EUの競争力強化に向けた指針「Competitiveness Compass」を発表 ~EUは2025年に大規模な政策の修正を実施~

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年1月29日、欧州委員会は本任期における初の主要施策として「Competitiveness Compass(競争力コンパス)」[i]を発表した。この指針は、欧州を未来の技術・サービス・クリーン製品の発明・製造・商業利用の中心地とし、世界初の気候中立大陸を目指す戦略的な枠組みである。
 Competitiveness Compassは、イタリア前首相で欧州中央銀行総裁を務めたマリオ・ドラギ氏の報告書を基に、欧州の競争力向上のための具体的な道筋を示すものだ。
 過去20年間、欧州は他の主要経済圏と比べて生産性成長の遅れを取ってきた。しかし、EUには人材、資本、単一市場(国境を問わない経済圏)、社会インフラなど、競争力を取り戻すための基盤がある。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「EUには成功するための全ての要素が揃っているが、弱点を克服し競争力を取り戻すことが必要だ」と述べた。

【Competitiveness Compassの概要】

3つの重点分野:Competitiveness Compassでは、欧州の競争力向上のために以下の3つの重点分野が設定されている。

1.イノベーションの強化

  • AI、量子技術、バイオテクノロジー、ロボティクス、宇宙技術などの分野でリーダーシップを確立する。
  • 「AIギガファクトリー」や「Apply AI」イニシアティブを通じて産業分野へのAI導入を推進する。
  • EUスタートアップ・スケールアップ戦略により、新興企業の成長を促進する。
  • EU加盟国の企業法、破産法、労働法、税法の統一化を目指した「28番目の法制度(28th legal regime)」を提案する。

    2.脱炭素化と競争力の両立

    • 脱炭素目標とクリーン産業の推進
       EUは2050年脱炭素経済の実現、2040年90%削減を目指して、「クリーン・インダストリアル・ディール」を策定し、エネルギー集約型産業の誘致、クリーン技術や循環型ビジネスの促進を図る。
      • エネルギーコスト削減策
         エネルギー価格の高騰に対応し、「アフォーダブル・エナジー(手頃でクリーンなエネルギー)・アクション・プラン」を導入。市場統合、PPAの活用、送電網の拡充を進め、再生可能エネルギーの利用拡大を支援。
      • クリーン生産と産業支援
         低炭素製品の需要促進、リサイクル投資、税制優遇、国家補助を活用。鉄鋼・金属・化学産業向けの行動計画を策定し、移行を支援。
      • 自動車産業と交通の未来
         2035年の気候中立目標達成に向け、EVインフラの整備、e-fuelの導入、規制の簡素化を推進。持続可能な交通投資計画により、高速鉄道や港湾整備を進める。
      • カーボンリーケージ対策と競争力維持
         炭素国境調整メカニズム(CBAM)の見直し、貿易防衛措置、クリーン技術投資を通じてEU製造業の国際競争力を維持。
      • サーキュラーエコノミーの活用
         2030年までにリマニュファクチャリング市場を310億から1,000億ユーロに成長させ、50万人の雇用を創出する。「サーキュラーエコノミー法案」により、リサイクル投資とエコデザイン要件を強化し、廃棄物削減を推進。

      3.過度な依存の低減と安全性の強化

      • 原材料、クリーンエネルギー、持続可能燃料の供給確保を目的とした「クリーン貿易・投資パートナーシップ」を推進する。

      • 公共調達ルールの見直しにより、重要技術・産業における「欧州優先権」を導入する。

      5つの横断的支援策:上述の 3つの重点分野を支えるため、以下の5つの施策が展開される。

      1.簡素化

      • 規制・行政手続きを大幅に削減し、企業の負担を軽減する。
      • サステナビリティ報告、デューデリジェンス、EUタクソノミーを簡素化する「オムニバス提案」を準備する。
      • 中堅・中小企業の事業展開を支援するために、企業の事業負担を25%、中小企業の事業負担を35%削減することを目指す。

          2.単一市場の障壁除去

          • 「横断的単一市場戦略」により市場ガバナンスを強化し、国内市場の障壁を撤廃する。
          • 標準化プロセスを迅速化し、中小企業やスタートアップの参入を容易にする。

          3.競争力向上のための資金調達

          • 「欧州貯蓄・投資連合」を創設し、投資の流動性を高める。
          • EU予算を見直し、資金調達プロセスを簡素化する。

          4.スキルと雇用の促進

          • 「スキル連合(Union of Skills)」の創設により、人材教育やリスキリングを強化する。
          • 労働市場と教育機関の連携を強化し、未来のスキルを育成する。

          5.政策のEU・各国間調整強化

          • 「競争力調整ツール」により、各国の施策とEU全体の目標の整合性を確保する。

          • 「競争力基金」を設立し、既存のEU資金を統合して効果的に活用する。

           EUはCompetitiveness Compassを導入することによって、「市場活性化により欧州企業が追加的に獲得できる資金: 4,700億ユーロ」、「制度の簡素化により欧州企業の負担軽減される資金: 375億ユーロ」、「2030年までにサーキュラーエコノミー分野において創出される新たな雇用: 50万人」の効果が得られると見込んでいる。[ii]様々な施策が検討されているが、そのほとんどは2025年内での施行が計画されている。既に脱炭素・サステナビリティの領域において世界を牽引しているEUであるが、今回のCompetitiveness Compassのように政策についてのPDCA(Plan、Do、Check、Action)を早急に運用できることが世界に影響を与える一因であると言えよう。
           日本の一部の環境・脱炭素政策においては、EUでの展開を横目に一歩遅れて展開が進められるものもある。一例として、サステナビリティ報告に関しては日本では2027年を目途にプライム市場の一部の企業を対象とした報告義務化の検討がなされているが、EUにおいては2024年からCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)の下、義務化の導入が開始されている。今回のCompetitiveness CompassはCSRDを簡素化していく方針が示されている。米国・トランプ新政権下における今後の環境・脱炭素政策の遷移についてもだが、良くも悪くも日本企業は海外の動向から学んで対処方針を決めることができる環境にあると考える。日本企業の方々には、常に海外における展開を把握していただくと有益な結果を得られると考えている。。弊社は皆様の一助となれるように継続的に情報を提供させていただく。

          引用

          [i] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_339

          [ii] https://commission.europa.eu/topics/eu-competitiveness_en