ドイツはコンゴに存在する世界最大の熱帯泥炭地の保全プロジェクトを支援
~ラムサール条約と生物多様性条約に寄与する取り組み~
(文責:河北浩一郎)
ドイツ連邦環境・自然保護・原子力安全省(以下、BMUV)は、世界の気候危機の拡大と生物多様性の損失を抑止する為に国際気候イニシアチブ(以下、IKI)※1による資金調達プログラムを活用し、開発途上国及び新興国への支援を行っている。IKI は、2008年から2021年までに、60か国以上にわたる約800のプロジェクトを支援し、その支援額は約50億ユーロに上る。そして、BMUVは2022年に3,200万ユーロを投じ、4つのプロジェクトを支援することを公表した。
本稿では、この4つのプロジェクトの1つでBMUVが特に重要な生態系と捉えている「泥炭地」の保護について以下に紹介する。
■世界最大の熱帯泥炭地「キュベット中央泥炭地」の現状
キュベット中央泥炭地は、コンゴ民主共和国とコンゴ共和国を跨ぐ世界最大の熱帯泥炭地であり、その面積は約145,000㎞2(参考:北海道の面積約83,000m2)に及ぶ。
下記に、キュベット中央泥炭地の位置図及び写真を掲載する。
【キュベット中央泥炭地の位置図】
出典:Google社「Googleマップ」上に、筆者にて加筆
【キュベット中央泥炭地】
出典:“United Nations”
RAINFOREST FOUNDATION UK※2は、「キュベット中央泥炭地には30ギガトンの炭素が貯蔵されており、その量はヨーロッパにおける炭素排出量の12年分に相当する」とし、この世界最大規模の炭素吸収源を保護することの重要性を訴えている。
この泥炭地が発見されたのは、僅か数年前の2017年である。この貴重な資源の発見について、当時の国連環境局淡水・土地・気候部長のティム・クリストファーセン氏は「泥炭地は1万年の歳月を掛けて成長したものである。土地利用が泥炭地の性質を考慮しないものであれば、数日で破壊される可能性がある」と述べ、当地において計画されている石油及びガス採掘に際して、無秩序な土地開発が進められることへの危惧を示している。
また、フィールド調査を行っている研究者は別の観点から、熱帯泥炭地の保護の必要性を伝えている。
イギリスのエクセター大学生態学・保全センターのマーク・ハリソン博士は、「熱帯泥炭地の保護は、野生生物や炭素排出量のためだけではなく、人間の健康にとっても重要である」と述べている。生物多様性が確保されている熱帯泥炭地には、コウモリ・げっ歯類・霊長類などが多く生息しており、その種類も豊富である。但し、これらの脊椎動物は、未知の「人獣共通感染症※3」を引き起こすリスクを有している。つまり、熱帯泥炭地の破壊、即ち生息地の搾取による人間の生活地域への移動や野生生物の捕獲が、未知の感染症によるパンデミックを引き起こし兼ねない。だからこそ、熱帯泥炭地の保護が必要であるとしている。
■世界最大の熱帯泥炭地「キュベット中央泥炭地」保護プロジェクトについて
BMUVは、先述のIKI を通じて調達した32,000万ユーロの資金の内、15,000万ユーロを投じ、国連環境計画(United Nations Environment Programme :UNEP)が中心となり2022年から2027年にかけて推進する「キュベット中央泥炭地保護プロジェクト」を支援していく。プロジェクトの概要を以下に示す。
- 実効性のある土地利用計画の立案
- 泥炭地とその水源におけるモニタリング手法の確立
- 水資源保護管理計画の策定
- 地域住民による持続可能な資源管理が可能となる手法及びツールの開発
■泥炭地保護の重要性
シュテフィ・レムケ連邦環境・自然保護・原子力安全相は、この泥炭地が「今は無傷であるものの、脆弱な生態系であるからこそ保護が必要である」とし、ドイツ政府の支援が生物多様性の損失を防ぐことに貢献することを強調している。
一方、当のコンゴ民主共和国は、2022年4月に16鉱区の油田における採掘権の入札を公表した。更に、2022年7月には新たに11鉱区を入札対象に追加する旨を発表した。これは、世界的な原油需要の高まりを受けたものとしている。尚、内3鉱区はキュベット中央泥炭地内である。
自国の経済を優先する開発途上国が、無傷の泥炭地を無秩序に開発する。それを留めるためにも、泥炭地保護プロジェクトの必要性は益々高まっている。
国際自然保護連合(IUCN)によると、泥炭地は、世界の陸地の僅か3%を占めるに過ぎないものの、世界中の森林が貯蔵する炭素量の2倍に相当する550ギガトンを蓄えている。この貴重な資源を守る為に、BMUVは、2022年末にも新たなプロジェクトの公募を予定している。加えて、「国連生態系回復の10年(2021年から2030年)※4」に貢献する為にも、年間30から40件のプロジェクトの支援を継続することを公表している。
弊社は、当NEWSを通じて「生物多様性」や「自然保護」に関する、EU及びドイツの政策を中心に詳しく紹介している※5※6。本稿でも取り上げた「泥炭地」であるが、多くの日本人にとっては、まだまだ耳慣れない言葉なのかも知れない。弊社の発信が、日本の環境意識を醸成させる一助となれば幸甚である。
参考資料
※1:国際的な気候変動対策と生物多様性を支援するためのドイツ連邦政府の重要な手段の1つ
https://www.international-climate-initiative.com/en/about-iki/
※2:https://storymaps.arcgis.com/stories/28900d3426fd485db15f94ea6126a477
※3:同一の病原体により、ヒトとヒト以外の脊椎動物の双方が罹患する感染症のこと。例:狂犬病)