ドイツ連邦環境庁は、企業への義務付けを前提としたEMS(環境マネジメントシステム)の開発を提案している。
~環境先進国ドイツが開発するEMSが企業の「サステナブル経営」を支援する。しかし、その実現性及び有用性には疑問が残る。~
(文責:河北浩一郎)
EMS (Environment Management System:環境マネジメントシステム)とは、「自らが行う活動の中で、環境に与える影響を的確に把握し、環境目的及び目標を定め、環境改善に取り組み、更に、定期的な見直しにより、継続的な改善を行う仕組み」のことである。読者の多くは、当然にご承知であろうが、代表的なEMSとしては、国際標準規格であるISO14001や、環境省が定めた日本独自の認証規格であるエコアクション21が挙げられる。
本稿では日本とドイツのEMSの現状の違いを示したい。先ずは、日本国内におけるEMSの現状を紹介する。下図は、ISO14001及びエコアクション21の認証取得企業数の推移を示している。
【日本のISO14001 認証件数の推移】
出典;“公益財団法人日本適合性認定協会”より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成
【エコアクション21認証取得企業数の推移】
出典:“一般財団法人持続性推進機構”
上図より、ISO14001及びエコアクション21の両者とも、2000年代初頭から取得企業数は右肩上がりに上昇し、横ばいを続けた後、最近は減少傾向にあることが分かる。多くの企業は、EMSの取組当初における省エネルギー化や省資源化に伴うコスト削減効果を実感する。しかし、いわゆる「紙ごみ電気」の削減活動による環境負荷低減は、数年を経過するとその成果が頭打ちとなってしまう。結果、負担感ばかりが増し、認証を返上する。このことも、EMS取得企業数の減少の要因の一つとして挙げられる。
しかし、一方で、EMSの取組を「紙ごみ電気」の削減のみではなく、CSR(企業の社会的責任)などの分野へ幅を拡げ、新たな環境価値を創造することに主眼を置いた運用を実践している企業も存在する。いずれにしろ、返上する企業の多くは、社会的信用及びイメージの向上等に代表されるEMSの「表面的」なメリットと、業務負担の増加や形骸化と言ったデメリットとを天秤にかけて、認証取得の是非を判断しているのが現状ではないだろうか。
さて、ドイツへ目を向けてみる。下図が、ドイツにおけるISO14001の認証件数の経年変化である。
【ドイツにおけるISO14001認証数の推移】
出典:“ISO SURVEY 2020”より、B.A.U.M. Consult Japanにて作成
※:ISOによると、2018年より調査集計方法が変更された為、2018年以降とそれ以前の単純比較は出来ない、との事。
ドイツにおけるISO14001の認証件数は日本と異なり、右肩上がりの上昇を続けている。
次に、同国のEMAS(Eco-Management Audit Scheme:環境管理監査スキーム)の現状について紹介する。EMASは、定期的な環境声明の外部報告や環境管理プロセスの計画及び管理について、ISO14001よりも厳格に定められており、ISO14001の制定以前に欧州委員会が開発したEMSである。
下図は、ドイツ国内のEMAS認証事業所数である。尚、図中右に赤で示したグラフは、政府が2021年に公表した「持続可能な開発戦略2021※1」で掲げている目標値であり、その目標は、2030年までに、EMAS取得企業を5,000社まで伸ばすというものである。
【ドイツ国内のEMAS認証事業所数】
出典:“Umwelt Bundesamt(連邦環境庁)”より、B.A.U.M. Consult Japanにて追記
連邦環境庁(以下、BMU)は、企業が資源の効率的利用とGHG排出量及び環境汚染の削減に対して重要な役割を担うとしており、企業における持続可能な事業活動こそが政策推進の一助になると捉えている。従い、企業のEMS導入が不可欠として国内へのEMSの導入拡大を目標として掲げている。中でも、EMASについては、主に中小企業の取得を支援する為に、連邦政府並びに州政府レベル(バーデン=ヴュルテンベルク州、バイエルン州等全8州)が資金調達プログラム※2を準備している。
EMSに関しては更に政策を推進している。上述の「持続可能な開発戦略2021」に続き、2022年5月、BMUはEMSを国内へ広く拡大する為の施策※2を公表した。この施策の内容は、法的に企業への導入を義務付けるEMSを開発し、社会へ実装することである。
BMUは、新たなEMS開発におけるコンセプトとして、以下の4点を挙げている。
- 多くのドイツ企業への適用が可能である事
- 環境と企業、双方に明確なメリットをもたらすものである事
- 既存の環境及びエネルギー関連法制へ適合させる事
- 既に確立されているEMS(EMASやISO)への接続が可能である事。
以下に、BMUが提案するEMSの概要を纏める。企業規模や産業別に3つのカテゴリに分け、それぞれに即した要件レベルを設定している。尚、従業員数が10名未満の零細企業は対象外である。
【BMUが提案するEMSの概要】
カテゴリ1 | カテゴリ2 | カテゴリ3 | |
目標 | 環境、気候、資源保護に資する自主的な取組に対する意識の向上 | カテゴリ1の目標 + 環境パフォーマンスの継続的な改善プロセスの確立 | カテゴリ2の目標 + 環境リスク低減と法令遵守のためのプロセス確立 |
対象企業 | 第三次産業に属する中小企業(従業員数:10~249人) | 第三次産業に属する企業(従業員数:250人以上) 製造業に属する中小企業(従業員数:10~249人) | 製造業に属する企業(従業員数:250人以上) 特定の環境法要件の対象となる事業所 |
企業数 | 約246,000社 | 約100,000社 | 約20,000~80,000社 |
要件レベル | 低程度 ・システムは不要 | 中程度 ・シンプルなマネジメントシステムの導入 | 中・高程度 ・環境上の義務、緊急時対応、リスクマネジメントの確立及びその遵守を確実にするマネジメントシステムの導入 |
監査事項 | ・予防的環境保護に対するコミットメントの表明 ・「環境ポテンシャル分析報告書」の作成(省エネ・省資源に資する対策案の特定) | ・カテゴリ1と同様 ・関連する環境側面の分析と評価 ・環境パフォーマンスの測定と評価 ・基本的な「拡張環境ポテンシャル分析報告書」の作成(内部及び外部の有資格者により作成される、環境マネジメントの状況と活動に関する報告書) | ・カテゴリ2と同様 ・環境関連法規への法的要件の決定 ・法令遵守の為のプロセス確立 ・上級レベルの「拡張環境ポテンシャル分析報告書」の作成 |
監査 | 4年ごと | 同左 | 同左 |
制裁 | 行政違反 最大50,000ユーロの罰金 | 同左 | 同左 |
導入コスト | 年間11,250ユーロ | 年間35,522ユーロ | 年間40,977ユーロ |
維持コスト | 年間11,634ユーロ | 年間17,634ユーロ | 年間30,808ユーロ |
出典:“Optionen für eine flächendeckende Implementierung von Umweltmanagementsystemen(BMU)”よりB.A.U.M. Consult Japanにて作成
カテゴリ1では、環境との関連が低いとされる第三次産業をターゲットとしており、EMSの導入により、企業に環境保護活動の必要性を気づかせ、自主的な行動を始める契機とすることを目的としている。一方、上級レベルとされるカテゴリ3は、EMSとコンプライアンス管理までが要求される。つまり、カテゴリを企業規模及び産業別に分けることで、企業への幅広い適用が可能なシステムとなっている。しかし、一方で、導入を義務付けられる企業にとって、そのコストは無視できない。
BMUは、導入及び維持に関するコストについては試算しているが、パイロット期間が限定的であったため費用対効果は算出できなかったとしている。当然ながら、BMUも特に中小企業がEMSを導入する際には、集中的な支援が必要であることを認識しており、政府による資金調達プログラムの活用や州政府の補助金活用の可能性があることを示している。
またBMUは、法的根拠についても言及している。そもそも、EMSの義務付けは企業の基本的権利(財産権:営利事業に対する権利)の侵害に相当する可能性がある。この点について、BMUは、ドイツ基本法並びに環境関連法制の枠組みの中において実現可能であるとしつつも、慎重な議論が必要であるとしている。
今回BMUが公表した施策は、現時点においてはコンセプトの域を脱しないものである。しかし、BMUはこの施策の実現可能性に言及しており、政府も気候保護目標達成にはEMSの普及拡大が必要不可欠だとしている。従い、新たなEMS開発が進んでいくと予想される。しかし、国内へ普及拡大させる為に「法的に義務付けを課す」ことを掲げている事については、若干の違和を感じざるを得ない。そもそも環境マネジメントシステムは「自主的」な取組であり、自主的な取組により生まれる成果の実感が更なる活動と改善に繋がり、新たな成果を生んでいく。このサイクルは、「自主的」な活動を通して確立されるものであり、そこに「義務感」が挟まれることが「自主性」を損なうことに繋がらないかを危惧するのである。
冒頭紹介したように、日本においてEMSは頭打ちとなっている。一方で、環境先進国と呼ばれるドイツが気候保護目標の達成に貢献するとして、企業の持続可能な経営を支援するためのEMSを新たに開発し、普及拡大させる方針を示している。しかし、現時点では、既存のEMSとの違い、例えば持続可能な経営に資する要件等の詳細は、不明である。いずれにしろ、今後日本において企業は「サステナブル経営」が求められることになるだろう。ドイツが開発する新たなEMSが、日本において有用なツールになり得るのか、そもそもドイツ政府の思惑通りに進むのか。企業の「サステナブル経営」支援をコンサルティングメニューの一つとして有する弊社として、ドイツの取組に期待しつつも、冷静な判断を下すにはもう暫く時間を要する。
※2:https://www.emas.de/foerderung
※3:https://www.umweltbundesamt.de/en/publikationen/optionen-fuer-eine-flaechendeckende-implementierung