英国では水電気分解水素製造プロジェクトへの支援が進み、37プロジェクトが推進中 ~2028年まで補助金入札(HAR4)を実施予定~
(文責: 青野 雅和)
英国政府は、2021年の英国水素戦略発表以来、低炭素水素基準を満たした水素の市場供給を積極的に展開している。地域的及び面的な広がりもスコットランド、ウェールズからイングランドに至る広範囲にわたり、各地域で低炭素水素基準を満たした水素(グリーン水素との標記をしていないので、本稿でも低炭素水素基準を満たした水素と表記する)の製造プロジェクトを支援している状況である。英国においても日本と同様に、低炭素水素基準を満たした水素の市場供給には価格競争力を付けることを念頭においており、政府から水素製造プロジェクトに補助金を分配している。本稿では、この政府の水素製造プロジェクトの水素分配金の今後の動向に関して紹介する。
ちなみに、弊社では2023年12月26日に英国のグリーン水素製造の補助金交付プロジェクト「Hydrogen Allocation Round(HAR1)」を紹介し、合計125 MWの水素製造能力を開発し、さらに700人以上の新たな雇用を生み出すことが可能になるとお伝えしていた[i]。
HAR1では、11の候補プロジェクトの内、政府と契約を締結したプロジェクトは10件であった。そのうちの一つは日本企業も関与している。丸紅ユーロパワー社のHyBont Green Hydrogen Projectである。同プロジェクトは2025年3月に有害物質使用許可を取得し、2025年4月に計画許可を取得した。これらの成果により、2025年後半に建設が開始され、施設は2027年に稼働する予定である。HyBont Green Hydrogen Projectは南ウェールズのブリンメニン工業団地に位置するHyBont施設で、約7.5MWeの電気容量を持つ電解プラントを備えている。同プラントは、年間500~850トンのグリーン水素を生産するように設計されており、その一部はブリンセシンにある5.5MWpの太陽光発電所から専用線接続を介して供給されることとなっている[ii]。
英国資料の資料によれば、HAR1契約プロジェクトの10件は全て2025年から2028年4月までに稼働を開始し、各プロジェクトは水素製造ビジネスモデルによる収益支援として15年間で20億ポンド以上、加えて、ネットゼロ水素基金(NZHF;Net Zero Hydrogen Fund)からも資本支出支援として9,000万ポンド以上の資金調達が見込まれている。2024年から2026年にかけて、プロジェクト側は4億ポンド以上の民間資本投資を先行投入し、建設・運営段階で700人以上の直接雇用を創出する見込みである。
HAR2の現状
さて、その後、第2弾となるHAR2が4月7日に締め切られ、水素製造の27プロジェクトが候補リストとして発表されていた。HAR2では、HAR1よりも低い平均水素製造コストを達成することを目標としている。
HAR1と同様に、HAR2でも候補リストとして選出されたとしても、すべてのプロジェクトと契約を締結するとは約束していない。最終選考に残ったプロジェクトは、次の段階に進むために厳格なデューデリジェンスを通過する必要があり、どのプロジェクトが契約に至るかは費用対効果と経済性に基づいて決定される。従い、各プロジェクトは費用対効果を実証し、主要構成要素におけるコストの正当性を説明する必要性があることを「コストチャレンジ文書」として明記する必要がある。なお、最終的に選定されるプロジェクトは2026年初頭に発表予定である[iii]。
英国政府の分析によれば、HAR2は競争率の高い公募であり、多様な立地・オフテイカー種別・容量規模から87件の初期申請が集まったという。応募が募集枠を上回ったため、選考プロセスではプロジェクトの実行可能性、ポートフォリオの多様性、費用対効果(コスト・規模・立地・排出削減が困難な分野への供給を含む)に重点を置いた戦略的アプローチを採用したとのこと。
具体的な候補プロジェクトは表1を参照していただきたい。RWEのペンブローク・ネット・ゼロ・センター、スコットランドの600MWのグランジマウス・グリーン水素プロジェクト(オフテーカーとして化学大手INEOSを予定との情報あり)、そしてイングランド北東部の工業地帯にある製油所への供給を目指すユニパーのハンバーH2UBなど、50MWを超える規模のプロジェクトが含まれている(表1)[iv]。英国全土にプロジェクトが存在することも図2から読み取れる。
なお、2025年の後半にはHAR1及びHAR2のレビューを公表することを予定している。公表された際には弊社でも紹介したい。
表1 英国HAR2に選出された27プロジェクト(765MW)の概要

出典:英国政府資料よりBCJ整理
図2 HAR1,HAR2に選択された事業サイトの立地

出典:mapstand
今後の入札の予定(HAR3,HAR4)に関して
これほど大規模なグリーン水素事業が英国で補助金の対象となるのは初めてでであり、この変化は、信頼感の高まり、インフラの成熟、そしてこの分野に参入する本格的な事業者の増加を示しているといえよう。なお、Hydrogen Allocation Round 3(HAR3)は2026年までに、Hydrogen Allocation Round4(HAR4)は2028年から開始する方針である。HAR3の設計と実施に関する提案については、市場との対話を通じてフィードバックを求め、本年後半に公表する予定だ。また、初の地域水素ネットワーク構築を支援するとともに、サプライチェーンの成長を継続的に支え、民間投資と新たな雇用を全国にもたらすことが重要であると英国政府は考えている。
水素製造プロジェクト案件の増加に起因する水使用量の増加に関して
エネルギー安全保障・ネットゼロ省(Department for Energy Security and Net Zero:DESN)が「水素製造における水需要」報告書を公表し、主要な水素製造技術(プロトン交換膜電解槽、アルカリ電解槽、固体酸化物電解槽、ならびにCCUSを伴うメタン改質)で使用される水の需要量を提示しており、2035年までに水素製造のための水需要が英国本土の総利用可能水量の1%未満になると推定している。ただし、水利用可能性は地域によって異なり、英国には水資源に制約のある地域が複数存在することも認識し、環境規制当局と緊密に連携を継続するとしている。
製造された水素は、水素パイプラインで英国全土への供給と海外に輸出へ
弊社では2025年6月4日のレポート「英国とドイツは北海を横断する海底水素パイプラインプロジェクトを推進[v]」で英国側ではイングランド北東部のティーサイドかスコットランドのセントファーガスを起点として、UK-Germany Hydrogen Corridorを建設することを紹介した。2025年4月末に公表された報告書「UK-Germany Joint Feasibility Study on the Trade of Hydrogen(英国とドイツ間の水素貿易に関する共同実現可能性調査)」を基に進められているプロジェクトであり、英国側ではHAL1の水素製造プロジェクトで製造された低炭素水素基準を満たした水素をドイツ側に輸出する戦略である。
今年の7月15日には、「水素経済規制枠組み:100%水素パイプラインネットワークのための効果的な市場枠組みの開発」として、エネルギー安全保障・ネットゼロ省の水素経済チームが9月9日迄パブリックコメントを募集している[vi]。
また、英国内の水素供給は、イギリスのガス輸送網運営事業者であるNational Gas社が英国東海岸で2,400kmの水素パイプラインを施設することを公表している(図3)。水素パイプラインはEast Coast Hydrogeと名付けられており、National Gas、Northern Gas Networks、Cadent などの共同事業となっている。今後 15 年間にわたり、計画されている水素の生産と貯蔵を地域の産業ユーザーに結び付けることを目的としている[vii]。
図3 National Gas社のガス供給パイプライン(水素は図中の白色)

出典:National Gas
英国の前政権は、2026年に家庭用暖房における水素の役割について決定を下すことを約束したが、英国政府は最新のエビデンスを評価し、2025年に家庭用暖房における水素の役割について再度協議を行う予定である。一方、既にメーカーは20%水素混合に対応した水素対応ボイラーを開発しており、弊社調べではWorcester Bosch社やVaillant社、Baxi社など5社で開発されており、産業部門や業務部門、運輸部門のみならず、家庭への浸透も進んでいくであろう。
引用
[i] https://baumconsult.co.jp/2023/12/26/%e8%8b%b1%e5%9b%bd%e6%94%bf%e5%ba%9c%e3%81%8c%e3%82%b0%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e6%b0%b4%e7%b4%a0%e3%81%ae%e8%a3%bd%e9%80%a0%e3%82%92%e5%8a%a0%e9%80%9f%e3%81%b8%ef%bd%9ehar%ef%bc%91%e3%81%ae11/
[ii] https://hybont.co.uk/hybont-achieves-planning-permission-and-hazardous-substance-consent-for-green-hydrogen-project/
[iii] Hydrogen update to the market: July 2025
[iv] https://blog.mapstand.com/har2-shortlist-decoded
[v] https://baumconsult.co.jp/2025/06/04/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AF%E5%8C%97%E6%B5%B7%E3%82%92%E6%A8%AA%E6%96%AD%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B5%B7%E5%BA%95%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%A9/
[vi] https://www.gov.uk/government/consultations/hydrogen-economic-regulatory-framework-developing-an-effective-framework-for-pipeline-networks/hydrogen-economic-regulatory-framework-developing-an-effective-market-framework-for-100-hydrogen-pipeline-networks-accessible-webpage