機運高まる中小企業の「サステナビリティ経営」を実装するために。
~独バイエルン州環境局が示す中小企業向けサステナビリティ経営ガイドライン~
(文責:河北浩一郎)
今日「サステナビリティ」「サステナブル」という単語を耳にしない日は無いほどに、その意味・意義の社会への浸透は進んでいる。一方で、それを企業活動に取り入れる所謂「サステナビリティ経営」のこれまでの認識は、大企業が中心となって推進しているモノであり、必ずしも中小企業へ波及してはいない、が一般的であった。しかしここ数年、中小企業経営者の意識は変化しており、中小企業における「サステナビリティ経営」の機運が高まっている。
本稿では、共に「中小企業大国」と呼ばれるドイツ、日本における中小企業経営者のサステナビリティに対する意識の変化、並びにドイツのバイエルン州政府による中小企業のサステナビリティ経営実装支援について紹介する。
【ドイツの中小企業の現況】
ドイツの中小企業は、一般的に“Mittelstand(ミッテルシュタント)”と呼ばれている。その強みとも言える特徴として、ミッテルシュタントは家族経営が中心であるが故に株主の利益や意向に左右されることなく長期的な経営判断が可能であること、小規模ながら独自技術を有しておりグローバル志向が強いこと、大都市に集中せず全国各地に点在していること(地域に根差している)により地域経済の発展に貢献していること等が挙げられている。
ボン中小企業研究所(Institut für Mittelstandsforschung Bonn)によると、ドイツ国内の約335万社が中小企業であり、全企業の99.3%を占めている。また中小企業は、国内の総売上高の33.7%に上る約2.32兆ユーロを売上げており、全就業者の54.4%に相当する約1,900万人の雇用を創出している。※1連邦経済・気候保護省は、この数字を掲げ、ドイツ経済の成功要因が”Mittelstand”によるものであると公言している。※2
また、ドイツの中小企業の強みは、 “Hidden champion(隠れたチャンピオン)”の多さでも示されている。経営コンサルタントでもあるハーマン・サイモン教授は「世界中の“Hidden champion(隠れたチャンピオン)”の半数を占める約1,300が、ドイツの中小企業である」と言う※3。このことも、中小企業がドイツ経済の屋台骨を支えている証左と言えよう。
尚、“Hidden champion(隠れたチャンピオン)” とは、サイモン教授が提唱している経済学用語であり、以下の3つの基準を満たす企業のことを指す。
- 市場シェアの基準:
グローバルで1~3位、若しくは当該企業のある地域(アジア、ヨーロッパ、北米等)で1位 - 売上の基準:
40億ドル未満 - 知名度の基準:
一般の人には知られていない。
ここで、ドイツの中小企業の定義について補足しておく。EU加盟国であるドイツは、EU法を枠組み法として適応することが義務付けられている。従い、中小企業の定義についても、基本的にEUの勧告に基づくものとされている。しかし、この定義は、あくまでEUによる支援対象の範囲を定めた原則であり、各国の支援策ごとに定義は異なる。ドイツでは、一般的にボン中小企業研究所の定義が使われている。
参考までに、以下にEUによる定義並びにボン中小企業研究所による定義を示す。
【表1:EUによる定義】
【表2:ボン中央研究所による定義】
【ドイツの中小企業が直面する課題】
ボン中小企業研究所は、2014年から ”Zukunftspanel Mittelstand(中小企業の未来パネル) “と称する調査を実施している。この調査は、中小企業が直面している課題及び将来予想される課題を特定することを目的に、経営幹部を対象にオンラインで実施されている。去る2022年10月、4回目の調査結果が公表された。※4
ドイツでは、兼ねてより熟練労働者の不足による経済の悪化が懸念されており、政府も移民受け入れの拡大が必要との見解を示している。本調査においても、全ての企業が熟練労働者の不足が最大の課題であると回答している。次ぐ課題として、中規模企業の幹部は「気候変動・持続可能性」を挙げている。(表3)
【表3:中小企業が将来直面すると予想する課題】
出所:” Institut für Mittelstandsforschung Bonn”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記
尚、下記の表4において、2022年の調査において2番目の関心事となった「気候変動・持続可能性」が、昨年の調査において5番目の関心事であったことが示されている。
【表4:中小企業が将来直面すると予想する課題の順位:2021年と2022年の比較】
出所:” Institut für Mittelstandsforschung Bonn”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記
更に同研究所は、特筆すべき点として、若年経営者ほど「気候変動・持続可能性」に対する問題意識の高さが如実であることを挙げている。表5を参照頂きたい。同研究所は、今後数年で、このトピックが中小企業に突きつけられる最大の課題となると指摘している。
【表5:世代別経営者の問題意識】
出所:” Institut für Mittelstandsforschung Bonn”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記
ドイツ経済の屋台骨を支える中小企業が「気候変動・持続可能性」を関心事と捉える傾向は年々強まっており、その傾向は、若年層ほど強いものとなっていることを本調査が示している。従い、今後多くの中小企業が、その課題に対処する施策を推進していくことになると推察できる。
【バイエルン州による中小企業支援】
こうした背景の中、バイエルン州環境局は、 “Infozentrum UmweltWirtschaft(IZU):(環境経済インフォメーションセンター)”において、中小企業を対象とした事業活動における環境保護と持続可能な経営に関する様々な情報を公開している。※5
以下に、同局が開発したサステナビリティ経営ガイドラインを紹介する。尚、本ガイドラインは、中小企業がサステナビリティ経営を実装する際に必要となる情報とアイデアを提供するものであり、図1に示す5項目から構成されている。
【図1:サステナビリティ経営におけるガイドラインの構造】
出所:” Nachhaltigkeitsmanagement für KMU”より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成
図1のガイドラインで示されている5つの項目と各要素について説明する。
出所:” Nachhaltigkeitsmanagement für KMU”より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成
同局は、中小企業が推進するサステナビリティ経営は、決して複雑である必要はないとし、中小企業が有する「迅速な意思決定プロセス」や「経営者と従業員との密接な関係」などにより、迅速な実装が可能であるとしている。また、既にEMS(環境マネジメントシステム)を導入し、環境経営を推進している企業においては、その基盤を活用することで、より簡易にサステナビリティ経営への展開が可能であるとしている。
また、中小企業は、大企業のサプライヤーであると同時に資源や原材料の購入者でもあり、サプライチェーンにおける影響力を有している。従い、中小企業がサステナビリティ経営を推進することが、公益性や地域の強化に貢献するだけでなく、取引先及び顧客からの企業イメージ・評判の向上に繋がる。結果、中小企業にとって長期的な付加価値を生み出す事が可能になる、とその意義を強調している。
【日本でも関心が高まる中小企業のサステナビリティ経営】
これまで、ドイツの事例を紹介してきたが、改めて国内に目を向けてみる。先に紹介したボン中小企業研究所と同種の調査を大同生命保険株式会社が神戸大学経営研究所との共同研究で実施しており、2022年9月度に実施された調査について紹介する。
本調査は、中小企業におけるサステナビリティ経営の取組状況について、全国の中小企業8,033社を対象に訪問若しくはWEB面談により実施されたものである。
【表5:中小企業のサステナビリティ経営の取組状況】
出所:”大同生命サーベイ(2022年9月度調査) “
特筆すべき点として、ドイツ同様に2021年から2022年に至る一年に、経営者のサステナビリティ経営に対する認知度が大きく変化したことが挙げられる。SDGsについても、その認知度における年々の向上が確認できる。サステナビリティ経営の取組を始めている企業も存在する。しかし一方で、「今後、導入を検討したい」、「取り組みたいが、何をすればよいか分からない」と回答する企業が半数近くに上っている。
多くの中小企業が、その重要性を理解しつつも、経営資源の制約等により、サステナビリティ経営の導入に二の足を踏んでいるのかも知れない。その際には、先に紹介したガイドラインを是非参照して頂ければと思う。自社を振り返り、取組の優先順位を決定し、出来ることから段階的に取り組む。その過程を通して、サステナビリティ経営が身近なものであることを体感する、それが実装の第一歩となるだろう。
※1:https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Dossier/politik-fuer-den-mittelstand.html
※2:https://www.ifm-bonn.org/statistiken/mittelstand-im-ueberblick/volkswirtschaftliche-bedeutung-der-kmu/deutschland
※3:https://www.deutschland.de/en/topic/business/germanys-hidden-champions-unknown-top-firms
※4:https://www.ifm-bonn.org/publikationen/chartbooks/detailansicht/zukunftspanel-2022-klima-und-energie-gewinnen-als-herausforderungen-an-bedeutung
※5:https://www.ifm-bonn.org/statistiken/einfuehrung