EUで着実に進む炭素除去認証とCCU市場創出への動き ~EUにおける炭素の再資源化へのアプローチ~

(文責:坂野 佑馬)

 EUは、欧州グリーンディール(2019)やFit for 55パッケージ(2021)を通じ、2030年までにGHG排出量の55%削減(1990年比)、2050年気候中立(全ての温室効果ガス(GHG)について正味の排出量をゼロとすること)を宣言している。注目すべきは、単なる排出抑制でなく「炭素を再資源化(Carbon as a Resource)」する産業転換の視点である。従来の化石資源依存型経済から、CO2を循環利用する「CCU(Carbon Capture and Utilization)」は、この転換を支える有力な一手と位置づけているのだ。

 本稿では、EUにおけるCCU技術の市場創出を睨んだ政策を紹介する。

  • 産業炭素管理戦略(Industrial Carbon Management Strategy)[i]の概要
     EUの産業炭素管理戦略とは2024年2月に発表されたもので、その中で示される方針は「① 炭素価格メカニズムの確立」、「② CCS/CCU技術のイノベーション支援」、「③ 信頼性ある炭素除去認証を通じた付加価値創出」の3点での構成されている。
     「① 炭素価格メカニズムの確立」では、EU-ETSの強化、CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism)の導入により、GHG排出によって課せられる炭素価格コストが国際水準で明瞭化され、EU域内産業の脱炭素化努力の促進に繋げることを目的としている。
     「② CCS/CCU技術のイノベーション支援」には、様々なインセンティブ制度を活用している。代表的なものとして、Horizon Europe[ii]やInnovation Fund[iii] があげられる。これらのR&D・実証支援により、CCU技術のスケールアップやコスト低減、インフラ整備を加速させることとしている。こうした総合的取組みが、化学、セメント、鉄鋼といった脱炭素化が難しいとされるセクターの脱炭素化推進に貢献し、EU産業の競争力とレジリエンスを高める狙いがある。
     Horizon EuropeはEU最大規模の研究・イノベーション資金プログラムとして、CCU技術に関する基礎研究や実証プロジェクトを幅広くサポートし、大学や研究機関、企業などが共同で技術開発を進められるよう助成金や協働プラットフォームを提供している。2021年から2027年の間に、総額950億ユーロの予算の投資が予定されている。
     一方、Innovation Fundは排出量取引制度(EU ETS)のオークション収益を原資とし、大規模な実証・商用化段階のCCUやCCS、再生可能エネルギー技術を対象に資金を拠出するのが特徴で、投資コストの高いプロジェクトでも事業化が着実に進展するよう支援している。両プログラムは研究段階から大規模実装までを一貫してカバーし、CCU技術の普及とEU産業の脱炭素化を加速させる狙いがある。
  • 炭素除去認証枠組み(Carbon Removal Certification Framework)[iv]の概要
     2024年11月にEU理事会によって承認された「炭素除去認証枠組み」は、上記EU産業炭素戦略における「③ 信頼性ある炭素除去認証を通じた付加価値創出」を担う政策である。同認証制度では、炭素除去を定義・測定・報告する共通ルールを構築し、高品質な炭素除去の透明性・信頼性・市場性を保証する仕組みである。森林・農地など自然ベースの手法から、BECCS(バイオエナジー由来CCS)、DACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage)、およびCCUで生成されるカーボンネガティブ素材のような工業的手法まで、広範な炭素除去オプションを横断的かつ統一的な評価基準で測定する。この認証が確立すれば、CO2を原料とする合成燃料・化学品・建材といったCCU製品は、生産過程で「正味で炭素を大気中から引き出す」プロセスであることの証明が可能となる。結果として、炭素除去クレジット市場やグリーン公共調達による優先購買などを通じ、事業におけるインセンティブが明確化し、CCU製品の差別化とプレミアム化が進むこととなる。
     この新しい認証枠組みには、以下の4つの基本要件が含まれることが提案されている。

    炭素除去認証枠組みにおける4つの基本要件

    「定量性」:ライフサイクルアセスメント(LCA)に基づいて科学的に炭素除去量を把握する必要があるという点が強調されている。プロジェクトによっては森林管理による吸収量の測定など比較的確立されている方法がある一方、新興技術については計測技術や試算方法を整備しなければならないため、現在詳細な検討が続いている。

    「追加性」:既に別の補助金で実施される活動や、法律上義務づけられた活動を単純に炭素除去の成果としてカウントすることを防ぐ狙いがある。

    「長期貯留」:炭素除去が一時的ではなく長期的に維持されることが求められる。林業プロジェクトであれば伐採のリスク、土壌を利用するプロジェクトであれば地力の変化など、何らかの理由で蓄えた炭素が将来的に大気中へ戻ってしまうリスクを適切に管理する必要がある。

    「持続可能性」:炭素除去プロジェクトが生物多様性や水資源などの他の持続可能性の要素を尊重しているかを考慮することが挙げられ、たとえば森林伐採による生態系破壊を起こしてしまうような方法は評価されないように基準を定める方向である。

 CCU市場の実現には多くの課題が横たわる。CCUのLCAは複雑で、投入エネルギーや副生物質の温室効果の評価、貯留期間や境界条件定義などの技術的・制度的調整が不可欠だ。加えてコスト面、スケール展開、国際的な合意形成には時間を要する。それでもEUは、規制整備・財政支援・標準化を重層的に行い、「CO2を負担ではなく資源として捉える」思考転換を市場に浸透させていくであろう。
 炭素除去認証枠組みによってCCU由来製品に確かな環境価値が付与されれば、EUはカーボンリサイクルを活用した新たな産業構造を確立することとなる。これは従来の化石燃料資源依存を断ち切る大きな一歩であり、市場のゲームチェンジであり、世界各国に追随を促す国際的なイノベーションとなり得る。最終的には、炭素除去と循環利用を政策と市場が一体で推進する「EUモデル」が、グローバルな気候行動の新たな基準として確立される可能性が高いと考える。EUの動向は引き続き注視していく必要がありそうである。

引用

[i] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_24_586

[ii] https://research-and-innovation.ec.europa.eu/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en

[iii] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-funding-climate-action/innovation-fund_en

[iv] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_885