ネイチャーポジティブツーリズムの浸透はオーバーツーリズムの克服にある

(文責:青野 雅和)

 「オーバーツーリズム」の問題が日本各地で叫ばれているが、その問題は混雑と地域コミュニティへの弊害に収斂し、前者の根源は交通網における過負荷、後者は観光客のマナーであり、更に対応するべき主体は誰かというと、前者は政府・自治体・観光業界であり、後者も政府・自治体・観光業界である。

 「オーバーツーリズム」への対処はパッシブな対応が多いのではと推察している。住民から自治体・政府に対し具申があったことで動くことが多い、鎌倉の踏切、富士山への入山、京都の交通渋滞、白川郷でのごみのポイ捨てなど、枚挙に暇がない。

ネイチャーポジティブツーリズムを実践する前にオーバーツーリズム対策が必要

 オーバーツーリズムが引き起こす自然環境への影響は多々ある。ゴミのポイ捨てや不法投棄による景観の悪化、水質汚染、動植物の生息環境の悪化が引き起こす生態系のバランスの悪化、そして生物多様性の損失につながることもある。加えて、自然環境に立地する歴史的建造物や遺跡にも損傷を与えることもある。京都の竹林への落書きは神社仏閣への落書きと同じ思考にある。一方、金銭・利益優先の事業者が地域の文化的・精神的価値の希薄させることを主導する場合もある。江の島に通じる駅からの参道(洲鼻通り)や鎌倉の小町通りは海や鎌倉の古都の特色を失っているように思える。

 こうした問題は、一度失われると回復が難しく、金太郎飴のように特色が収斂し、観光地本来の魅力を長期的に損なうことに繋がっている。景観に即した建築規制を取り入れるように、地域の特色に沿った出店規制を取り入れることも考えていく必要があるのかもしれない。イタリアのアマルフィ海岸は世界遺産 であり、景観保護のため新規の店舗出店や既存の看板、建物外観には非常に厳しい規制が存在する。

 スペインのバルセロナやイタリアのヴェネツィアでは、住民たちがオーバーツーリズムが「侵略」であると抗議し、政府に対して対策を求めるデモも発生している。バルセロナでは観光客に人々が水鉄砲を向けたことを覚えている読者もいるだろう。

 オーバーツーリズムの根源は旅行する人数の問題かも知れない。交通渋滞の解消は道路を拡幅するか、電車を増便するか、電車の車両連結を増やすかなどインフラの問題となるが、投資は恒常的なリターンが無いと難しい。パンデミックなどが生じれば忽ち観光客は居なくなる。では、人数を解消するにはどうしたら良いのであろうか。

制限を行うことで人の流入を制限するしかない状況となる

 コロナウィルスのパンデミックの前には民泊が日本でも流行した。また、ホステルが増え、安い価格で宿泊できるインフラが整った。またLCCの台頭で国際間移動も安い状態が継続している。日本の場合は、コロナウィルスのパンデミックが終了した時点から2022年の春ごろからウクライナ情勢やアメリカの金利上昇を受け、110円台から急速に160円台へ突入した。2023年の1月には「春から「5類」に移行し 行動制限なしの平常対応に なる」との情報が出て、移動に対する制限も緩和されていった。日本の場合は円安がタイミング良くインバウンドの契機となっていたと分析する。

 つまり「移動制限」がインバウンドに大きく寄与することを示している。観光地域の受け入れ負荷を超える「人数」がどの程度なのか、また、その基準となる「人数」を超えないために「移動制限」を何に対し、制限するのかを決めることが必要となっているのかも知れない。

 前述の富士山では入山料を徴収しているが、山梨県側の入山では人数制限を実施しており、1日4,000人を超えると通行不可となりゲートを閉鎖している。

 欧州では、イタリアのパルマやスペインのバルセロナではクルーズ船の寄港を制限して、観光客が増えないようにしている。また、集合住宅を短期レンタルアパートや民泊に使うことを禁止する自治体も出てきている。日本では、マンション管理規約等において、「住宅宿泊事業の可否」、「特区民泊の可否」について明確化することで、禁止することが可能である。既にそのような取り決めを実施している集合住宅も多いだろう。

 観光地に高い料金を課すことで、人数を制限することは可能であるが、そのうち、マナーや文化、伝統を尊重する旅行者のみに制限したいと思う地域も増えてくるであろう。日本が既にそのような意識となっていると思うが、欧州も同様な状況だ。旅行者と移住者に求める意識は同じなのであろう。

ネイチャーポジティブツーリズムは欧州の観光業の意識の変化に起因しているのでは

 ここで改めて主張する必要は無いのかも知れないが、我々日本人が欧州の動きを見る際に、「欧州は環境先進国」という環境政策を通じて論じてしまう傾向にあるかもしれない。なので、欧州の各国で主導されているサステナブル政策やその結果醸成される意識が観光業に伝わっていると思いがちである。観光協会等のHPでもサステナブルツーリズムが重要だと記載されているのでそのように捉えてしまう。ネイチャーポジティブツーリズムもサステナブルツーリズムの亜流のような紹介がされていることも多い。

 しかし実際は上述のようなオーバーツーリズムによる環境負荷や地域社会の不満が直接の原因(背景)となっており、その不満を解消すべくネイチャーポジティブツーリズムを推奨している状況であると推察する。地域の不満の解消策であり、観光業界側で意識を変革しないと観光業に不満が飛び火し、成り立たなくならないのである。

 弊社も1984年からサステナブル経営をドイツの企業に根付かせることを目標として設立されているが、欧州では「サステナブル経営が企業経営に必要である」ことに気付いたから実践しているのであり、欧州の観光業でもサステナブルツーリズムやネイチャーポジティブツーリズムの必要性に気付いたから実践しているだけなのである。なので、日本でネイチャーポジティブツーリズムが浸透するかは今後の状況に依存するのであるが、日本の観光業界の方々はその必要性を感じているのであろうか。

日本では気候変動適応に適した観光業の意識変化を実践すべきかもしれない

 昨年の夏のスペインやギリシャのニュースを覚えているだろうか。スペインでは2023年から猛暑の影響を受け、2025年にはオリーブの生産が猛暑で減少し、深刻な水不足で客足が減り、営業を見合わせるホテルも発生した。日本でもオリーブオイルが高騰する影響を受けている。また、フランスのパリでは猛暑と熱波でエッフェル塔への観光客の入場を禁止した。こうした気候変動が観光業に影響を受けたこともネイチャーポジティブツーリズムに傾倒している理由であろう。

 では、日本では同様な影響があるのであろうか。わかりやすいのは雪不足によるスキー場営業短縮、桜の開花時期変動だ。猛暑を避ける「クールケーション(避暑旅行)」も人気となっている。高温の影響は観光地の植物に影響を与える。例えば、高山植物の影響を受けて、景観が変化するなどの影響がある地域もある。日光に生息するニッコウキスゲは高温により開花時期に変化が起きている。

 観光業を生業とする方々は、気候変動の変動によって、観光地への集客が維持できるのかを分析する必要がある。気候変動はもはや地域だけで解決できない問題となっているからである。また、展開する観光が自然や農業に依存している場合には、その景色が維持できるかどうかを検討する必要がある。また、もう一歩踏み出して欧州のように、観光協会や地場の観光業の方々が気候変動適応に取り組むことも必要であろう。観光業にとっての資源は景観を織りなす自然であるからだ。漁業は魚を捕食・養殖する、農業は植物を育てる。観光業はどう行動していくのだろうか?

 観光業はインバウンドを仕組み、誘客活動によって利益を生み出しているが、結果的に観光地を破壊しているともいえる。観光資源の損失が増加しないよう、観光業の方々が取り組めるべき点も多い。

 気候変動の影響を食い止める取り組み、もしくは維持する取り組みを展開している自治体や地域も存在する。その取り組みをネイチャーポジティブツアーとして展開できる可能性を追求することも重要である。季節観光資源の変化をどう活かすのか、もしくは活かせるのか。観光業を推進し、それを歓迎する自治体や地域はオーバーツーリズムの弊害を予測しながら受け入れ態勢を図る状況にあるわけだが、これに新たな要素として気候変動がリスクとして加わっているのである。こちらに関しては、観光業の方々は、未だ主体的意識が少ないのかもしれないが、既に対策を打っていく状況にあると気付くべきであろう。