9か国で囲む閉鎖性海域のバルト海:気候変動による都市の洪水と海水の富栄養化に起因する雨水管理を推進中
(文責: 青野 雅和)
日本では強い雨が以前よりも降る頻度と降雪量が増加する一方、降水日の減少が認められている。これが気候変動による原因であると推測されており、水量や水質等の水管理の検討と影響が環境省や国土交通省で検討が進められている。このような気候変動の影響は沿岸域よりも閉鎖性海域の方がより多くの影響を受けると想定される。海水の高温化や海水の表層の水温上昇により表層と底層の海水の循環が滞り、海の底層に酸素が供給されなくなり発生する貧酸素水塊が生物に影響を与えるのである。
日本のような島国では、閉鎖性海域は瀬戸内海や東京湾などであるが、欧州でもバルト海や黒海のように複数の国が関与している閉鎖性海域がある。バルト海地域では気候変動による干ばつが頻繁に発生しており、洪水やその他の局所的な圧力に適応する必要も高まっている。バルト海地域は9か国(EU加盟国8か国と非EU加盟国1か国)に及び約290万km²の地域と8,000万人の住民を擁している。
本稿ではバルト海における水管理のプロジェクトであり、Interregバルト海地域統合計画 2021-2027[i]で展開しているReNutriWater、 WaterMan、NurseCoast II、CityBluesを紹介する。
図1 バルト海地域統合計画 2021-2027のプログラムエリア

出典:https://environment.ec.europa.eu/news/renutriwater-circular-approach-water-management-2025-02-10_en
1.ReNutriWater[ii]:富栄養化対応
(1)プロジェクト概要
EUのバルト海地域間プログラムから資金提供を受けているReNutriWaterは、廃水を回収して非飲料用途に再利用することで、地域の水循環を限定的に利用することに重点を置いている。特に富栄養化が問題であり、貴重な栄養素を維持しながら、病原体や微量汚染物質のない安全な水回収ソリューションを開発することが目的である。以下の3つのパイロット事業を実施している。
- パイロット 1: 再生水の消毒の効率的な方法のテスト。ワルシャワ水道局とサヴォニア大学によって実施。
- パイロット 2: 植物の灌漑などの特定のニーズに合わせて再生水の組成を選択する方法をテスト。ポーランドの Schwander Polska とラトビアの Jurmala 水道公社というパートナーによって実施。
- パイロット 3: 温室での再生水のテストを含む、再生水の安全な使用を保証するためのテスト方法。デンマークの Samsø 下水処理施設、フィンランドの Savonia 大学、ラトビアの VNK Serviss、ポーランドの Schwander Polska などのパートナーによって実施。
図2 ReNutriWater プロジェクトパートナー一覧

出典:https://interreg-baltic.eu/project/renutriwater/
2.WaterMan:貯留水のリサイクルと産業・農業での再利用
(1)プロジェクト概要
公的機関と水道会社が戦略的アプローチを開発し、産業や農業などで水を再利用し、貯留水をリサイクルさせる戦略をモデル化することである。
バルト海周辺では、水のリサイクルは比較的新しいアプローチであり、これまでのところほんの数例しか展開できていな。しかし、ヨーロッパの他の地域では、これは何年も前から一般的な慣行であった。したがい、WaterMan プロジェクトの焦点は、バルト海地域でより広く使用できるように適応できる実際の例を共同で検討することであった。そのため、過去30年間で廃水の再利用を0%から98%に増やすことに成功したスペインのムルシア州をベンチマークしている。
2023年末までに、すべてのパイロット対策の概念が完成し、WaterManプロジェクトにおける3つ(ボーンホルム/デンマーク:農業灌漑用下水処理場の水を浄化するためのローテクフィルター、カルマル/スウェーデン:緑地の散水に水を再利用するための移動式消毒システム、ヴェステルヴィーク/スウェーデン:さまざまな目的で水を貯留するための高度なマルチダム)がその間に稼働を開始している。
(2)パートナー及びパートナー都市
スウェーデンのカルマル県をリードパートナーとしている。プロジェクトパートナーはプロジェクトパートナーは以下(図3)の通り。
図3 WaterMan プロジェクトパートナー一覧

出典:https://interreg-baltic.eu/project/waterman/
3.NURSECOAST-II[iii] :観光地の廃水生産量と栄養塩排出量の季節的な増加の削減
(1)プロジェクト概要
廃水処理システムは、多くの場合、閑散期に合わせて設計されていることから、バルト海沿岸の観光都市、村、集落では、季節によって廃水の発生量が変動し、夏の観光シーズンには廃水処理システムが不十分になる。そのため、バルト海への栄養分の流入を減らす、観光地に特化して適応した代替廃水処理ソリューションを見つけることを目的としている。
このプロジェクトでは以下の点を重要視している。
- 人工湿地、ナノバブル曝気、農業における廃水流出灌漑など、観光のピーク時に過剰な廃水を処理するさまざまなアプローチの試験的導入。
- デンマーク、ポーランド、ラトビア、フィンランドでパイロット プロジェクトが実施され、技術境界を定義。
- スウェーデン、ラトビア、エストニアで大規模な廃水調査を実施して、日常的な運用上の問題に関する知識を向上より優れた廃水ソリューションをテスト
- バルト海地域のすべての国の観光地域の廃水処理施設の広範なデータセットを収集し、GIS マップを作成し、LCA分析を実施し、得られた結果が広く再現されるようにすること。
(2)パートナー及びパートナー都市
スウェーデンのポーランド科学アカデミー 流体機械研究所をリードパートナーとしている。プロジェクトパートナーは以下(図4)の通り。
図4 NURSECOAST-IIのパートナー一覧

出典:https://interreg-baltic.eu/project/nursecoast-ii/
4.CityBlues[iv]:気候変動による都市の洪水と雨水管理に関するNBSの適用
(1)プロジェクト概要
気候変動の悪影響への適応を支援し、都市の洪水と雨水管理のための統合された自然ベースのソリューション (NBS:nature-based solutions) を通じて、密集する都市の緑と青のインフラを改善することであり、さらに、住民の生活環境をより包括的、健康的、魅力的なものにすることが目標である。
NBSはあまり日本では聞きなれない言葉であるが、具体的な例としては、海岸の干潟を保護し生物多様性を復活させたり、樹木や低木を植えて植林層を復活させるなど、社会の課題を解決できる手段として効果が認められている。
流域にNBSを適用することで、気候変動と都市の高密度化によってもたらされるさまざまな課題(雨水量の増加、ヒートアイランド現象、生物多様性の喪失など)に備えることができるようになる。パートナー都市が、回復力のある都市流域のためのNBS開発のための共同運用モデルを作成し、監視、維持していく。
(2)パートナー及びパートナー都市
フィンランドのタンペレ市をリードパートナーとしている。プロジェクトパートナーは以下(図5)の通り。
図5 NURSECOAST-IIのパートナー一覧

出典:https://interreg-baltic.eu/project/city-blues/
日本でも瀬戸内海、東京湾、伊勢湾、有明海、大村湾など88の閉鎖性海域が存在するが、国立環境研究所が気候変動の影響に関してモニタリングするプロジェクトが進められている[v]。同プロジェクトではバルト海の文献を収集すると記載されており、気候変動における閉鎖性海域の影響は世界単位で情報をシェアしていくこととなりそうである。
引用
[i] https://interreg-baltic.eu/about/
[ii] https://environment.ec.europa.eu/news/renutriwater-circular-approach-water-management-2025-02-10_en
[iii] https://interreg-baltic.eu/project/nursecoast-ii/
[iv] https://interreg-baltic.eu/project/city-blues/
[v] 閉鎖性海域における気候変動による影響評価等検討業務(令和 4年度)https://www.nies.go.jp/subjects/2022/26377_fy2022.html