ドイツ:「エネルギー安全保障パッケージ」
~エネルギー安全保障の危機に直面する環境先進国ドイツの狼狽~

(文責:河北浩一郎)

 2022年7月21日、連邦経済・気候保護省(以下、BMWK)は、「エネルギー安全保障パッケージ」を発表した※1。各種報道にもあるように、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、ドイツの天然ガス需給は、依然として逼迫した状況が続いている。本パッケージの発表同日、ロシアはメンテナンスを理由に停止していた天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム1」を再開したが、その稼働率は40%に留まっていた。しかも、その数日後、ガスプロム(ロシアの天然ガス企業)は、タービン交換を行うことを理由に更に供給量を下げている。この様な状況の中、BMWKのロバート・ハーベック大臣は、「プーチンの狙いは、不安を煽り、物価を上昇させ、社会を分裂させ、ウクライナへの支持を弱めることにある。私たちはこれに屈することなく、集中的かつ一貫した行動で対抗する」と、天然ガスにおけるロシアからの依存から脱却する決意を改めて示した。しかし、現実的には、暖房需要が増大する冬季を如何に乗り越えるか、という課題に直面している。その解決策を取り纏めたものが「エネルギー安全保障パッケージ」である。
 

 BMWKによると、本パッケージの核は、「①国内の天然ガス貯蔵施設における貯蔵強化」・「②発電における天然ガス消費量の更なる削減」・「③エネルギー効率化及び省エネルギーの拡大」の3点である。以下にその施策を示す。

1.国内の天然ガス貯蔵施設における貯蔵の強化

 ・既存の法定貯蔵率を引き上げる。

   2022年9月1日時点における目標貯蔵率を75%とする。(新たに設定)

   2022年10月1日 同80%から85%に引き上げる。

   2022年11月1日 同90%から95%に引き上げる。

 現在の貯蔵率は、国内全22貯蔵事業者の内18社については、平均70%~80%に達しているものの、残りの4事業者においては、大幅に低い貯蔵率となっている。尚、連邦政府は、貯蔵強化のために、150億ユーロを準備している。

2.発電における天然ガス利用の更なる削減

 ・現在停止している石炭火力発電所を、2023年4月30日までの期間限定で稼働させる。

 ・現在停止している褐炭火力発電所を、2022年10月1日より稼働させる。

   但し、現時点においては、欧州委員会並びに国家当局の承認を取得中の段階である。

 ・鉄道輸送において、鉱油及び石炭輸送を優先させる。

 ・既存の再生可能エネルギー発電における70%上限規制※2を撤廃するための法改正を行う。

3.エネルギー効率化及び省エネルギーの拡大

 ・公共施設及びオフィスビルにおける共用部の暖房を条例により規制する。

 ・住宅における暖房システムを最適化する為の点検制度を導入し、非効率な暖房システム、故障と判断された際には、ヒートポンプシステムへの交換を義務付ける。

 BMWKのロバート・ハーベック大臣は、上記の施策に加えて今年の6月に、市民、消費者保護団体、企業及び市町村により設立された「省エネの為のアライアンス」を再び招集し、更なる効率化策を議論していくことを表明しており、「今は、アイデアを束ね、発展させ、新しいアイデアを生み出すことが重要である。政治家、経済界、州、自治体そして市民社会の貢献の積み重ねが、この冬を乗りきることに繋がる。困難で険しい道のりになるだろうが、我々はやり遂げることが出来る」と意気込みを示している。

 BMWKが上記政策を発表した数日後の2022年7月26日、EU理事会は、2022年8月1日から2023年3月31日までの天然ガス使用量を、過去5年の同期間の平均使用量の15%に削減する事について、EU加盟国と政治的合意に達した事を発表した※3。ドイツだけではなく、EU加盟国も、今冬を乗り切る為に、様々な施策を講じる必要に迫られている。

 ドイツは、これまで他国に先駆けて、エネルギーヴェンデ(転換)政策の推進、並びに2045年を目標とするカーボンニュートラル達成へ向けた2022年末の原子力発電の廃止及び2038年の石炭火力発電の停止を公言してきた。そもそも、ドイツは、石炭を輸入しているものの、水分や不純物が多く含まれているため二酸化炭素排出量が多い「褐炭」の世界有数の産出国である。その豊富な資源がドイツの産業を支え、工業国としての地位を国際的に高めてきた歴史がある。しかし、その資源からの脱却を表明し、脱炭素化への覚悟を示した。
 更に今般の政策発表は、ロシアによる、国際法を無視した武力行使に端を発したエネルギー安全保障の危機への緊急対応とは言え、政府は、石炭火力発電の再稼働というまさに正反対の政策に舵を切った。これまで、国際社会に「脱化石燃料」を声高に謳ってきたドイツにとっては、まさに苦渋の選択であろう。先述の、ハーベック副首相兼経済・気候保護大臣の声明も、どこか強がりに見えなくもない。これまで、環境先進国として確固たる地位を築いてきたドイツの狼狽ぶりが垣間見えてしまうのは、筆者だけだろうか。

※1:https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2022/07/20220721-bundesministerium-fur-wirtschaft-und-klimaschutz-legt-zusatzliches-energiesicherungspaket-vor.html

※2:ドイツでは、電力グリッドの安定性確保の為に、定格出力の70%以上をグリッドに供給してはならない。

※3:https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2022/07/26/member-states-commit-to-reducing-gas-demand-by-15-next-winter/