European Hydrogen Bankによるグリーン水素の入札が12月に開催へ
Green Steelの実現に近づく複数の要素として、水素製造事業者の増加を後押しへ

(文責:青野 雅和)

■グリーン水素の入札が2023年12月に実施予定
 30億ユーロの規模で2024年に運用を開始する予定とされている「欧州水素銀行(EHB:European Hydrogen Bank)」は、試験運用として8億ユーロを運用することを2月5日の弊社NEWS でも紹介していたが、入札価格の上限として4ユーロ/kgを上限として想定しているとのこと。秋に開催予定であったこの入札は火曜日にブリュッセルで開催された欧州委員会(EC)の利害関係者協議ワークショップで発表され、先週終了した公開協議で得られたフィードバックに対するECの初期対応が業界代表らに提示された。
 同入札は「従量制」の静的オークションとして構成される可能性が高く、申請者は資格審査段階で10年間の固定プレミアム(単位:ユーロ/kg)を1回入札し、価格面で他の入札と比較しランク付けされることとなっている。その後、落札者は、入札で指定した固定プレミアムを獲得することとなるが、前述のように4ユーロ/kgを上限とすることの価格の妥当性が問われることなろう。
 この入札のリスクヘッジとしては、入札者は水分解水素製造装置の設備を5MW以上保有していることが条件となっており、重要なのは、オークション終了後3年半以内にすべての落札プロジェクトが100%の容量を達成することを想定し、初期段階のプロジェクトを排除するように条件案が設計されていることである。それができなければ、EUは合意された支援総額の7.5%を「完了保証金」として要求することになり、落札者は固定プレミアム契約締結時にこの保証金を支払うことが義務づけられる。この仕組みは、「投機的な」スキームを抑制することにもなるとのこと。
 また、欧州委員会は開発業者に対し、プロジェクトのボリュームの100%をカバーする10年間の電力購入契約 (PPA)と固定価格の5年間の水素購入契約 (HPA)に向けた覚書(MoU)を締結すること、また環境当局、銀行、政府機関との事前の協議を義務付けている。

■欧州の数か国でGreen Steel製造工場が展開へ
 上述のEuropean Hydrogen Bankの入札の目的は温室効果ガスの削減が困難な産業分野での使用を目的とした水素生産を優先することだが、現在の規則では潜在的な購入者に制限を設けていない。しかしEUは、輸送やリファイナリー用途の生産を過度に支援しないようオークションを注意深く監視すると述べている。
 特に今後注目すべきは製鉄ではなかろうか。製鉄は温室効果ガスの削減が困難な産業分野であり、日本でも注目すべきセクターであろう。最近のEUのGreen Steelセクターでの動きを以下に紹介する(以下企業名は略称表示)。

① ノルウェー:Blastr Green Steel  Green Steel工場の建設
 フィンランド南部に自社の風力発電由来の電力から水電解水素製造装置にてグリーン水素を製造する。同施設への投資額は40億ユーロ(42億2000万ドル)。同工場でのGreen Steelの生産は年間250万t。95%のCO2が削減される。
 Blastrはフィンランドのエネルギー会社Fortumとの間で、ヘルシンキの西55kmにあるInkooにある既存の工業用地を独占的に使用する権利をノルウェーの会社に提供する意向書に署名した。FortumはInkooの港を所有している。

② スウェーデン H2 Green Steel  Green Steel工場の新設
 スウェーデンのGreen Steelは2021年に設立されたスタートアップ企業である。同社はBodenに年間500 万トンのGreen Steelを2025年末に生産する予定。既にシリーズAの調達は金融機関および戦略的投資家のコンソーシアムから1億500万ドルを調達により完了している。同社は50憶ユーロのプロジェクトファイナンスの2/3を確保しており、うち15憶ユーロを株式で調達する予定。
 Boden工場の水電解水素製造装置はドイツのメーカーである Thyssenkrupp Nucera社の700MWのアルカリ水電解装置を発注。また、直接還元鉄(DRI:Direct Reduced Iron)装置は神戸製鋼所の子会社であるMidrex Technologiesとライセンス供与先のPaul Wurth社に対し、MIDREX H2™直接還元鉄プラントを発注 。加えて、日立エナジーが電力インフラの構築・整備に必要な製品・サービスの提供を行うことが決まっている
 尚、神戸製鋼所と日立エナジーは同社へのシリーズBへの出資をしており、日立エナジーは同社からグリーン鋼材の調達を行うことも併せて決定している。

③ スウェーデン H2 Green Steel  Green Steel工場の新設
 グリーン水素はスペインのRE電力大手のIberdrolaと共同で1GWの水電解水素製造プラントをイベリア半島に建設し、同じ敷地内に年間250万トンから500万トンのグリーン鋼板を生産できる鉄鋼設備を設置する可能性を想定している。

④ ドイツ Salzgitter 既存工場をGreen Steel工場に転換
 2025年末までに自社の鉄鋼生産施設をグリーン水素ベースの技術で稼働するように転換し始める予定。同社はドイツ連邦政府から約7億ユーロ、Salzgitter AGがあるニーダーザクセン地方政府からさらに3億ユーロを受け取る予定。DRI装置2基を含む。グリーン水素を使用して鉄鉱石から鉄を抽出する。95%のCO2が削減され、同社は最終的には年間190万tのGreen Steelを生産したいとの考え。同工場のグリーン水素の利用でドイツの国家排出量を約1%削減する可能性があると推定されている。既にBMWからGreen Steelの購入予約が入っているとのこと。

⑤ スペイン ArcelorMittal スペイン工場をGreen Steel工場に転換
 ルクセンブルクに本社を置くArcelorMittalのスペイン工場をGreen Steelの生産設備に取り替える。同工場はスペイン北部ヒホンにあり、2つの高炉を要するが、230 万tの直接還元鉄 (DRI) ユニットに転換する。

⑥ カナダ ArcelorMittal  Green Steel工場を新設
 カナダのオンタリオ州のハミルトン製鉄所で18億カナダドル(1917億円)を投じ、Green Steel工場を新設の予定。そのうち6億5,500万カナダドルをカナダ政府から、さらに5,500万ユーロを受け取る予定。年間250万トンの直接還元鉄(DRI)設備と電炉を組み合わせて二酸化炭素(CO2)排出量を300万トン削減する予定。

 以上、製鉄大手はグリーン水素利用によるGreen Steelの製造への構造改革に着手していることをご理解いただけたであろうか。また、その実現性は高いと判断すべきだ。本稿で紹介したグリーン水素の入札による固定プレミアムや、米国でのクリーン水素税額控除によって、燃料供給及び製造企業は化石燃料供給よりも経済的に安く水素を供給できる方向に変わりつつあることを実感することになるだろう。水素がコークスより安価となりクレジットも勘案すれば、Green Steelは既存の製造プロセスの鋼材と競争力を持つものとなる。

図 セクターの構造転換

 日本は再生可能エネルギーの電源が少ないことから、グリーン水素製造に制限がかかるが、欧州や北米は地理的状況を有利に活用し、電力・燃料・鉄・自動車・建材の市場でポジションを獲得できる様、戦略的に手を打っている。日本はブルー水素利用&CCUの工場への一斉配置を検討するなど政策的な打ち手が必要と考える。

[i] 米国、EUでは2023年からグリーン水素製造者に手厚い支援を開始~クリーン水素税額控除とグリーン水素製造者「固定プレミアム」~ - BAUM Consult Japan

[ⅱ]https://www.kobelco.co.jp/releases/1210984_15541.html

[ⅲ] https://www.hitachienergy.com/jp/ja/news/press-releases/2022/07/hitachi-energy-and-h2-green-steel-partner-to-leverage-electrification-digitalization-and-hydrogen-for-green-steel-production