マイクロソフト社とカーボン・ダイレクト社は共同で海洋二酸化炭素除去(mCDR)の新基準を策定

(文責: 坂野 佑馬)

 マイクロソフト社とカーボン・ダイレクト社[i]は、海洋二酸化炭素除去(mCDR;Marine Carbon Dioxide Removal)の新基準を共同で策定した。[ii]この新基準は、海洋での炭素除去技術が信頼性、科学的妥当性、そして環境への長期的な影響に対して効果的な方法であることを確保するために設計されている。海洋二酸化炭素除去は、気候変動という地球規模の課題に対する革新的な解決策として、注目されている。

  • 気候変動への緊急対応:海洋炭素除去の必要性

 気候変動は、急速に進行している地球規模の危機であり、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は温暖化の進行を1.5℃に抑えるために、大量の二酸化炭素(CO₂)を大気中から取り除く必要があるを強調している。海水がCO₂を取り込み、長期間にわたって隔離する能力は、気候変動対策の重要な柱である。この能力を発揮し、海洋は地球上で発生するCO₂の約30%を吸収している。従い、海洋の炭素吸収能力を最大化することが、温暖化を抑制するために重要な手段となる。

  • 海洋炭素除去の主要技術とその可能性

 mCDRには、いくつかの技術的アプローチが存在する。中でも注目される方法は以下の2つである。

  1. 海洋アルカリ化強化(OAE; Ocean Alkalinity Enhancement):

石灰岩やオリビンなどのアルカリ性物質を海水に加え、海水のアルカリ度を高めることによって、CO₂を炭酸水素塩や炭酸塩として固定化する方法である。この方法は、海洋におけるCO₂の長期的な隔離を実現し、環境への影響を最小限に抑える可能性がある。

図1. 海洋アルカリ化強化(OAE; Ocean Alkalinity Enhancement)の詳細図

出所: カーボン・ダイレクト社のHPより引用

  1. 直接海洋除去(DOR; Direct Ocean Removal):

海水の炭酸塩平衡を変化させることによって、CO₂をガス状または鉱物炭酸塩として抽出する方法である。これにより、CO₂の捕集量を正確に測定することが可能となるが、化学反応がエネルギーを多く消費し、コストが高くなるため、商業化には課題がある。

図2. 直接海洋除去(DOR; Direct Ocean Removal)の詳細図

出所: カーボン・ダイレクト社のHPより引用[iii]

 これらの方法はそれぞれ課題を抱えており、今後の技術革新と商業化に向けて、慎重な検証と改善が求められる。

  • 海洋二酸化炭素炭素除去が気候目標達成に貢献するための道筋

 オックスフォード大学の主導の下、CDR技術の現状について分析した報告書「The State of Carbon Dioxide Removal」(2024年版)[iv]によれば、2050年までに毎年7〜9ギガトン(Gt)のCO₂を除去することが、パリ協定の目標達成には不可欠であるとされている。現在、世界で除去されているCO₂の量は年間約2Gtに過ぎず、主に森林の再生や植林によって実現されている。このギャップを埋めるためには、mCDRのような革新的な技術が大きな役割を果たすと期待されている。

  • 新基準の策定:透明性と科学的根拠の確立

 新たに策定されたmCDRの基準は、科学的な透明性と長期的な環境影響を重視しており、特に以下の9つの要素に焦点を当てている。

  1. 環境的完全性:

CO₂を実際に除去し、その過程で海洋生態系に悪影響を与えないことが求められる。これには、生物多様性、水質、エコロジカルバランスへの影響の評価が含まれる。

  1. 測定、報告、検証(MRV):

CO₂除去量を正確に定量化し、透明性を確保するために強固なMRVプロトコルが必要である。基準を設け、継続的なモニタリングと第三者による検証を行い、信頼性を築くことが重要である。

  1. 耐久性:

 除去されたCO₂は長期間にわたり貯蔵されるべきで、理想的には数世代にわたる長期的な隔離が求められる。貯蔵方法の永続性を評価し、CO₂が再放出されるのを防ぐことが重要である。

  1. 社会的影響:

地元コミュニティや利害関係者との関与が不可欠であり、プロジェクトが社会的、経済的、文化的要素を考慮し、生活に悪影響を与えず、利益が公平に分配されることを確認する。

  1. 透明性と検証:

明確な文書化と第三者によるレビューが必要であり、これによりプロジェクトのアカウンタビリティ(責任追及)を確保する。

  1. 基準測定:

プロジェクト開始前の条件を確立し、CO₂レベルの変化を正確に評価することが求められる。

  1. 漏れの防止:

ある地域でCO₂を除去する際、その周辺で排出量が増加しないようにすることが必要。

  1. 生態系への影響:

mCDRが生物多様性、海水化学、海洋生物に与える影響を評価し、そのリスクを最小限に抑える方法を探る。

  1. 拡張性と実現可能性:

プロジェクトが効果的に拡大可能であるか、拡大に伴う意図しない結果を避けられるかを評価すること。

 マイクロソフト社は、2030年までにカーボンネガティブを達成することを目指しており、その一環として、mCDRにも積極的に投資している。同社は、DAC(直接空気捕集;Direct Air Capture)技術や自然由来の炭素除去に関する契約を結び、また、2023年にはmCDRを活用したパートナーシップを結んでいる。
 マイクロソフト社とカーボン・ダイレクト社が策定したmCDRの新基準は、mCDR技術の発展において重要な基盤となるであろう。科学的根拠に基づいた透明性の高い基準の導入は、mCDR技術が気候変動緩和に向けて真の効果を発揮するための鍵を握ると同時に、環境への負荷を最小限に抑えるための指針となるだろう。

引用

[i] https://www.carbon-direct.com/company

[ii] https://www.carbon-direct.com/research-and-reports/criteria-for-high-quality-carbon-dioxide-removal

[iii] https://www.carbon-direct.com/insights/marine-carbon-dioxide-removal-what-it-is-and-how-it-works

[iv] https://www.stateofcdr.org/