海洋炭素除去(mCDR)の発展を目指す国際連合「mCDR Coalition」が発足 ~海洋へのCO₂取り込みと長期貯蔵が重要視される~
(文責: 坂野 佑馬)
2025年8月21日、炭素除去(Carbon Dioxide Removal;CDR)関連技術の開発・導入を支援している団体であるCarbon Business Council(CO2BC)[i]と海洋の持続可能性を追求するNPOであるWorld Ocean Council(WOC)[ii]は、海洋炭素除去(Marine Carbon Dioxide Removal ; mCDR)分野の連合「mCDR Coalition」を正式に立ち上げた。「mCDR Coalition」は、CO2BCとWOCが共同議長を務め、CO2BCの政策顧問であるトビー・ブライス氏が議長を務めている。
同連合は、企業、NPO、学術機関などの多様な組織が集結しており、mCDR技術に関する知識の共有、政策提言、科学・環境・ガバナンス分野での協力を目的に活動を展開する。今後は、EUが推進するmCDRの評価手法を開発するプロジェクト「SEAO2-CDR(Strategies for the Evaluation and Assessment of Ocean-based Carbon Dioxide Removal)」[iii]とも連携し、国際的な認知度を拡大する方針としている。
同連合のメンバーには、Captura(米)、Banyu Carbon(米)、Capture6(米)、Equatic(米)、Isometric(英)、Limenet(伊)、Planetary Technologies(加)、 Puro.earth(芬)、SeaO2(米)、Vesta(米)、Vycarb(米)が名を連ねており、オブザーバーとして、Carbon Removal Canada(加)、Cascade Climate(米)、C-Worthy(米)、Institute for Responsible Carbon Removal at American University(米)、Ocean Visions(米)、Carbon180(米)が加盟している。
さて、mCDRとは「海の炭素循環・炭酸塩系を人為的に強化して、大気→海へのCO₂取り込みと長期貯蔵を増やす」技術群の総称を指す。主要なmCDR技術に関して簡単に説明させていただく。
主なmCDR技術の概要
1. 海洋アルカリ化(Ocean Alkalinity Enhancement;OAE)
方法:
- 石灰石・苦灰岩・オリビンなどの鉱物粉を沿岸や海に散布する方式
- 産業副産物(Mg(OH)₂など)を排水口経由で海に投入する方式
- 電気化学処理で酸とアルカリを分離し、アルカリを海に戻す方式
効果:
- 海水のアルカリ度が上がり、海面のCO₂吸収能力が増強される
- 大気から追加的にCO₂が吸収され、重炭酸・炭酸イオンとして数百〜千年スケールで保持
課題:
- 局所的なpH変化や金属溶出による生態系リスク
- 鉱物採掘・粉砕・輸送のライフサイクル排出やコストが不確実
- MRV(測定・報告・検証)は地域モデルが不可欠
2. 直接海洋除去(DOR; Direct Ocean Removal)
方法:
- 海水を装置に通してCO₂を直接分離(ガス化)
- 脱CO₂された水を海に戻すと大気から新たにCO₂が吸収される
- 多くは電解併用でアルカリ化し、アルカリ化効果も得られる
効果:
- 分離したCO₂は圧縮・地中貯留(CCS)や利用(CCU)に回せる
- 仕組みがDAC(Direct Air Capture)より効率的(海水中は空気よりCO₂濃度が高いため)
課題:
- 高いエネルギー需要とコスト(まだ数百$/t規模)
- 大量の海水処理による酸・塩基バランスの影響
- MRVは「分離量+再吸収量」を正確に把握する必要
3. 海藻栽培・沈降
方法:
- 沿岸または外洋で大型海藻(ケルプなど)を大規模に養殖
- 成長後のバイオマスを深海へ沈め、分解されにくい形で炭素を隔離
効果:
- 成長過程で大気由来CO₂を吸収
- 沈降すれば深海堆積物に数百年以上隔離可能
課題:
- 沈めた藻体の多くが分解してCO₂を再放出する可能性
- 酸素消費やメタン・一酸化二窒素排出など生態系リスク
- コスト高(推定500$/t以上)で大規模化の見通しが不透明
4. 栄養塩肥沃化
方法:
- 鉄やリンなど栄養塩を海洋表層に投入
- 植物プランクトンの光合成を促進し、生物ポンプ(海洋の植物プランクトンなどが大気中のCO₂を固定し、その有機物が食物連鎖や沈降を通じて深海へ運ばれ、長期的に炭素を隔離する仕組み)を強化
効果:
- 一部の有機物が沈降して深海で隔離される可能性
- 理論上は大規模なポテンシャル
課題:
- 実験では生産増は確認されたが、炭素隔離効果は安定的に再現されていない
- 深海での分解や温室効果ガス放出など副作用が大きい
- ロンドン議定書で商業的利用は禁止され、研究目的に限定
5. 人工湧昇・沈降
方法:
- 深層の栄養塩豊富な水をポンプで表層へ汲み上げ(湧昇)
- または表層水を深層へ送り込む(沈降)
効果:
- 栄養供給により一次生産が増える可能性
- 炭素を強制的に深層へ輸送できる
課題:
- モデル研究ではCO₂除去効果は限定的、むしろ逆効果も
- 大規模エネルギー消費や生態系の破壊リスクが懸念
さて、mCDRのカーボンクレジット価格をここで確認してみよう。100年を超える貯留期間が期待される炭素除去案件(例:BECCS、バイオチャー、鉱物化など)やCDRモニタリングに特化したデータプラットフォームであるCDR.fyi には、mCDR由来のカーボンクレジット価格が公表されており[i]、直接海洋除去のカーボンクレジットは約1,300 米ドル/t-CO₂ で取引されている。海洋アルカリ化は約460 米ドル/t-CO₂ で、海藻栽培・沈降や栄養塩肥沃化のような藻類養殖における光合成固定などの生物学的プロセスに関連したクレジットは約 250 米ドル/t-CO₂ で取引されている(2025年5月22日確認)。再エネ発電由来のJ-クレジットの価格が約 3,000 円/t-CO₂であることから、mCDR由来のカーボンクレジットは相対的に高コストであることが分かる。
他方、オックスフォード大学の主導の下、CDR技術の現状について分析した報告書「The State of Carbon Dioxide Removal」(2024年版)[v]によれば、2050年までに毎年7〜9ギガトンのCO₂を除去することが、パリ協定の目標達成には不可欠であるとされている。現在、世界で除去されているCO₂の量は年間約2ギガトンに過ぎず、主に森林の再生や植林によって実現されている。このギャップを埋めるためには、mCDRのような革新的な技術が大きな役割を果たすと期待されている。
依然として、mCDRは多くの課題を抱える技術であるが、脱炭素化を目指していく中では、重要な技術となることが推察される。今後の技術革新を期待していきたい。
引用
[i] https://www.carbonbusinesscouncil.org/
[ii]
[iii] https://seao2-cdr.eu/
[iv] https://www.cdr.fyi/
[v] https://www.stateofcdr.org/