英国における建設セクターの意識変革 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたBiodiversity Gain Planの実践~

(文責: 坂野 佑馬)

 英国における580を超える会員組織であり、持続可能な建築環境の推進を担う業界のネットワークである英国グリーンビルディング協会(UK Green Building Council:UKGBC)[i]は、2026年2月18日、「Framework for a Nature-Positive Built Environment」を公表した。[ii]同フレームワークは、建設セクターが直面する自然損失の深刻化に対し、2030年までに回復基調へと転換させ(ネイチャーポジティブの実現)、さらに2050年までに自然の完全な回復を目指すための方向性と実践的な指針を示し、建設セクターにおいてネイチャーポジティブを実現するために不可欠となる視点や行動原則を体系的に整理している。本稿では、それらの要点について概説する。

「Framework for a Nature-Positive Built Environment」の概要説明

 同フレームワークでは建設セクターにおける自然環境の保全について、「エンボディド生態学的影響(Embodied Ecological Impacts)」の重要性を強調している。エンボディド生態学的影響とは、建設物に使用される資材の原材料調達から製造、輸送、設置、保守、そして廃棄に至るまで、サプライチェーン全体で発生する自然環境への影響を指す。エンボディドカーボン(建築資材の運用段階以外のライフサイクル全体におけるGHG排出量)との決定的な違いは、その影響が「局所的」である点にある。GHG排出が地球全体の気候に影響を与えるのに対し、生態学的影響は、資材が採掘・生産された「その場所」の自然を直接的に棄損させるものであり、英国での資材選択という意思決定が、何千キロも離れた国々の生息地消失や汚染を引き起こすというグローバルな連鎖を認識しなければならないとしている。

 実際に、建設物のライフサイクル全体で見れば、エンボディド生態学的影響は敷地内での直接的な影響よりも大きくなる可能性が高いとされている。具体的には、原材料調達段階における鉱山開発や森林伐採による生息地の消失、製造・輸送段階での大気・水質・騒音・土壌汚染、そして廃棄段階での廃棄物処理に伴う土地利用の変化や汚染物質の流出が挙げられる。同フレームワークでは、これら広範な影響を管理し、ネイチャーポジティブを実現するために、下記の8つのステップによるアプローチが提示されている。

  1. アセスメント (Assess):サプライチェーン全体の自然への依存度、影響、リスク、機会を評価する。
  2. コミットメント (Commit):科学的根拠に基づき、自然に関する目標やKPIを設定する。
  3. 回避 (Avoid):オンサイト(開発区域内)、オフサイト(開発区域外、水環境の変化、大気質の変化、騒音の増減、生態系の変化など)、およびエンボディド生態学的影響における負の影響を避ける。
  4. 削減 (Reduce):回避不能な負の影響を最小限に抑える。
  5. 復元 (Restore): 負の影響が発生した場所(オンサイト)において自然の回復を支援。
  6. 再生 (Regenerate):復元を超えて、オンサイト(開発区域内)、オフサイト(開発区域外)、およびサプライチェーンにおける自然を強化し、人間と自然が共進化する仕組みを構築する。
  7. 変革 (Transform):組織のガバナンスやビジネスモデルに自然を組み込み、業界の慣行を変える。
  8. 情報開示 (Disclose):進捗を追跡し、透明性を持って公開・開示する。

 具体的に推奨される行動としては、新築よりも既存建設物のリノベーションを優先することや、複雑なサプライチェーンを避け、再生資材や持続可能なバイオベース素材を選択することが重要であるとしている。また、サプライヤーに対して自然関連の影響や取り組み状況の開示を求めるとともに 、将来的に再利用や回収が容易な設計(Design for Disassembly)を追求し、将来の原材料需要そのものを抑制する姿勢も不可欠であるとしている。

 さて、英国における建設セクターの自然環境の保全と言えば、「生物多様性ネットゲイン(BNG;Biodiversity Net Gain)」が有名である。BNGとは、2021年環境法(Environment Act 2021)に基づき、イングランドで2024年から本格導入された制度であり、住宅・商業・工業地の開発行為によって損なわれる生物多様性を単に補填するにとどまらず、「開発前と比較して生物多様性の価値を10%以上向上させること」を開発事業者に義務化するものである。下記に概要を整理する。

英国「生物多様性ネットゲイン(BNG;Biodiversity Net Gain)」の概要

 BNGの義務化は段階的に導入されており、2024年2月12日から大規模開発(住宅:10戸以上の住宅、または敷地面積が0.5ha以上の開発、非住宅:1,000m2以上の延べ床面積の創出、または敷地面積が1ha以上の開発)が義務化の対象となった。続いて、2024年4月2日からは小規模開発(住宅:10戸未満の住宅、かつ敷地面積が0.5ha未満の開発、非住宅:1,000m2未満、かつ敷地面積が1ha、未満の開発)が義務化対象に追加された。

 開発事業者は、着工前に10%達成の具体的な計画書である「Biodiversity Gain Plan(BGP)」を地方計画当局(LPA;Local Planning Authority、基本的には地方自治体が担っている)に提出し、承認を得ない限り着工できない。

  • 生物多様性価値:

 開発事業者は、英国環境・食糧・農村地域省(DEFRA;Department for Environment, Food and Rural Affairs)が開発した方法論「Statutory Biodiversity Metric」で価値初前後の生物多様性価値を定量化しなければならない。生物多様性価値は、「① 面的な生息地(Area habitats): 草地、森林、湿地」、「② 生け垣(Hedgerows): 線状の樹木」、「③ 河川(Watercourses): 川、水路、運河」の3種類に分かれており、合算や交換ができず、それぞれで10%の増加を達成しなければならない。

 また、創出した生物多様性価値は最低30年間維持・管理することが要求され、「S106合意(Section 106 Agreement)」と「保全誓約(Conservation Covenants)」という2種類の法的枠組みを通じて、その履行が担保される。
S106合意(Section 106 Agreement):開発事業者とLPAの間の法的契約であり、主に「オンサイト(開発区域内)」で生物多様性価値を創する際に利用される。
保全誓約(Conservation Covenants):土地所有者と「Responsible Body(英国の非省庁系公的機関であるNatural Englandや自治体等が含まれる)」との間の公的な合意であり、主に「オフサイト(開発区域外)」で生物多様性価値を創出する場合に活用される。土地の所有者が変わっても義務が継承される。

  • BNGの達成方法:

 10%のネットゲインを達成するために、以下の優先順位(Biodiversity Gain Hierarchy)を守る必要がある。

  1. オンサイトでの生物多様性価値創出: 開発区域内での保全・創出。
  2. オフサイトでの生物多様性価値創出: 開発区域外(自社所有地や他者の土地)での創出。オフサイトで供給される生物多様性価値は、Natural Englandの運営するBNG登録簿(Biodiversity Gain Site register)に登録される。
  3. 政府クレジット(Statutory Credits)の購入: 上記2つの手段で不十分な場合の最後の手段であり、1ユニットの生物多様性価値を補填するためには、政府クレジットを2クレジット購入しなければならない。

 このように英国では、建設セクターにおけるネイチャーポジティブの達成に対し、制度面および業界指針の双方から本格的に取り組んでいることが明確に読み取れる。今回取り上げた「Framework for a Nature-Positive Built Environment」およびBNGから得られる重要な示唆は、開発区域内(オンサイト)の対応にとどまらず、開発区域外(オフサイト)やサプライチェーンにまで視野を広げる必要があるという点にある。

 従来、建設セクターにおける生物多様性は、敷地内での緑地確保や植栽計画といった局所的対応に重点が置かれる傾向があった。しかし、英国における生物多様性はは資材調達に伴う自然影響や、敷地内の改変が周辺地域の生態系ネットワークや水環境に及ぼす波及影響まで含めている。GHG排出量の算定においては、Scope1,2,3という概念のもと、サプライチェーン全体での排出管理が既に常識となっているが、ネイチャーポジティブに関しても同様にサプライチェーン視点での把握と管理が標準化していく可能性が高い。企業活動の直接的影響だけでなく、間接的影響を含めた統合的なマネジメント対象へと進化していくと考えられる。

 英国はこの分野において制度設計と実務指針の両面から先導的な役割を果たしており、今後も国際的なベンチマークとなる動向を示し続けるであろう。引き続きその展開を注視し、実務および政策検討の参考とする意義は大きいと考える。

引用

[i] https://ukgbc.org/

[ii] https://ukgbc.org/news/ukgbc-launches-framework-for-a-nature-positive-built-environment/