オランダは “グリーン成長パッケージ” を発表 ~グリーン水素製造に21億ユーロを投じ、4%の使用義務化を決定~
(文責: 坂野 佑馬)
オランダ政府は、2025年4月25日に発表した「Pakket voor Groene Groei(グリーン成長パッケージ)」により、脱炭素化とエネルギーシステムの強化を加速するための新たな政策措置を導入した。[i]これにより、オランダは持続可能な経済成長を目指し、産業界、市民社会、そして政府機関の協力を促進する重要な転換期を迎えている。本稿では、この政策の骨子を6点ご紹介させていただく。
1. 産業向け電力コストの削減とCO₂課税の調整
オランダ政府はグリーン成長パッケージの一環として、現行の「間接費用補償(Indirecte Kosten Compensatie)」[ii]を3年間延長することを発表した。この補償制度は、エネルギー集約型の企業が負担する電力コストの急激な上昇を軽減するために導入された制度である。具体的には、エネルギー消費が大きい産業(化学、製鉄、セメントなど)の企業に対し、CO₂排出量に基づいたCO₂課税(CO₂ levy)の負担を一部補填するものだ。此度の延長により、エネルギー集約型産業は、急激な電力コストの上昇に直面することなく、競争力を維持しつつ脱炭素化のための投資を行うことが可能となる。
また、産業界が脱炭素化を進められるために、2021年から導入されていた産業部門への CO₂課税の適用基準を見直した。オランダ政府は、2032年以降のCO₂課税の適用についても検討しており、企業に対しては計画的な投資を促進するための政策を予告している。
2. 電力網の拡張とレジリエンス強化
再生可能エネルギーの普及に伴い、電力網の拡張が急務となっている。オランダ政府は、再生可能エネルギーの導入を加速するため、特に高圧送電網の拡張に注力している。重要度が高いと評価される25のプロジェクトに対して規制を簡素化し、進行を最大1年短縮することを目指している。また、企業に対しては、企業が電力の需要を調整できる技術(例えば、バッテリー、エネルギーマネジメントシステムなど)を導入するための支援を目的とした補助金である「Flex-e:柔軟な電力消費制度」[iii]を通じて、電力消費を企業が柔軟に管理できるよう、送電網接続を通じて購入できる最大電力量が最大100㎾以上の企業を対象に最大125,000ユーロ(約2,055 万円)を支援している。
3. CO₂回収・貯留(CCS)の強化
オランダの脱炭素化において、CO₂の回収・貯留技術(CCS)の強化は重要な柱である。オランダ政府は、CCSプロジェクト「Aramis(産業排出源から回収したCO₂を、北海の枯渇したガス田に永久的に貯留することで、年間最大2,200万トンのCO₂排出削減を目指すプロジェクト。図1を参照)」[iv]に対して6億3900万ユーロ(約1,035億円)を投資し、2030年からの運用開始を目指している。このプロジェクトは、産業界の脱炭素化に貢献するだけでなく、地域経済にも大きなインパクトを与えると期待されている。
図1. CCSプロジェクト「Aramis」の立地

出所: TotalEnergiesのプレスリリースより引用
4. SDE++補助金の延長
再生可能エネルギーおよび低炭素技術の導入を加速させるため、オランダ政府はSDE++(Stimulering Duurzame Energieproductie en Klimaattransitie)補助金[v]の適用期間を2026年まで延長することを決定した。この補助金は、再生可能エネルギーの生産者や低炭素技術の利用者に対して、一定の期間(通常12〜15年)にわたり、基準価格(設備導入費等を加味した価格)と市場価格(公共電力価格等)との差額を補填するかたちで交付するものである。ドイツの気候保護契約(Climate Protection Contracts)に導入されている炭素差額契約(CCfD)にも類似した政策である(2023年6月13日公表の弊社NEWSにて紹介)。このSDE++補助金が企業や非営利団体がCO₂排出量削減に向けたプロジェクトを実施するための重要な資金源となり、脱炭素化の加速に貢献すると期待されている。
5. 消費者へのプラスチック課税の見直し
プラスチックの循環型経済への移行に向けて、オランダ政府は従来のプラスチック規制と課税の方針を見直し、新たな代替案を検討している。
オランダでは、2023年7月1日から、テイクアウトやデリバリー用の使い捨てプラスチックカップや食品容器に対し、消費者から追加料金を徴収している。[vi]例えば、カップには€0.25、食品容器には€0.50の課徴金が推奨されており、飲食店や小売店などの事業者は、消費者から徴収した課徴金を政府に納付する義務がある。ただし、2026年1月1日からは、この課徴金が廃止される予定となった。
6.グリーン水素の製造拡大と使用義務化
オランダ政府は、グリーン水素の生産を支援するため、総額21億ユーロの補助金プログラムを導入することを発表した。この資金は、0.5MWを超える電解装置プロジェクトに提供され、運用支援は5~10年間、1kgの水素あたり最大9ユーロが上限となる。主な目的は、現在広く使用されている安価なグレー水素と、グリーン水素とのコスト差を縮小することにある。現在、オランダでは年間130万トンのグレー水素が消費されており、その多くは石油精製や化学産業で利用されている。
補助金に加えて、産業用水素消費者には4%のグリーン水素使用義務が導入される。この義務は、現在の消費量に基づくと年間約52,000トンのグリーン水素を必要とすることになる。オランダ副首相を務めるハーマンス大臣は、この4%の目標は慎重に設定されたものであり、過度の負担を業界にかけることなく、市場開発の初期段階を支援することを意図していると述べた。この措置は、EUの再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive; REDⅢ)に基づく、2030年までに産業界で使用される水素のうち42%をグリーン水素に転換、2035年までに60%を転換するという目標に向けた第一歩と見なされている。
此度のグリーン成長パッケージにおいて、グリーン水素の使用義務化の具体的な数値目標を示したことは、世界に先駆けた展開と言えるだろう。EUのREDⅢには上述の義務化目標が示されているが、その他のEU加盟各国においては、まだ具体的な目標は定められていない。数値でこそ4%と控えめではあるが、義務化によってオランダ国内の水素サプライチェーンはより活性化するであろう。日本においては、水素社会推進法における低炭素水素サプライチェーンに対する補助金の展開が推進されているが、オランダのような義務化施策も水素サプライチェーンを成熟させていくためには必要なのではなかろうか。今後も国内外におけるグリーン水素義務化の展開は引き続きベンチマークしていきたい。
引用
[i] https://www.rijksoverheid.nl/actueel/nieuws/2025/04/25/kabinet-neemt-extra-maatregelen-met-pakket-voor-groene-groei/
[ii] https://www.rvo.nl/subsidies-financiering/ikc-ets
[iii] https://www.rvo.nl/subsidies-financiering/flex-e
[iv] https://www.aramis-ccs.com/
[v] https://business.gov.nl/subsidy/sustainable-energy-production/
[vi] https://business.gov.nl/sustainable-business/environment/single-use-plastics-these-are-the-rules/