インドはCCUS技術の研究開発ロードマップを公表 ~11.4 GtCO₂e のCO₂ 除去に必要なCCUS技術を社会実装へ~

(文責: 坂野 佑馬)
2025年12月2日、インド政府科学技術省(DST;Department of Science &Technology)は「The R&D Roadmap to Enable India’s Net Zero Targets through Carbon Capture, Utilization and Storage (CCUS)」を発表した。[i]同ロードマップには、インドにおけるCCUS技術の研究開発(R&D)について詳細な目標が明記されている。本稿では、同ロードマップの内容を簡単に紹介させていただく。
インド国内における脱炭素化及びCCUS技術活用の意義
本題に入る前に、インド国内における脱炭素化及びCCUS技術活用の意義に関して簡単に説明する。
インドは、2070年までのネットゼロ達成(全てのGHGについて排出量を実質ゼロの状態とすること)をCOP26で公約した。インドのエネルギー需要は今後数十年にわたり増大し続けると予測されており、経済成長と脱炭素化の両立に、再生可能エネルギーの導入拡大だけでは不十分である。特に、「GHG排出量の削減が困難な(Hard-to-Abate)」産業部門である電力セクターや、鉄鋼、セメント、化学、肥料などを対象にCCUSの導入が不可欠とされている。
Mckinseyは独自にインドの脱炭素化の現状と展望に関するレポート「Decarbonising India: Charting a pathway for sustainable growth」[ii]を公表している。同レポートは上述のロードマップの中でも参照されているものであり、インド政府としてもロードマップ策定の基礎となるデータとして位置付けていることが伺える。同レポートによれば、インドの脱炭素化においては2つの大きな課題が示されている。
- 2070年までに、産業部門(鉄鋼、セメント、製油所、化学)からCCUSによって累計約11.4 GtCO₂eを回収することが不可欠である。
- 政府が既に掲げている目標や公約が達成されると仮定したシナリオでは、2070年時点で年間1.4〜1.9 GtCO₂eの残留排出(脱炭素化を推進しても削減しきれないGHG排出量)が発生する。
現状、CCUS技術の成熟度が不十分であるため、CCUSによって削減できるCO₂排出量はごくわずかである。また、CCUS技術は、バリューチェーン全体で考えたときに法外なコストが必要となることも大きな課題となっている。CCSの総コストのうち、回収コストが80%と大部分を占め、輸送が12%、貯留が8%となっている。他方、CCUの場合は、主にCO₂回収コストとグリーン水素のコストが大部分を占めることとなる。CO₂をカーボンリサイクルで付加価値のある製品に変換するには、一貫して水素の使用が必要となる。現状の技術レベルおよびコストの事由から、累計約11.4 GtCO₂eのCO₂ 回収を達成するのがいかに困難なのかが伺える。この今と未来のギャップを埋めるために、CCUS技術の研究開発が必要不可欠となる。
インドのCCUS技術R&Dロードマップにおける3つの戦略に関して
さて、ここかからは、インドのCCUS技術研究開発ロードマップに関して紹介する。
同ロードマップ内では、インドがネットゼロ目標を達成するためには、国家と経済における以下の3つの側面を考慮する必要があると示されている。「(1) インド全体の成長戦略」、「(2) ライフサイクル全体を通じたGHG排出量の削減が困難な産業の特性」、そして 「(3) エネルギー安全保障のための石炭への依存」である。これらを踏まえ、ネットゼロ達成のためCCUS技術の研究開発戦略の一環として、3つの独立した戦略が開発されている。下記に各戦略の概要を整理し、表1には計画されている資金援助額を整理した。
戦略 1:「End-Of-Pipe (EOP)」
インドの現在の経済(4兆ドル規模)は、石炭依存度の高い重工業プラントに支えられている。これら既存プラントは今後20〜40年の残存寿命があるため、「今ある煙突に後付けできる技術」が不可欠となる。
【対象:既存のプラント】
- 概要: 既存の工場や発電所の「煙突の出口(末端)」に、後付けでCO₂回収装置を設置する手法である。
- 課題: 現在の回収技術(アミン吸収法など)は大量のエネルギーを消費する。例えばセメント工場では、回収のために石炭を燃やしてエネルギーを補うと、クリンカー1トンあたり約3360 MJの膨大なエネルギーが必要となり、かえって排出量が増えてしまうリスクがある。
- R&Dの焦点: 溶媒の改良や熱回収の徹底、AIを活用した最適化により、回収に必要なエネルギーを現在の3分の1(1.5 kWh → 0.5 kWh)まで低減することを目指す。
戦略 2:「CCUS Compliant Design (CCD)」
【対象:これから建設される新設プラント】
- 概要: プラントの設計段階からCCUS技術を組み込む手法である。
- 特徴: 煙突の出口で空気に薄められる前の、「高濃度・高圧」な上流工程からCO₂を抜き出す。これにより、回収装置の小型化とコスト削減(CAPEX/OPEXの低減)が可能になる。
- R&Dの焦点: 高温(130〜250℃)でもCO₂を吸着できる特殊な材料であるMOFs(ZnH–MFU-4lなど)の開発や、工場の排熱だけでCO₂回収装置を動かす「エネルギー消費実質ゼロ」の実現を狙う。
戦略 3:「CCUS in One Pot (COP)」
【対象:次世代の革新的製造プラント】
- 概要: 「CO2の回収」と「有用物質への転換」を、別々の工程ではなく1つのプロセスで同時に行う超長期的な戦略である。
- 特徴: 従来の「回収→分離→輸送→転換」という複雑な工程を簡略化する。例えば、化石燃料を熱分解して水素(燃料)と固形炭素(資源)に分けたり、光・バイオ・電気触媒を用いてCO2を直接化学品に変換したりする。
- R&Dの焦点: 再生可能エネルギーを直接利用し、エネルギー損失を最小限に抑えながらCO2を付加価値の高い製品(グリーン燃料や化学原料)へ変換する技術の確立を目指す。
表1. インドのCCUS技術のR&Dロードマップにて予定される資金援助額一覧
(1ルピー = 約1.74 円;2026年1月現在)
| No | 投資先 | 実証プラントCAPEX | 実証プラントOpex | 研究開発費 |
| 投資額(億ルピー) | ||||
| 1. | EOP in CCU | 525 | 1,000 | 500 |
| 2. | CCD CCU | 300 | 700 | 500 |
| 3. | COP in CCU | - | - | 1,000 |
出所: インド「DST’sR&D Roadmap to Enable India’sNet Zero Goals through Carbon Capture, Utilization, and Storage(CCUS)」よりBC作成
インドの同ロードマップは、単なる排出削減の計画ではなく、30兆ドル経済へと至るための産業再定義の設計図である。R&Dへの集中投資を通じて成長と排出の分離という難題を突破できるかどうかが、次世代インドの国際競争力を左右するだろう。インドには、CCUS技術のゲームチェンジャーとなってくれることを期待したい。
引用
[i] https://dst.gov.in/R%26D-Roadmap-to-enable-India%27s-Net-Zero-Targets-through-Carbon-Capture-Utilization-and-Storage-%28CCUS%29-launched
[ii] https://www.mckinsey.com/capabilities/sustainability/our-insights/decarbonising-india-charting-a-pathway-for-sustainable-growth
