Article 6.2 Crediting Protocolによって独立系(ボランタリー)カーボンクレジットが、世界で一段と存在感を高めつつある

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年11月12日、シンガポール首相府戦略グループ傘下の国家気候変動事務局(NCCS:National Climate Change Secretariat of Singapore)と、世界屈指のボランタリークレジット(民間団体が運営するカーボンクレジッ)認証機関であるGold Standard(認証クレジット:GS(Gold Standard))[i]、およびVerra(認証クレジット:VCS(Verified Carbon Standard))[ii]が、「Article 6.2 Crediting Protocol」を公表した。[iii]同プロトコルは、各国政府が既存の信頼性のある独立系カーボンクレジット認証プログラム(Gold Standard、Verraを含む)をコンプライアンスカーボンクレジット(国や地域政府が運営するカーボンクレジット)の代替として活用するための仕組みを定義するものである。実績のある独立系認証機関の専門知識を活用することで、各国政府は独自のクレジット基準を開発する負担を軽減することが可能となる。コンプライアンスカーボンマーケットとボランタリーカーボンマーケットの構造を統合することにより、国際的な気候変動対策が加速されることが望まれる。

 同プロトコルは、COP28(国連気候変動枠組条約締約国会議)から検討が開始され、COP29で第6条第2項のルールが採択されたことを受け、政府や市場関係者との継続的な協議を通じて開発された。今後1年間で、関心を持つ政府や市場関係者と協力し、プロトコルの試験運用と実用化を進める方針を明らかにしている。

 ここで、パリ協定第6条[iv]に関して、簡単に説明させていただく。パリ協定では、全ての国がGHG排出量削減目標(NDC:Nationally Determined Contribution)[v]を定めることが規定されている。パリ協定第6条は、世界各国のNDCの達成を効率的に進めるため、GHG排出を減らした量を国際的に移転し、活用するためのルール定めた条項である。パリ協定第6条は全9項から成り、「6条2項」、「6条4項」、「6条8項」の3項には国家間の協力の仕組みが規定されている。以下に、上述の3項について詳しく解説する。

  • 6条2項:二国間・多国間におけるITMOs(Internationally Transferred Mitigation Outcomes)の取引

 6条2項では、各国がGHG排出量を削減するために、市場メカニズムを活用して他国と協力する方法を定めている。例えば、A国がB国の再エネプロジェクトを支援し、そこで生まれたGHG排出削減量の一部をITMOsとして購入する。A国はそれを自国のNDC達成に使い、B国は資金と技術を得ることが可能となる。この方法を用いることで、コスト効率よくNDCを達成できるようになるというわけである。

  • 6条4項:国連が管理するカーボンクレジットプログラム(PACM:Paris Agreement Credit Mechanism)[vi]

 6条4項では、GHG排出削減量をカーボンクレジット(A6.4ER)として取引できる仕組みを定めている。これは、国連の監督下に置かれる中央集権的な市場メカニズムで、京都議定書のクリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)[vii]の後継と位置づけられている。国連の監督理事会(Supervisory Body)が方法論承認、活動登録、A6.4ERの発行まで一元管理する。

  • 6条8項: 市場メカニズムを伴わない、技術協力や経験の共有といった協力の枠組み

 6条8項は、市場メカニズムに頼らない方法で温暖化対策を進めるための枠組みである。主に発展途上国が温暖化対策を実施できるように、先進国が技術や経験を提供する仕組みを作っている。例えば、気候変動に関する共同研究や途上国に対する先進的な脱炭素技術の共有などが挙げられる。

  2025年11月10日~11月22日に開催されたCOP30において、スイスは9か国(チリ、ドイツ、ガーナ、ルクセンブルク、モンゴル、ノルウェー、ペルー、スウェーデン、ザンビア)とパリ協定第6条2項のITMOsの取引に関して関係を強めることを目的に新たな同盟「AAA6:Article 6 Ambition Alliance 」を発足させた。[viii]

 また、シンガポールとマラウイは、パリ協定第6条2項に基づくITMOsの協力を前進させるため、新たな覚書(MoU)に署名した。[ix]覚書により、マラウイ国内で実施可能なGHG排出量削減・吸収プロジェクトをシンガポールと共同で検討し、6条2項のルールに則ったかたちでITMOsを創出する道が開かれる。森林保全、再生可能エネルギー、持続可能農業などの分野が有望とされており、マラウイにとっては気候対策と同時に資金流入や地域開発の促進につながる仕組みとなる。

 パリ協定第6条のGHG排出削減量の取引に関して、各国の取り組みが活発化していることが伺える。パリ協定第6条に定められている国際的な炭素市場メカニズムの円滑な実施を支援するために、環境省および地球環境戦略研究機構(IGES)が主導して立ち上げた国際的な枠組みである「パリ協定第6条実施パートナーシップ(Article 6 Implementation Partnership:A6IP)」がパリ協定第6条の実施に向けた世界各国の準備状況と進捗を包括的調査した報告書「2025 Edition of the Article 6 Implementation Status Report (A6ISR)」を発表している。[x]同報告書によれば、2025年に世界全体では、61カ国の間で99のパリ協定6条に関する二国間協定が締結されているとのことである。日本の状況で言えば、二国間クレジット制度(JCM:Joint Credit Mechnism)として31のパートナー国(2025年11月21日時点)と提携を結んでいる、かなり進んでいる状況にある。

 各国における脱炭素化の取組が進展することで、残余排出量(企業や組織がGHG排出削減努力を行っても、どうしても残ってしまう排出量)のオフセットを目的にカーボンクレジットの需要は高まっていく。パリ協定第6条に基づいたITMOsおよびPACMの重要性も高まっていくだろう。こうしたボランタリーカーボンマーケットおよびコンプライアンスカーボンクレジットの市場が拡大し、金銭のやり取りが増加することで、事業者による脱炭素化の取組は一層加速していくと考える。事業者が脱炭素化に取り組むことで、儲けることができる時代になるということである。儲けることばかりに気を取られて、本来の目的である気候変動対策に対する意識が薄れてしまっては本末転倒ではあるが、多くの事業者を巻き込んでいくためには、こうした市場メカニズムは必要なものであろう。事業者は今後の展開も注視していくべきである。

引用

[i] https://www.goldstandard.org/

[ii] https://verra.org/

[iii] https://www.goldstandard.org/publications/article-6.2-crediting-protocol

[iv] https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement

[v] https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/nationally-determined-contributions-ndcs

[vi] https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/article-64-mechanism

[vii] https://www.bafu.admin.ch/bafu/en/home/topics/climate/klimapolitik/climate--international-affairs/article-6-ambition-alliance-aaa6.html

[viii] https://www.bafu.admin.ch/en/article-6-ambition-alliance-aaa6

[ix] https://www.mti.gov.sg/newsroom/singapore-and-malawi-sign-memorandum-of-understanding-to-collaborate-on-article-6-to-accelerate-climate-action/

[x] https://a6partnership.org/news/new-report-highlights-global-progress-on-paris-agreement-article-6-implementation