「サステナブル経営」の一手法として持続可能なモビリティ(移動)の在り方を再考することの意義

(文責:河北浩一郎)

 本稿では、弊社の母体であるドイツのB.A.U.M. e.V.(Bundesdeutsche Arbeitskreis für umweltbewusstestes Management)※1が、連邦環境・自然・原子力安全省(以下、BMUV)及び連邦環境庁(以下、UBA)の委託により作成した「Mobility Policy」※2について、紹介する。

「Mobility Policy」は、企業活動におけるモビリティ(移動全般を指す)に関して持続可能性を志向する企業がとるべき行動指針を示したものである。

 始めに、ドイツの運輸部門におけるGHG排出量の現状について紹介する。企業が持続可能なモビリティを志向することの重要性をご理解頂ければ幸甚である。

■ドイツの運輸部門におけるGHG排出量

 ドイツでは、運輸部門におけるGHG排出量が国内総排出量の約20%を占めており、その量はエネルギー部門、産業部門に次いで多い状況である。(図1参照)
 次に、運輸部門におけるGHG排出量の推移を紹介する。1990年は約163百万トン、2010年には約153百万、2020年に約146百万トン、と減少しているかに見える。しかし、2020年の減少要因について、BMUVは「コロナによるパンデミックの影響であり一時的な排出量削減でしかない」と分析している。現に、2021年は約148百万トンと増加した

 実際、運輸部門のGHG排出量は、過去30年に亘り他の部門と比して削減が進んでいないことを図2が示している。 従い、UBAは、輸送部門のGHG排出について「今後数年間で、迅速かつ大幅な削減をしなければならない」※3と伝えている。尚、ドイツの気候保護目標を法定している「気候保護法※4」では、運輸部門のGHG排出量を2030年までに85百万トンにすることが定められている。

図1【2020年 ドイツの部門別GHG排出量割合】

出典:“Klimaschutz in Zahlen”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記

図2【ドイツの部門別GHG排出量の経年変化】

出典:”Statishes Bundesamt(連邦統計局)“資料より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成

■運輸部門における輸送手段別GHG排出量

 次に、運輸部門の輸送手段別のGHG排出割合に話を進める。BMUVが発行した“Klimaschutz in Zahlen 2021(数字で見る気候保護)※5”によると、「陸上の輸送」に伴うGHG排出量が、運輸部門における総排出量の96 %を占めており、その内60.8%が乗用車から排出されている。従い、運輸部門においては、何よりも乗用車由来のGHG排出量を削減することが課題といえるだろう。

 その課題を解決する施策として、政府はEV車の普及を掲げており、2030年までに700万から1,000万台を新車登録すること、公共の充電ポイントを100万カ所設置することを目標としていることを補足しておく。※6

表1【運輸部門における輸送手段別年間GHG排出量の推移】

出典:“Trends der Treibhausgas-Emissionen in Deutschland(連邦環境庁)”より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成

図3【運輸部門における輸送手段別GHG排出割合】

出典:“Klimaschutz in Zahlen”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記

■通勤時の交通手段

 次に、連邦統計局(Statishes Bundesamt)が公表している「通勤時に使用する交通手段の割合」※7を紹介する。

図4【通勤者が使用する交通手段】

出典:”Statishes Bundesamt(連邦統計局)“資料より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成

 図4は、通勤時に利用する交通手段の割合を示している。これより、就業者の68%が通勤時に乗用車を利用していることが分かる。参考までに、本年7月に公表された2020年の国勢調査結果による日本の通勤通学における利用交通手段で示される「自家用車」利用の割合は46.9%である。尚、この結果には、15歳以上の通学も母数として含まれているため、一概に比較することは出来ないものの、日本よりもドイツの方が通勤時に乗用車を利用している割合が大きい。この理由の一つに、「社用車」の存在が挙げられる。

 ドイツでは、多くの企業が、従業員に「社用車(カンパニーカー)」を貸与している。その目的は、従業員が営業活動等の外勤に柔軟に対応できる様にするためであるが、社用車のプライベート利用が一般的となっている。社用車を使用する従業員には、一定の税負担が課せられており、一方の企業にとっても社用車所有が税法上で優遇されていることから、雇用者及び被用者双方にメリットのある制度と認識されている。

■「Mobility Policy」

 B.A.U.M. e.V.は「ドイツの殆どの企業には、出張や通勤と言った業務上の移動(モビリティ)に関する社内規定がある。しかし、その規定の多くは持続可能性を志向した目標や基準などが考慮されていない」と言う。従い、「Mobility Policy」により、全ての企業が、持続可能なモビリティを志向することで、企業活動における環境負荷の低減を果たすことできるとしている。

 尚、「Mobility Policy」では、企業がモビリティに関するガイドラインを策定する際に以下7点を考慮することが推奨されている。

1.交通回避
 在宅勤務に関するフレームワークの設計

2.出張
 全ての出張において、その必要性を慎重に検討すること。
 ビデオ会議等の代替手段について検討すること。
 出張時における移動手段については、国内の移動には鉄道を優先的に使用すること。

3.自転車通勤
 可能な限り自転車通勤を優先すること。
 電動自転車用充電設備の拡充。

4.公共交通機関の利用促進

5.駐車場管理
 駐車スペースに要する経費の洗い出し、適正なスペースを検討すること。
 (例えば、相乗り通勤へのインセンティブを設定する等)
 EV利用の促進のために充電設備を拡充すること。

6.車輛管理
 社用車台数の見直し(必要最低限に留める)
 社用車規定の見直し(プライベート利用の禁止等)

7.車輛の転換
 自動車から自転車やバイク、スクーター等への転換が可能か検討する。
 社用車を新規購入する際には、エネルギー効率の高いモデルを選択する。

 

 日本でも、大企業を中心にサステナブル経営を推進している。しかし、「何から始めればいいのか」という企業もあるだろう。だとすれば、企業活動におけるモビリティ(移動)について持続可能性を検討する事から始めてみるのはいかがだろうか。企業がサステナブル経営を推進する際に無くてはならないもの、それは全ての従業員が当事者意識を持ち、サステナビリティの重要性及び自社の目指す方向性を共有することである。言うまでもなく、企業におけるモビリティは全ての社員が関連する分野であり、最も身近な分野でもある。従い、社員の意識を醸成させる最適な分野とも言える。
 ドイツと日本では、当然に事情は異なるが、本稿で紹介した「Mobility Policy」が、その一助になれば幸甚である。
 弊社は、企業のサステナブル経営支援を行っており、ご相談頂ければ尚幸甚である。

 尚、本稿で紹介した「Mobility Policy」では、通勤時の自転車利用を推奨しているが、日本でも国土交通省が自転車通勤の促進に取組んでいる。

 国土交通省は、企業が社員に自転車通勤を認める際のメリットとして以下の4点挙げている。

1.経費の削減
自転車通勤を推奨している事業者を対象とした調査では、従業員一人当たり年間5.7万円の通勤費が削減できた。また、借り上げていて駐車場が不要になることによるコスト削減効果も期待できる。

2.生産性の向上
 自転車通勤をしている社員は、心身ともに健康的であり、特に時間管理能力及び集中力が向上している。結果的に職場における労働生産性の向上に繋がる。

3.イメージアップ
 自転車通期の促進は、環境に優しく、健康的な事業者としての社会的評価に繋がる。

4.雇用の拡大
 従業員の通勤手段として、自転車通勤が認められることで、雇用範囲が拡がる。即ち、雇用の拡大に繋がる。

一方、従業員のメリットについては、以下の3点が示されている。

1.通勤時間の短縮
特に、低・中距離(通勤距離が500m~5㎞)においては、通勤時間の短縮が可能であり、定時制に優れている。

2.身体面の健康増進
 自転車による運動は内臓脂肪を燃やし、体力・筋力の維持、増進を促す。更に、がんや心臓疾患による死亡・発症リスクを軽減する。

3.精神面の健康増進
 自転車通勤は、徒歩や自動車では得られない心地よさがある。
 都市部においては、満員電車に揺られることなく快適に通勤できる。

「自転車通勤導入に関する手引き」より
https://www.mlit.go.jp/common/001292044.pdf

 多くのメリットが示される「自転車通勤」であるが、当然ながら、企業が自転車通勤制度を導入するために検討すべき事項は多々ある。例えば、自転車通勤手当の設定や事故時の対応などが挙げられる。また、社内設備についても検討が必要である。メリットにもある通り駐車場代を削減できる可能性はあるが、一方で駐輪場設備が必要となる。また、シャワー設備等も必要となるか知れない。中でも、自転車通勤の制度化の可否判断には、通勤災害(労災)についての慎重な議論が、労使ともに必要となるだろう。
 上記、国交省が示すメリットについて、一様に納得できる。しかし、多くの読者が、それはあくまで理想、と諦観している姿は想像に難くない。だからこそ、社内で「自転車通勤制度の導入」をテーマとして議論してみるのも一考である。そのことが、持続可能性を志向する契機となるかもしれない。

※1:https://www.baumev.de

※2::https://www.mobilitypolicy.de/

※3:Klimaschutz im Verkehr | Umweltbundesamt

※4:ドイツの気候保護政策【気候保護プログラム】と【連邦気候保護法】 - BAUM Consult Japan

※5:

https://www.bmuv.de/fileadmin/Daten_BMU/Pools/Broschueren/klimaschutz_zahlen_2021_bf.pdf

※6:https://www.bundesregierung.de/breg-de/themen/klimaschutz/verkehr-1672896

※7:

https://www.destatis.de/DE/Presse/Pressemitteilungen/2021/09/PD21_N054_13.html