには火急の対策が必要
21世紀に入ってから2019年まで、世界のGHG排出量は、主に中国やその他の新興国からの排出量の増加により、増加傾向を辿ってきた。COVID-19パンデミックのため、2020年の世界排出量は2019年と比較して3.7%減少したが、2021年からは増加傾向に再び転換、2022年には53.8Gt-CO2eqに達した(図2)。※2
図2.世界全体での年間GHG排出量の推移
出典:EDGAR「GHG EMISSIONS OF ALL WORLD COUNTRIES 2023」より引用
グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP; Global Carbon Project)は、2023年12月5日に、世界のCO₂収支の最新の評価結果をまとめた「Global Carbon Budget 2023」※3を発表した。同報告書によると、今後の世界の気温上昇を抑制するために2024年以降に許容される残りのCO₂排出量(カーボンバジェット)が、1.5℃シナリオ(1850年比較)では約275 GtCO₂、1.7℃シナリオでは約625 GtCO₂、2℃シナリオでは約1150 GtCO₂ しか残っていないことを明らかにした(図3)。図2を参照すると、2022年における全世界でのGHG排出量は約53.8 GtCO₂であったため、図3のグラフに当てはめるとこのままGHG排出量を削減できなければ6年足らずで1.5℃を超えてしまうこととなる。
図3.2023年におけるカーボンバジェット(1.5 ℃、1.7℃、2℃ の気温上昇に至るまでに許容される残りのCO₂排出量、GtCO2)
出典:Global Carbon Project「Global Carbon Budget 2023」より引用
国連環境計画(UNEP;United Nations Environment Programme)が毎年、国連気候変動枠組締約国会議の(COP)の直前に発表する報告書の第14回版である「Emissions Gap Report 2023」※4では、各国が提出しているNDC(Nationally Determined Contribution、パリ協定によって各国が5年おきの提出・更新を義務化されているGHG排出量削減目標)と気温上昇を抑制するための各シナリオとのギャップを示している。
図4を参照頂きたい。2030年の無条件(Unconditional)および条件付き(Conditional、「資金、技術、能力育成などの面で支援が得られたら」という条件付き)NDCは、現行政策のシナリオ(Current policies scenario)と比較し、世界の排出量はそれぞれ2% 及び 9% 削減すると推定される。地球温暖化を2℃未満と1.5℃未満に抑えるための最小コスト経路と整合的なレベルにするためには、世界の温室効果ガス排出量を無条件(Unconditional)で28%、条件付きの場合において42%削減する必要がある。同様の排出量ギャップに関する報告は毎年なされているが、本年度における必要削減量の割合は2022年時点のデータと比較して2%小さく、現行政策とNDCとのギャップの縮小が進んでいることを示している。とは言え、NDCに沿った2030年時点におけるGHG排出量と、各目標シナリオで削減しなければならい排出量ギャップを縮めるためには依然として、各国の即時かつ加速的な削減行動が必要であると言える。
図4. 各シナリオ下での世界全体のGHG排出量目標と2030年時点における排出ギャップ
出典:UN Environment Programme「Emissions Gap Report 2023」より引用
- 大企業では着実にGHG排出量算定・報告への対策が講じられている
ボストンコンサルティンググループ社(BCG)は、CO2 AI 社(GHG排出量算定ソフトウェアベンダー)と共同で、世界中の企業のGHG排出量算定の状況を調査している。2023年11月に公表された報告書「Carbon Emissions Survey Report 2023」※5では、23ヵ国の主要な18種の産業から年間売上高が1億ドル以上かつ従業員数が1000人以上の企業1850社を対象に、各社のGHG排出量算定及び報告の状況を調査した結果が記載されている。同報告書によれば、2021年度から2023年度にかけてScope3のGHG排出量算定・報告への対策を実施する企業が増加していることが分かる(図5)。
図5. 2023年度における各Scopeごとの算定・報告を実施している企業の割合
出典:BCG「Carbon Emissions Survey Report 2023」より引用
- GHG排出量算定義務化政策を検討・導入した政府の動向
さて、ここからは主に2023年度中に企業に対するGHG排出量算定義務化政策を検討・導入した政府の事例を紹介させていただき、本稿を綴じる。
- オーストラリア
2024年1月12日、オーストラリア政府は気候変動関連の報告義務を大中規模企業に導入する新たな法律案を発表した。※6
2023年10月に、オーストラリア会計基準審議会(AASB)はIFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が最近公表した「IFRSサステナビリティ開示基準」※7をベースにして新たな基準案を公表した。
新法案は、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)に監査済みの年次財務報告書を提出する必要があるすべての公開企業と、特定の規模基準を満たす大規模な自己所有企業に適用される。まず、従業員500人以上、売上高5億ドル(約733億円)以上、資産10億ドル以上の企業、および資産50億ドル以上の資産所有企業に適用され、2024年7月1日から始まる会計年度から報告が開始される。中堅企業(従業員数250人以上、売上高2億ドル以上、資産5億ドル以上)は2026年7月以降の会計年度から、中小企業(従業員数100人以上、売上高5,000万ドル以上、資産2,500万ドル以上)は翌年から報告が義務付けられる。 - シンガポール
2023年7月6日、シンガポールの事業報告・会計・企業サービス・市場規制当局である会計企業規制庁(ACRA)とシンガポール取引所規制庁(SGX RegCo)の提案により、シンガポールの公的・民間企業は、IFRSサスティナビリティ開示基準に沿った気候変動関連の開示を行うことが義務付けられる。※8新提案では、全ての上場企業が2025会計年度から気候関連の情報開示を義務付けられ、売上高10億ドル以上の非上場企業は2027会計年度から義務付けられる。
さらに、2027年度に、気候変動開示の要求事項を、売上高1億ドル以上の非上場企業に拡大し、2030年度頃に報告を開始するプランについても検討しているとした。
同義務化政策では、Scope1,2のGHG排出量報告について、上場企業については2027年度から、非上場大企業については2029年度から、外部保証を義務付けることを提案している。 - 米・カリフォルニア州
米・カリフォルニア州は2023年10月7日、「気候関連企業データ説明責任法」(SB253:Climate Corporate Data Accountability Act)※9と「温室効果ガス:気候関連財務リスク」(SB261:Greenhouse gases: climate-related financial risk)※10の両法案に署名した。気候変動関連の情報開示を企業に求める法案の成立は連邦と州を含めて全米初であった。
法案SB253は、カリフォルニア州で年間総収益10億ドル以上の事業を営む企業に対し、GHG排出量の開示を義務付けるもので、同州大気資源委員会(CARB)が2025年1月1日までに具体的な規則を定めることとされている。対象となる企業はScope1~3について情報開示が求められる。
法案SB261は、カリフォルニア州で年間総収益5億ドル以上の事業を営む企業に対して、2026年1月1日以降、気候変動に関連する財務リスクに関する報告書を隔年で作成することを義務づけるものである。 - ブルネイ
ブルネイ・ダルサラーム気候変動事務局はGHG報告義務化指令を導入し、2023年4月19日より政府組織及び企業は四半期及び年間のGHG排出量データの提出が義務付けられることとなった。※11
引用
※2 https://edgar.jrc.ec.europa.eu/report_2023
※3 https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20231205-1.html
※4 https://www.unep.org/interactives/emissions-gap-report/2023/#section-5
※7 https://www.ifrs.org/projects/completed-projects/2023/general-sustainability-related-disclosures/
※9 https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202320240SB253
※10 https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202320240SB261
※11 https://thescoop.co/2023/04/27/brunei-launches-mandatory-carbon-reporting/