エネルギー安全保障 米国、EU向けLNG増産によりEUのエネルギー安全保障を補完へ ～EUの「脱ロシア」と米国の思惑～
s.aoki（文責：河北 浩一郎）
2022年5月18日、EUのフォンデアライエン委員長は、今年3月に公表した「RePowerEU」計画※1の詳細を発表した。本計画において、2027年までにEU加盟国のロシア産エネルギー依存からの脱却を実現する為に、①ロシア以外の国からのエネルギー輸入の多様化、②迅速な再生可能エネルギーの導入、③省エネ努力の強化、を3本柱として掲げた。併せて、これらの取組を推進する為に必要な投資は、28兆円になることを表明している※2。
このようにEUはエネルギー政策の舵を大きく切っていくこととなるが、米国が大きな影響を与えていく事にもなると推察する。本稿では米国のEUに対する関与を以下に紹介する。
2カ月前に遡る、2022年3月25日。バイデン大統領はフォンデアライエン委員長と会談し、共同声明を発表した※3。声明によると、米国がEUへのLNG供給を拡大し、エネルギーにおけるロシア依存から脱却を目指すEUを支援するとのこと。具体的には、年内に少なくとも150億㎥のLNGを追加確保し、更なる上積みに努め年間500億㎥を供給するとしている。この動きに歩調を合わせるかのように、４月末には米国エネルギー省（DOE）が、テキサス州及びルイジアナ州のLNGプラントからの輸出拡大を承認した※4。現在建設中のテキサス州のプラントからの最初の輸出は、2024年を予定している。これにより、米国のLNG輸出量は、日量99万㎥増加することになる。
対して、EUは、加盟国と連携し、少なくとも2030年までに、米国産LNGを安定的に各加盟国に配分する為の受け皿として、LNGインフラ設備や制度整備を進めると表明している。因みに、この整備には、先に紹介した「RePowerEU」計画における投資の28兆円からの一部が充てられるとのこと。
IEA（国際エネルギー機関）によると、昨年のEUにおける、ロシアからのLNG輸入量は、1,550億㎥であった。つまり、EUは、今後その1/3を米国産に置き換えていく試算となる。
しかしながら、EUに対して、LNG増産を約束したバイデン政権であるが、障害も想定される。バイデン政権になり、米国はCOP（Conference of the Parties：国連気候変動枠組条約締約国会議）に復帰し、気候変動対応を政権の最優先課題として掲げた事は、記憶に新しい。従い、今般のLNG増産は、世界的なエネルギー安全保障確保の為とは言え、気候変動対応に逆行するものであり、政策の転換とも取られかねない。米国内は長期的にはクリーンエネルギー化に進んでいくことも考えられる。一方で、脱炭素に積極的なEUが、長期的に化石燃料を購入し続けるのか。また、すなわち両地域のエネルギー政策が脱化石燃料を推進している状況下、政策に沿って投資しているエネルギー業界が、ロシアのウクライナ侵攻によるEUのエネルギー調達問題という想定外の事態に合わせた対策である「LNGインフラ設備の大規模設備投資」に躊躇する事も考えられる。
今般のロシアによるウクライナ侵攻に伴い、エネルギー安全保障の危機に直面したEUは、短期的に、エネルギーの米国依存を高めていくことになる。対して米国は、エネルギー大国としての存在感を更に高める絶好の機会と捉えていると推察される。しかし、その思惑を実現する過程には、まだ不透明な部分があると言える。
※1：弊社NEWS：2022.04.11「「RePowerEU」計画：ロシアからの天然ガスを含む化石燃料への依存解消に舵を切るEU」
※2：https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=COM%3A2022%3A230%3AFIN&qid=1653033742483