国際海事機関(IMO)が海運業界のネットゼロ規制を承認 ~船舶燃料のGHG排出制限と炭素賦課金の導入が義務付けられることに~
(文責: 坂野 佑馬)
2025年4月11日、国際海事機関(IMO)は、2050年までに海運業界のネットゼロ(全てのGHGについて排出量を正味ゼロとすること)を目指す新たな規制を承認した。[i]これは、世界初となる海運業界向けのカーボンプライシング制度を導入するもので、2040年までに船舶由来のGHG排出量を65%削減させることを目指すとしている。この規制は、2027年の発効に先立ち、2025年10月に海洋環境保護委員会(MEPC)によって正式に採択され、GHG総排出量の85%を排出する総トン数5,000トン以上の国際運行の大型外航船に義務付けられる。
本稿では、IMOによる海運業界のネットゼロ規制の概要を紹介する。
- IMOネットゼロ規制の概要
IMOによるこのネットゼロ規制は、海運業界全体に対して、GHG排出制限とGHG価格設定を統合的に実施する画期的な規制である。具体的には、船舶のエネルギー使用における炭素強度を削減し、GHG排出削減を達成するための財政的インセンティブ提供を求めている。
【主な規制要素】
- 船舶燃料炭素強度基準:
規制では、船舶が使用する燃料に対してGHG排出量の段階的な削減を義務付ける。炭素強度とは、船舶が消費するエネルギー単位あたりに発生するGHG排出量を示し、この削減は「Well-to-Wake “生産井から航跡(航海)まで”」のアプローチで測定する。これにより、船舶のエネルギー効率を向上させ、GHG排出量削減が促進される。
- カーボンプライシングメカニズム:
規制の一環として、炭素強度の閾値を超えた船舶には、GHG排出量を埋め合わせるための補償単位を購入する義務が課される。このメカニズムは、海運業界におけるGHG排出を経済的に抑制するための強力な手段となる。ゼロまたはニアゼロ排出技術(温室効果ガスの排出量を極力減らし、排出量と吸収量を差し引いた値が実質ゼロ状態を目指す技術や努力)を導入した船舶には、報奨金や補助金を提供する仕組みが盛り込まれており、これにより企業の環境に優しい技術への投資を促す。
- IMOネットゼロ基金の設立
IMOは、規制を支えるために「ネットゼロ基金」を設立する。この基金は、以下の目的で活用される。
- 低排出技術のインセンティブ提供:
低排出技術を採用した船舶や関連企業に対して、金銭的な報奨を提供し、技術革新を促進する。
- 開発途上国支援:
開発途上国や小島嶼開発途上国(SIDS)に対して、ネットゼロへの移行を支援するために技術移転やインフラ整備、能力構築のための支援を行う。
- 研究・開発の推進:
ゼロ排出および近ゼロ排出技術や燃料の開発を加速させるため、各国及び企業に対する研究開発の資金提供を行う。
これらの施策により、規制が世界全体で公平かつ効果的に実施されるようになり、特に経済的に脆弱な国々が規制によって被る影響を最小限に抑えることが期待されている。
さて、このIMOのネットゼロ規制により、輸送コストが上昇することは容易に想像がつくだろう。輸送会社は、極力安価な低炭素燃料(グリーン水素、HVO、グリーンメタノール、グリーンアンモニア、e-fuelなど)への切り替えや最短ルートの調整といった戦略を検討し、搬送計画を再構築する必要があるだろう。また、排出量の多いルートの運賃は、顧客に転嫁される可能性が高いため、輸出入事業者は大きな打撃を受けることになる可能性がある。
また、国際的なカーボンプライシングの導入によって、大手企業はサプライチェーンのカーボンフットプリント(CFP)をより厳しくチェックするようになるだろう。CFPの値が少なくなればなるほどコスト負担が減るからだ。従い、受注を確保するために、サプライチェーンに包含されている中小企業はこれまで以上にGHG排出量データの開示と透明性を向上させることを荷主から求められることとなるであろう。荷主は、長期的なコスト構造にインターナルカーボンプライシング(企業内部で見積もる炭素の価格であり、企業の低炭素投資・対策を推進する仕組み)を組み入れ、製品ライン全体でカーボンフットプリント管理を強化し、輸送コストの上昇による財務的負担を回避するように備えることをより仔細に検討する方向に進むことが予測される。
引用
[i] https://www.imo.org/en/MediaCentre/PressBriefings/pages/IMO-approves-netzero-regulations.aspx