EUにおける運輸部門の脱炭素化の実情
~1990年から2019年の間にCO2排出量は33%以上増加~
(文責:坂野 佑馬)
2022年6月1日、EU加盟27か国における運輸部門での温室効果ガス(GHG)排出量のデータを2000年から2019年に渡って収集・分析したレポートがEuropean Environment Agency (EEA) より発表された。
2019年度における、EUの運輸部門のGHG排出量はGHG総排出量の約25%を占め、その運輸部門からのCO2排出量の72%は道路運送によって排出されたものであった。また、EUの運輸部門のGHG排出量は1990年から2019年の間に33%以上増加し、道路運送においては約28%増加したことが確認されている。欧州委員会(EC)によると既存の全ての政策措置を考慮したとしても、輸送におけるCO2排出量は2030年では1990年比で3.5%増加し、2050年では1990年比でわずか22%しか減少しないと予測されており、2050年で気候中立(カーボンニュートラルゼロ:GHG排出量が実質ゼロの状態)達成のために必須とされる「目標:運輸部門におけるGHG排出量を1990年比で90%削減する」には程遠い実情であると同レポートには記載されている。
・「燃費の向上」と「バイオ燃料の普及」によるオフセット
EU加盟27か国の旅客自動車(乗用車、バス、タクシー等)由来のCO2排出量は、2000年から2019年の間に5.8%増加した。この主な要因は、「旅客輸送量の増加」と「移動手段における自動車の割合の増加」の相乗効果であると考えられる。一方で、「燃費の向上」と「バイオ燃料の普及」によってCO2排出量の増加分は一部相殺されたと言える。
貨物自動車(トラック等)由来のCO2排出量は2000年から2019年の間に5.5%増加した。この主な要因も旅客自動車と同様に、「輸送量の増加」と「輸送手段における自動車の割合の増加」の相乗効果であることが報告されている。CO2排出量の増加を補う最大の要因は、「燃費の向上」で、旅客自動車と比較してもより顕著に影響を与えていることが判明した。
・EV化の飛躍
ここ数年のEUのEV市場の成長は、新車と新型バンに対するCO2排出量基準の遵守が反映されていると分析されている。2020年より各自動車メーカーに対して「販売された新車全体のCO2排出量が95 gCO2/km 以下とする」という目標が課された。
実際に、電気自動車(EV:バッテリー電気自動車、プラグインハイブリッド車)の販売台数は2017年から急増し、2019年度の販売台数と比較して2020年には3倍に増加した。3倍と言っても、2020年度の新車販売台数におけるEVの割合は約0.87%に留まっている。一方、バンやバスなどの大型自動車は比較的にEVへの転換が進んでおり、とりわけバスはEVへの転化率が最も大きく、2020年度に販売された新車の約6%がEVであった。他方、大型トラックのEV化は依然として進んでいない。現状のバッテリー性能や充電インフラの整備状況では長距離輸送には対応することができない為である。この対策として考案されている施策の一つが、「幹線を利用したトラックへの電力供給」である。これは、「eHighway 計画」と呼ばれドイツやスウェーデンの高速道路において実証実験が行われている。
EVの普及はEUの中でもドイツ、フランス、オランダ、スウェーデン、ベルギーが先進的で、EUでの2020年度のEV販売台数の約75%を占めていた。これらの国々では、国や地方自治体でEVと充電インフラの導入を促進するための制度が整備されている(表1)。
表1.EU各国のEV・充電インフラ導入支援制度
国 | EV | 充電インフラ |
ドイツ | ・経済的補助(自動車税の免除、電気自動車製造会社への減税、充電に関連する税制上の優遇措置) ・電気自動車法:優先駐車場の利用、駐車料金の引き下げ、専用道路の使用 | ・個人充電インフラ設置への補助金 ・公共充電インフラ設置のためのファンド |
フランス | ・経済的補助(EV購入補助金、CO2排出量に基づいた自動車税、中古EV購入に対する補助金、自治体の補助金) ・公共車両へのEVの導入 | ・公共充電インフラ設置のための補助金 |
オランダ | ・経済的補助(EV購入補助金、自動車税の減税、社用車EV化への優遇措置) | ・公共充電インフラの増設(いくつかの自治体) ・無料で充電提供(いくつかの都市) |
スウェーデン | ・経済的補助(EV購入費補填、社用車EV化に対する税制上の優遇措置、無料駐車場) ・無料での専用道路の使用 | ・個人充電インフラ設置への補助金 ・公共充電インフラ設置のためのファンド |
・EUの輸送部門で消費されているバイオ燃料は約10.2%まで普及
Eurostatのデータによると、2020年度におけるEUの輸送部門全体で消費されたエネルギーの約10.2%が再生可能エネルギー由来で、そのほとんどがバイオ燃料であった。このバイオ燃料普及は再生可能エネルギー指令(REDⅡ:Renewable Energy Directive Ⅱ)によるところが大きい。EUは、2021年7月に発表されたFit for 55(2030年に1990年度比でGHG排出量を少なくとも55%削減するための政策パッケージ)に伴いREDⅡを改定し、総消費エネルギーに占める再生可能エネルギーの比率の2030年度目標を現行の「少なくとも32%」から「少なくとも42%」に引き上げた。改定REDⅡでは部門別に目標値が設定され、運輸部門は2030年までに単位輸送量当たりのGHG排出量を少なくとも13%削減することを課せられることとなった。
ちなみに、燃料品質指令(FQD:Fuel Quality Directive)においては、燃料サプライヤーは2020年までに供給する燃料の単位エネルギー当たりのGHG排出量を2010年の基準値から少なくとも6%削減させることとなっている。
グリーン化の展望
近年のEUの動向や世論から、今後もEVの導入がより一層加速していくことが予測される。ただ問題は、EVに供給される電力がグリーン化されて行くのかの是非である。
此度のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、EUはロシア産化石燃料からの脱却計画「REPowerEU」の詳細を2022年5月18日に発表した(弊社NEWSの4月11日の記事で採択前の概要を紹介済)。再生可能エネルギー対策としては、太陽光発電を柱とし、風力発電に関しては設備導入の素地として法制の整備などを推進する方向性である。水素に関しても、2030年までに2000万トン(EU域内1000万トン、輸入1000万トン)を調達するという野心的な目標を掲げた。実現へ向けた投資として、太陽光・風力で860億ユーロ(12兆3000億円)、水素電気分解設備で270億ユーロ(3兆8600億円)が必要となる見込みである。こうした展開の結果として、将来的には輸送部門におけるGHG排出量が減少トレンドになることが推察される。
参照
※1 European Environment Agency (EEA)_ Transport and environment report 2021
https://www.eea.europa.eu/publications/transport-and-environment-report-2021
※2 SIEMENS _ eHighway の概略
https://press.siemens.com/global/en/feature/ehighway-solutions-electrified-road-freight-transport
※3 EC _ 再生可能エネルギー指令の概要
※4 EC _ 燃料品質指令
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32009L0030
※5 EC _ REPowerEU計画の詳細
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_3131