生物多様性の保全と再生に向けた世界目標が採択へ
~企業における生物多様性の情報開示や取り組みが本格化か~

(文責:青木 翔太)

 2022年12月7日~19日にかけて、カナダ・モントリオールで生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催され、生物多様性に関する新たな枠組み「昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global biodiversity framework)」が採択された。※1 153の締約国・地域の他、関連機関、市民団体等から9,472名が参加し、日本政府からは西村環境大臣が参加した。同枠組みで定められた主な内容を以下に示す。

(1) 2050年ビジョン:「自然と共生する世界」
(2) 2030年ミッション:
「生物多様性を保全し、持続可能に利用し、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を確保しつつ、必要な実施手段を提供することにより、生物多様性の損失を止め反転させ回復軌道に乗せるための緊急な行動をとる」
(3) 2050年ビジョンの達成に向けたゴール
ゴールA:自然生態系の面積が大幅に増加し、絶滅速度と絶滅リスクを10分の1に減らし、遺伝的多様性を維持する。
ゴールB:自然を保全し、持続可能に利用する。自然が人間にもたらす価値を評価し、維持し、強化する。
ゴールC:遺伝資源の利用から生じる利益を公正かつ衡平に配分する。
ゴールD:2050ビジョン達成のため年間7000億ドルの資金不足を徐々に解消する。
(4) 2030年までの行動目標(ターゲット)(詳細を後述)
(5) 枠組の進捗をモニタリング・評価する仕組み

 前述(4)の2030年までの行動目標(ターゲット)は、30年までに自然の損失を止めてプラスに転じる「ネイチャーポジティブ」の達成を目指すこととされ、23の目標で構成されている。(表1)

表1

No.2030年までの行動目標(ターゲット)
目標1生物多様性において重要な地域の損失をゼロに近づける
目標2劣化した生態系の30%を再生させる
目標3陸域、内水域、海域のそれぞれ30%以上を保全する
目標4人間と野生動物の軋轢を最小化する
目標5種の採取や取引を持続可能にし、違法な利用をなくす
目標6外来種の侵入を半減させる
目標7環境への栄養分流出、及び農薬リスクを半減させる
目標8自然を活用した解決策で気候変動の緩和を推進し、気候変動対策による自然破壊を最小化する
目標9野生種を持続可能に管理し、脆弱な人々への自然の恵みを確保する
目標10農業、養殖業、水産業、林業の持続可能性と生産性を確保する
目標11大気・水・土壌といった自然の調整機能を守る
目標12都市部に緑地や親水空間を増やし、人の健康と福利及び自然との繋がりを改善する
目標13遺伝資源への適切なアクセスと公平な利益配分を促進する措置を実施する
目標14生物多様性の視点を政策、規則、計画、開発などに取り入れる
目標15ビジネスにおける生物多様性への影響評価、情報開示の促進を行う
目標16世界の食料破棄を半減させる
目標17すべての国において、バイオテクノロジーを適正に管理するための措置を確立する
目標18生物系の破壊を促す補助金を2025年までに特定し、2030年までに年間5000億ドルを削減する
目標19あらゆる資金源から年間2000億ドルの資金を動員する
目標20生物多様性の保全と持続可能な利用のための科学研究を促進する
目標21生物多様性の効果的な管理のために、最新のデータ、情報、知識を共有する
目標22生物多様性に関する政策や司法への意思決定において、先住民、女性、若者の公平な参加機会を確保する
目標23枠組みの実施に際して、ジェンダー平等を確保する

出典:※2に基づきBCJ作成

 数値目標では、「陸域、内水域、海域のそれぞれ30%以上を保全する(目標3)」、「外来種の侵入を半減させる(目標6)」、「環境への栄養分流出、及び農薬リスクを半減させる(目標7)」、「世界の食料破棄を半減させる(目標16)」、といった内容が掲げられている。

 今回の行動目標では、「ビジネスにおける生物多様性への影響評価・情報開示の促進を行う(目標15)」が企業への要請として目標に盛り込まれた。企業への役割にも焦点が当てられていることが、今回の枠組みの特徴となっている。特に、大企業や多国籍企業、金融機関については、生物多様性への影響評価・情報開示を確実に行わせるために、法律上、行政上、又は政策上の措置を講じることが掲げられている。

 企業活動における自然への影響評価・情報開示については、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)」において開示の枠組みが開発されており、フレームワーク作りが進められていることは読者も認識されているであろう。TNFDは、企業や金融機関などに自然に関する情報開示を促すことで、「世界の金融の流れを、自然環境を損なうという結果から、自然環境の価値を創造するという結果へと移行させる」ことを目指している。
 2022年3月に最初の草案(ベータ版)を発表しているTNFDは、2023年9月に最終案を公表する予定としている。※3草案では、「気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD: Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の4つの柱である「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」が基本的な枠組みとして採用されており、TCFDとフレームワークを整合させることで、自然関連情報と気候関連情報の統合的な開示を促すことが示されている。企業への将来的な影響として、最終的なTNFDの枠組みが公表されれば、TNFDに基づく開示がTCFDのように各国で制度化されていくことが予想される。

 さて、今回採択された枠組みでは、2030年までに、生態系の破壊を促す補助金を年間5000億ドル(64兆2450億円)削減し、あらゆる資金源から年間2000億ドル(25兆6980億円)調達することが掲げられている。(128.49円/ドル:2023年1月13日現在) 
 COP15を経て、米国の大手総合情報サービス会社ブルームバーグ(Bloomberg L.P.)が2023年1月5日に発表した記事では、「英国の大手投資運用会社シュローダーは、自然資本を巡る金融業界の対応の在り方について、2023年を転換点にしようとしており、投資家が生物多様性により多くの資金を割り当てることを望んでいる。」と伝えている。※4また、シュローダーのピーター・ハリソン最高経営責任者(CEO)は、「自然と生物多様性はかつてないほど注目を浴びている。現時点で数十億ドルが動員されつつあるようだが、迅速に数兆ドル規模にする必要がある。」と述べており、COPにおける生物多様性への資金調達の目標が十分でないことを指摘した。同社は、投資家への情報提供を目的として、投資先の自然資本を評価するデータを蓄積しており、このデータが投資の判断材料になりうるとしている。

 此度の昆明・モントリオール生物多様性枠組の2030年ミッションに示されるように、生物多様性の保全と再生は喫緊の課題であるということを全ての人々が共通認識として捉えることが重要であるように思う。「ネイチャーポジティブ」の達成に向けて、企業が経済活動における生物多様性の保全と再生に責任を持ち、積極的な行動を起こしていくことを期待したい。また、2050年ビジョンを達成する上で必要となる資金調達については、自然資本を評価するデータが投資家の間で広く活用されることで、生物多様性に関連するあらゆる投資が今後おおいに促進されることを望みたい。

参考資料

※1 

https://www.cbd.int/article/cop15-cbd-press-release-final-19dec2022

※2 

https://www.cbd.int/doc/c/e6d3/cd1d/daf663719a03902a9b116c34/cop-15-l-25-en.pdf

※3 

※4

https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-01-05/schroders-urges-investors-to-ratchet-up-nature-fund-allocations