①EUDR延期②米国関税③自動車EV規制への反旗によりドイツのHVO需給は増加する
(文責: 青野 雅和)
弊社ではHVOの市場展開に関して、ドイツやスウェーデン、オランダ、英国、米国、インドネシアでの展開に関して、紹介してきた。本稿ではドイツにおけるHVOの推進状況に関して2024年のデータを通して以下に紹介する。
再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive III)のドイツ国内批准が延期
再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive III :REDⅢ)において、HVO(Hydrotreated Vegetable Oil:水素化処理植物油)は輸送用燃料や産業部門における再生可能エネルギー源として取り扱われている。特に、GHG排出量削減の観点から注目されており、石油由来のディーゼル燃料を代替することが可能であり、需要が伸びている。
EUにおける再生可能エネルギー指令(RED III)は、2025年5月21日までにEU各国での国内法の法令化を義務付けていたが、デンマーク(10月現在)を除いて、多くの国で検討段階である。ドイツにおける批准状況は、弊社の6月30日のレポート[i]では2025年5月21日までに批准される見込みと報告していたが、現時点では残念ながら延期されている。中国からの偽装バイオ燃料の大量輸入によって引き起こされた市場混乱が深刻化していると複数の記事で伝えられている。確かな情報筋に頼ると、ドイツバイオ燃料産業協会(VDB:Verband der Deutschen Biokraftstoffindustrie[ii])が、再生可能エネルギー団体と運輸部門の企業の幅広い連合が2026年の1月1日に発効するよう求めていると伝えている。
前述の延期の影響について詳細に説明したい。HVOの原料となる植物油の産出源が問題となっているのである。EUでは2024年12月から「EU森林破壊防止規制(EU Deforestation Regulation :EUDR)」を適用すると公表しており、森林破壊リスクのあるパーム油やその加工製品のEUへの輸入・販売が原則として禁止する立場を表明している。パームヤシの栽培と引き換えに地域の森林の伐採が行われており、森林破壊に繋がることを防ぐための措置である。そして、EUDR発効後は、輸入業者に森林破壊に加担していないことを証明する「森林破壊防止のデューデリジェンス」を義務付けるのであるが、ドイツに輸入されているパーム油の原産地証明が偽装されている懸念なのである。もう少し詳細に説明すると、インドネシア及びマレーシアの森林破壊を懸念される地域のパーム油が中国に渡り、中国でHVOとして製造され、ドイツに輸入されているのではとの疑念が晴れないのである。こうした疑念が払拭できないと、ドイツ政府は、パーム油を原料とするバイオ燃料の輸入を、2030年までに段階的に廃止するかもしれない。
しかし、現時点ではEUDRは2024年12月30日に適用開始される予定を覆し、EU議会と理事会は最近、企業と当局に施行に向けた準備のための時間を与えるため、適用を1年延期するという欧州委員会の提案に同意しており、発効はされていない。なお、EUDRが採択されると、この規制は大規模な事業者や貿易業者に対しては2025年12月30日から拘束力を持つようになり、中小の企業は2026年6月30日からこれを適用されていく。従い、HVOやSAFは原材料の安定確保や生産コストに影響を受ける恐れがある。
ドイツのHVOの需給は増加の傾向にある
EUにおいてはドイツが最もバイオディーセルの消費が多く、また、ドイツは欧州最大のバイオディーゼル生産国で欧州の約2割強を占める(表1参照)。VDBのデータによると、2024 年には合計約 360 万トンのバイオディーゼルが生産され、その半分以上が菜種を原料としていた。
表1 EUにおけるバイオディーゼルの生産量(HVO含む)単位:千トン

出典:S&P Global Commodity Insights、2025年5月からBCJ作成
しかしながら、現時点でドイツではHVOは実は生産されておらず、EU諸国からの輸入に頼っている現状である(図2参照)。オランダへの輸出と輸入が最も多い。米国への輸出も見受けられる。輸入国としてマレーシアが表記されているが、EUDRの発効により、影響を受ける可能性が否めない。
図2 ドイツのバイオディーゼルの輸出入国

出典:ドイツ連邦統計局:DESTATIS
EUDRを巡る状況は改善しつつある
マレーシア由来のパーム油の輸入は次第に認められる傾向に移りつつある。2025年5月、欧州委員会はEUDRベンチマーク制度に基づき、マレーシアを「標準リスク」国に分類した。これは、マレーシア産パーム油の出荷量の3%がEU税関当局による無作為検査の対象となることを意味している。続いて、2025年9月にEUはマレーシアの国家持続可能性認証制度である「マレーシアの持続可能なパーム油(the Malaysian Sustainable Palm Oil :MSPO)」を、EUDRへの準拠を促進する信頼できる基準として正式に承認した。ただし、MSPO認証はEUDRに基づく特定のデューデリジェンス要件に代わるものではないことから、ドイツ政府はマレーシアからパーム油を輸入するドイツの事業者は、2025年12月30日以降、必要なデューデリジェンスを実施し、EUのTRACES情報システム(TRACES information system[iii])を通じて各出荷事にデューデリジェンス・ステートメント(DDS:Due Diligence Statement)の提出を求めている。
ドイツでもHVOの生産が開始へ
エネルギー情報提供大手のArgus[iv]の推定では、現在ドイツのガソリンスタンドの約2%がHVOを提供しており、さらに増加が見込まれると推定している。大規模消費者が7%のHVO混合燃料である「B7」ディーゼルからの切り替えを検討していることから、HVO100の需要が着実に増加する見込だという。ドイツでは、2024年5月下旬にガソリンスタンドでのHVO無制限販売を許可したことを受け、HVOの需要が増えている。
2024年6月、ハンブルクのHOLBORN(ホルボーン製油所)[v]で国内初の独立型HVO生産への大規模投資が発表された。このプロジェクトでは、廃棄物や残留物、低炭素水素を使用して、年間約22万トンのグリーンディーゼル(HVO及びSAF)と持続可能な航空燃料(SAF)を生産する水素化プラントの開発を行う。稼働は2027年の予定で、毎時約4万リットルの生産能力で年間の生産能力では約22万トンのグリーンディーゼルに相当し、ドイツと欧州で増加しているガソリンスタンドで給油される。これにより、運輸部門で約80万トンのCO2削減が可能になると目論んでいる。
前述のREDⅢの来年の施行及びドイツ国内でのHVOの供給インフラの増加を受けて、ドイツではHVOの需給が増加していくと推察する。
図3 ハンブルクのホルボーン・欧州製油所

出典:HOLBORN Europa Raffinerie GmbH
米国の関税政策がドイツのHVO生産を加速させるのでは?
7月28日、EU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長がドナルド・トランプ米大統領率いる米国との間で関税協定が成立した。この協定により、ドイツは自動車産業等への高関税を回避するため、ドイツを含むEUはLNGを含む大量の米国産エネルギーを購入することに合意した。これにより米国はドイツへの主要なガス供給国となり、エネルギー安全保障上のメリットをもたらす一方で、化石燃料の段階的廃止というドイツの長期目標と矛盾する事態も生じている。これはドイツにおいて、化石燃料輸入の増加を伴う短期的なトレードオフを強いられた形となったことで、今まで以上に、急進的に脱炭素化を進めていく結果となっていると推察される。
一方、米国ではOne Big Beautiful Bill – OBBB[vi]にトランプ大統領が7月4日に署名した。この法案は、2034年までの一時的な包括的な再編と資金調達を規定し、防衛分野を含む社会と経済のほぼすべての分野に影響を及ぼす。バイオ燃料セクターに関してはこれまで以上に多くの資金が投入される予定である。米国では日本のように、作物の燃料化に関する問題定義「燃料か食糧か」という議論は行われていない代わりに、菜種やリシニル、エチオピアマスタード、アザミウマなどを中間作物として、原料作物の栽培を促進し、輪作システムを拡大するための現実的な選択肢が模索されている。また、製油所のグリーンリファイナリー化が推進されており、今後はSAFやグリーンエタノール、グリーンメタノール、合成燃料の台頭を睨み、米国では更にHVOの生産は増加するであろう。皮肉にも米国の関税政策に煽られ、ドイツではHVOの生産が加速していくと推察する。
参考に、図4としてEU及び米国のHVOの生産量と消費量を示す。2021年まではEUの生産量及び消費量が米国よりも多かったが、米国の生産と消費が2022年にはEUの2倍となり、2024年直近では各5倍となっている。米国はHVO製造量が世界トップとなっており、ドイツの輸入元となる準備が出来ていると推察できるのはなかろうか。
図4 EU および米国における HVO:生産量と消費量

出典:S&P Global Commodity Insights、2025年5
今後の動きはEV化規制に反旗を翻した自動車業界の動きに注目すべき
EU指令2023/2413(RED III)をドイツ国内法として運用することを目的としている、「温室効果ガス削減率改正法:Gesetz zur Änderung der THG-Minderungsquote」が、お冒頭の前述のように2026年の1月1日に施行することとなった場合、輸送部門での再エネの最終消費比率は29%を目指すこととなる。この措置において、次世代型バイオ燃料とRFNBOの合計で5.8%の割合を2030年までに達成し、そのうち1%は非生物由来の再生可能燃料(RFNBO: Renewable fuels of non-biological origin)とする必要がある。
ドイツの石油及びタンパク質作物の促進のための連合(UFOP[vii]:Union zur Förderung von Oel- und Proteinpflanzen e. V.)は、ドイツは純輸出量約 160 万トンのバイオディーゼルを輸出し、気候保護に大きな貢献を果たしたことから、この温室効果ガス削減率改正法の改正には、燃料戦略を併せて実施し、これらの輸出量を道路交通における国内の気候保護実績に算入できるようにする必要があると述べている。ドイツでは10月1日にEU非公式首脳会議の場で,欧州委員会に対して,35年までに内燃機関車の新車販売を禁止する方針を見直すよう迫った。こうした動きに呼応するようにグリーン燃料であるHVOの供給インフラも加速していくであろう。
引用
[i] https://baumconsult.co.jp/2025/06/30/eu%e5%90%84%e5%9b%bd%e3%81%ab%e5%85%88%e9%a7%86%e3%81%91%e3%80%81%e3%83%89%e3%82%a4%e3%83%84%e3%81%a7red%e2%85%b2%e3%81%ae%e5%9b%bd%e5%86%85%e6%b3%95%e5%8c%96%e3%82%92%e6%8e%a8%e9%80%b2%e3%81%b8/
[ii] https://biokraftstoffverband.de/verband/
[iii] https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/traces_en
[iv] https://www.argusmedia.com/ja/news-and-insights/market-opinion-and-analysis-blog/hvo-in-germany-beyond-the-hype
[v] https://www.holborn.de/en/press/holborn-awards-kt-a-usd-400-million-epc-contract-for-a-gdp-complex-to-produce-green-diesel-and-sustainable-aviation-fuels-in-germany
