脱炭素を目指す水素利用は電動化一辺倒ではない                                                           ~自動車・船舶・コージェネレーションシステムにおける水素エンジンの開発動向~

(文責:青野 雅和)

 EUや英国では2035年に内燃機関(ディーゼル及びガソリンを燃料とするエンジン)車の全面販売禁止を表明している。2021年を基準とした新車の平均排ガス量を2030年に55%、さらに2035年には100%削減するという方針を推進しており、HV/PHEVを含む内燃機関を積んだ車両が実質販売禁止となるのである。日本でも菅首相が施政方針演説において「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」と発表。現在に至るまで電動化に関して議論がなされている。

 本稿では、こうした「電動化」の世論動向に対し、水素を燃料とする「エンジン」の利用技術の動向を紹介したい。

 自動車においては、水素4気筒エンジンを搭載した「カローラ」が2021年5月のスーパー耐久シリーズ2021に参戦し、11月の最終戦までに出力は24%、トルクは33%向上[1]し、エンジン性能をガソリンエンジン並みにまで向上させているという。また、同年の12月にはトヨタヨーロッパでGRヤリスをコンセプトカーとして発表。2021年の秋には岡山国際サーキットでのレースでヤマハが開発したV8、5Lの水素エンジンを公開[1]。ヤマハがトヨタから委託されて2018年に製作したエンジンで、レクサスRCF、LC500に搭載されている2UR-GSEエンジンを改良したもの。ベストカーの記事によればランドクルーザーへの搭載が検討されているとのこと。[2] 

 更に、ヤマハは2021年11月に「仲間とともに広げる「100%水素エンジン」の可能性」としてニュースレターを発表。川崎重工業、SUBARU、トヨタ自動車、マツダと同社の5社で共同発表を行い、内燃機関を活用した燃料の選択肢を広げる共同研究の可能性について検討を開始している。実は、マツダは水素ロータリーエンジン車を「プレマシー ハイドロジェンREハイブリッド」として2009年からリース販売している[3]。そして、開発をさらに進める中で次世代水素ロータリーエンジンを開発しているとの噂が複数の記事で見受けられている。海外では古くは2000年にBMWが、2006年にFordが開発しており、後者は6.8リットルV10の大排気量エンジンを開発した過去がある。その他、現在ではオーストリアAVL、ドイツFEV、同IAVが研究を進めている。

 さて、次に船舶での動向を紹介したい。船舶における燃料利用に関しては現在重油から天然ガスに移行しつつある。これは重油に含まれるSOx、NOxの排出を国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)が船舶による汚染の防止のための国際条約 (MARPOL 73/78) 附属書VIで規制されたことに起因する。MARPOL 73/78附属書VIでは船舶の排出物に含まれる(i)硫黄酸化物(SOx)、(ii)微粒子物質(PM, particulate matter)、(iii)窒素酸化物(NOx) の排出規制を規定している。Soxの規制対象海域はバルト海、北海、北米の西東両岸、カリブ海、NOxとPMは北米の西東両岸、カリブ海の海域で規制が開始している。従い、エンジンの改善や既存の海事燃料油である重油等から、よりクリーンな燃料に転換が求められていることとなった。前述の規制対象海域を航行する船舶で対象となる「1990年以降建造の現存船のシリンダー容積90L以上かつ出力5000kW超のエンジン」を搭載しているコンテナ船、クルーズ船等の大型船舶は天然ガスによる航行にシフトしている船舶もある。日本でもトヨタが新造する自動車運搬船船舶は天然ガス燃料駆動船であることが公表されている。船舶は自動車の排ガス規制に遅れながらも進んでいる状況である。

 では、本稿で話題とする船舶での水素、アンモニアの燃料利用はその先を行く技術となる。国際海事機関は前述の排ガス規制に加え、来年にはCO2排出規制も開始される。この規制は二つあり、一つ目は「既存船燃費規制」である。既存船の燃費性能を評価し、基準値を下回る船に対してエンジン出力制限や省エネ改造によって新造船と同レベルの燃費性能達成を義務付ける。また、新造船への代替インセンティブを確保することで、新造船への代替を促す。二つ目は「燃費実績(CII)格付け制度」であり、毎年の燃費実績を格付けし、一定の評価を下回った船に改善計画の提出と主管庁による承認を義務付けることで、継続的な省エネ運航を促進させる。こちらは総トン数5000トン以上の外航船が対象となる。このような国際的な規制の枠組みが出来ている中、船舶でもCO2を排出しない燃料開発が行われているわけである。

 水素を燃料電池で利用し、電力駆動とする技術は船舶でも実証実験が行われ、既にノルウェーではフィヨルド観光船の造船が行われている。また、ガスタービンで燃焼する技術は既に川崎重工で開発しているが、本題である水素をエンジンの燃料とする技術も開発されている。日本では川崎重工(敬称略)ヤンマーパワーテクノロジー、ジャパンエンジンコーポレーションの3社がバラ積み船等での実証を行い2026年頃の実現を目指している。フィンランドのバルチラも水素の舶用専焼エンジンを開発している

 最後に定置用発電(コージェネレーションシステム)での水素利用技術を紹介しよう。燃料電池は多くのメーカーが販売しているので本稿では省き、ガスタービンでの利用を先ず紹介したい。先だって少し触れたが、ガスタービンでの水素専焼タービンの開発は日本では神戸港での実証実験で川崎重工が1MWをテストし、30MWの開発を展開している。また三菱重工は、オランダのエネルギー企業であるN.V. Nuonがオランダで運営する出力1320GW級の天然ガス焚きガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電所を水素焚きに転換するプロジェクトに参画しており、2023年までに一系列を焚きに転換する予定である。いわば水素火力発電所に転換するプロジェクトである。ちなみに同社は30 MW~1.28Gwの大型まで幅広いラインナップを揃えている。海外では韓国の斗山グループや米国のBaker Hughesが技術開発を推進している。Baker HughesはGEに統合され、同社の水素ガスタービン技術を継承している状況である。

 さて、次に水素エンジンを紹介する。三菱重工グループ会社の三菱重工エンジン&ターボチャージャが1MWの水素エンジンの研究を展開しており2030年の販売を目指している。海外ではドイツの2G Energy AGは115KW~750KWの水素エンジンコジェネレーションシステムを開発しており、トヨタ自動車に360KW×2台を導入している。

 このように、水素専焼エンジンは車、船舶、工場等のコージェネレーションシステムと多くのアプリケーションとして利用され始めている。特に自動車産業では電動化の動きが主流として吹聴されているように推察されるが、そうではないことを理解いただければ幸いである。

[1] https://gazoo.com/feature/supertaikyu/22/03/20/s2/

[2] https://bestcarweb.jp/images/401908/2/

[3] https://www.mazda.com/ja/innovation/technology/env/hre/