豪州やドイツにおける長時間エネルギー貯蔵事業:LDESの展開

(文責: 青野 雅和)

 日本では、再生可能エネルギーの大量導入に必要な調整力確保を目的として、政府や自治体による補助金制度の拡充や市場整備が進んでおり、「系統用蓄電池市場」として展開され、メガソーラーのFIT事業のような活況を示している。長期脱炭素電源オークションがこれまで2回実施されたことに大きく起因するものである。落札結果を見ると、蓄電池案件が多い結果となっている。

 このような動きは世界でも展開されている。長時間エネルギー貯蔵(LDES: Long Duration Energy Storage)という事業である。ベルギーに拠点を置く、長時間エネルギー貯蔵 (LDES) 評議会[i]によれば、LDES: Long Duration Energy Storageの定義は、「エネルギーを貯蔵し、8時間から数日、数週間、あるいは数シーズンにわたる長期間にわたって電力、熱、または冷却として供給する技術である」と定義している。前述の日本にける長期脱炭素電源オークションの結果から日本の展開は電力主体の蓄電池事業である。

 LDESには、リチウムイオン電池などの「蓄電池」の他に、機械式・蓄熱式・化学式など多様な技術が含まれる。各技術は貯蔵できる時間の長さ、効率性、コスト、適用範囲などが異なる。主に電力供給を目指すプロジェクトが多いが、蓄熱に力点を置くプロジェクトも展開されている。
 日本の企業でも案件数は少ないが、数社で実証を展開している。数例を紹介すると、東芝エネルギーシステムズを中心とした複数の企業で、岩石に蓄熱する技術を環境省の実証案件として研究している。また、スタートアップであるESREE Energyはヒートポンプの原理を応用したエネルギー貯蔵手法であるPumped Thermal Electricity Storage (PTES)の開発を実施している。大手企業の三菱重工業はノルウェーのハイドロジェンプロ社と共同で水素製造から水素専焼ガスタービン実機実証による発電で水素製造・貯蔵・利用のワンストップでの化学式での展開を行っている。

 各技術の類型を図1に示す。

図1 長時間エネルギー貯蔵技術の類型

出典LDES Council Data

 上記の図を見ていただくと、電力→熱→化学の順により長期なエネルギー貯蔵となることが見て取れる。また、水素やアンモニアの製造は化学技術の一つとして分類されている。

 本稿では、LDESの豪州及びドイツの入札の概況と欧州における入札の動きとドイツにおける蓄電池以外のLDES技術に関して紹介する。

LDESに関する入札の展開

1.欧州の動き

 2025年8月に長時間エネルギー貯蔵 (LDES) 評議会は欧州委員会に産業用熱脱炭素化の入札における貯蔵の承認を求めた。これは、EUの2025 年イノベーション基金入札の契約条件草案に関する欧州委員会の協議に対して回答を提出したもので、以下の3点に関して提案している。

  • TESを産業の脱炭素化に効果的な解決策として明確に認識する
  • 実質的な脱炭素化、系統へのメリット、そして再現性を実現できる小規模プロジェクトに対応するため、最低基準を引き下げることを推奨する。
  • 柔軟性の中心的役割を認識し、グリッドの安定性をサポートするテクノロジーが適切に評価されるようにする。これらの改善により、2025 イノベーション ファンドは産業の脱炭素化を加速し、同時に欧州の競争力を高めることになる。

2.豪州の動き

①ニューサウスウェールズ州

 ニューサウスウェールズ州では2022年9月5日に入札を発表し、その後7回に渡る入札を展開している。入札業務はオーストラリア全土のエネルギーインフラへの投資をサポートするために入札配信およびアドバイザリーサービスの管理を政府かたら委託されているASL(旧AEMO Services[ii])が実施している。入札の概要を表1に示す。

表1 ニューサウスウェールズ州のLDESを含む入札の概要

入札回数入札の目的入札の締め切り日採択された 総容量
Generation and Long-Duration Storage Infrastructure発電および長期貯蔵インフラ2022年10月28日1,395MW
2Firming Infrastructureインフラの強化2023年5月21日930 MW
3Generation and Long-Duration Storage Infrastructure発電および長期貯蔵インフラ2023年8月 
4Generation Infrastructure発電インフラ2023年12月3日750MW
5South West Renewable Energy Zone Access Rights and Long Duration Storage LTESA南西部再生可能エネルギーゾーンのアクセス権と長期貯蔵LTESA2024年6月7日312MW
6Long Duration Storage LTESA長期貯蔵LTESA2025年6月10日1.03GW
7Firming Infrastructureインフラの強化2025年11月27日 

出典:入札結果からBCJ作成

 簡単であるが、各入札結果の特徴を示す。

 第1回目の入札では、長期エネルギーサービス契約は均等化発電原価や同等の差額契約よりも約40%低く、オーストラリア国内の同様の入札で最も低い価格帯となった。消費者向けの供給価格として風力については 5セント/kWh 以下 (2023 年実質)、太陽光については 3.5 セント/kWh 以下 (2023 年実質) の行使価格を確保している。

 第2回目の入札は、2時間持続型のBattery Energy Storage Systems (BESS) 2件、4時間持続型BESSプロジェクト1件、およびデマンドレスポンスプロジェクト3件であり、BESSはリチウムイオン電池の蓄電時事業となっている。

 第3回目の入札では先進圧縮空気エネルギー貯蔵システム(Advanced-compressed air energy storage system :A-CAES)やリチウムイオンBESSプロジェクトが採択され、8時間の連続放電容量を備えた結果となった。

 第4回目の入札では、均等化エネルギー原価(LEE)を大幅に下回った。

 第5回目の入札では、ACEN Phoenix社が展開する800MWの揚水発電(pumped hydro energy storage:PHES)が約 15 時間分の貯蔵システムとして採択されている。

 第6回目の入札結果は2025年12月に落札結果を発表することとなっている。

②南オーストラリア州の動き

 2025年10月8日に南オーストラリア州は、電力網の信頼性を高め、州の再生可能エネルギーへの移行を支援するために、最大700MWの長期エネルギー貯蔵(long-duration energy storage :LDES)容量を求める初の確定エネルギー信頼性メカニズム(Firm Energy Reliability Mechanism :FERM[iii])入札ラウンド[iv]を正式に開始した。

 この入札は、ピーク需要期間中に十分なディスパッチ可能な発電量を確保するように設計された南オーストラリア州の新しい容量メカニズムの初めての導入となる。入札[v]は、以下の3つの期間にわたり、700MWの発電容量を目標としている。また、ASLは、FERM契約の相手方となる金融ビークル(Financial Vehicle)を選任する必要があり、現在この手続きが進行している。図1に風力発電由来の電力を蓄電するプロジェクトを参考として示した。

  • 2028年1月11日までに400MW
  • 2029年1月11日までに200MW
  • 2031年1月11日までに100MW

 入札の詳細に関しては、2025 年 10 月 28 日火曜日、午後 1 時 30 分~午後 2 時 30 分 ACDT (午後 2 時~午後 3 時 AEDT) にASLがウェビナーを開催し、入札プロセスの説明、入札評価基準に関するガイダンスの提供、入札準備に関するガイダンスの提供、および質疑応答を行うとしている。関心のある方は、入札のガイドラインは文末脚注[vi]からアクセスいただきたい。

3.ドイツにおける入札への展開

 2025年10月現在、ドイツは熱エネルギー貯蔵(Thermal energy storage :TES)技術の開発と導入を積極的に進めており、これには岩塩洞窟を用いた商業規模の圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)プロジェクトや、塩空気電池および溶融塩システムの進歩が含まれる。 また、ドイツは今後の入札や産業の脱炭素化支援を通じて、長期エネルギー貯蔵(LDES)の枠組みを構築している。
 これは、「発電所安全法:Kraftwerkssicherheitsgesetz (KWSG)[vii]」の制定に基づき展開されようとしているもので、ドイツ連邦政府が12.5GWのクリーンエネルギー発電所と500MWのLDESを含む事業案件を実施することとなる。「発電所安全法」は連邦経済エネルギー省( BMWE )が、2024年9月に合意の実施に関する協議文書を公表し、「水素対応ガス火力発電所および長期電力貯蔵施設の新規入札」において、脱炭素化対策の一環として、合計7GWの水素対応のガス火力発電所の建設および転換を入札にかける方法を概説していた。
 その協議は9月11日の発表から6週間にわたって開始され、欧州委員会が計画の展開を承認し、ドイツ連邦政府が7月5日に合意に達したことを公表している[viii]。しかしながら、LDES入札は当初、2024年後半から2025年に行われる予定だったが、時期が1年延期されたとみられる。

ドイツのLDESの事例紹介(蓄電池以外)

1.ドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州メルドルフ市におけるPumped Thermal Electricity Storage熱エネルギー貯蔵事例の紹介

 ハンブルグの北東に位置する、メルドルフ市のシュタットベルケ(公営企業を指す呼び名)であるメルドルフ市のWIMeG Wärmeinfrastruktur Meldorf GmbH & Co. KG(WIMeG)は2018年に設立され、市内の地域暖房システムの建設と運営を行っている。
 Pumped Thermal Electricity Storageプロジェクトは、約55棟の住宅および商業ビルの個別暖房システムに代わる新たな地域暖房ネットワークである。個別暖房システムから地域暖房への切り替えにより、年間1,000トンの二酸化炭素排出量が削減されると推定されている。WIMeGは地域暖房ネットワークに加え、容量43,000 m³(オリンピックプール17個分に相当)のドイツ最大の蓄熱ピット式熱エネルギー貯蔵施設も建設中である。外観の様子は図2を参照されたい。

図2 Pumped Thermal Electricity Storage熱エネルギー貯蔵の外観

出典:https://www.ramboll.com/en-apac/projects/energy/germany-s-pit-thermal-energy-storage

 この設計はデンマークのRAMBOLL社が実施しているもので、ドイツでも最大規模のプロジェクトとなる。
 Pumped Thermal Electricity Storageは、夏季や熱需要が低い時期に最大1,500MWhの熱を貯蔵できるため、システムの柔軟性を高めます。貯蔵された熱は、需要が増加すると系統に再分配されるため、廃熱を最小限に抑え、高い供給安定性を確保するとのこと。

2.油圧式圧縮空気エネルギー貯蔵システムCompressed Air Energy Storage - CAES

イスラエルのAugwind Energy社が2021年に、イスラエル南部にパイロット規模のAirBatteryシステムを設置し、往復効率(RTE)21%を達成した技術をベースにしている(図3参照)。2024年初頭には、機器と処理能力をアップグレードしている。この技術をドイツに導入する予定。「AirBattery」はドイツの「ドゥンケルフラーテ(風力と太陽光発電の出力が長期間低下し、ヨーロッパの電力系統の安定性に影響を及ぼす現象)」に対処するために設計されており、ドイツには400 を超える岩塩洞窟からなる広大なネットワークを活用するとのこと。理論上の総貯蔵容量は330 TWhに達し、ドイツは拡張性の高い長期エネルギー貯蔵のリーダーとしての地位を確立していると同社のCEO、オル・ヨゲブ氏はカリフォルニア州に本社を置くCleanTechnica社のインタビューで2025年7月に語っている[ix]

図3 Augwind Energy社の油圧式圧縮空気エネルギー貯蔵システム概要

出典:https://www.aug-wind.com/

3.MAN Energy Solutions社の溶融塩エネルギー貯蔵ソリューションと太陽集中熱発電

 ドイツ西部ユーリッヒで、ドイツ航空宇宙センター(DLR)太陽研究所が高さ55メートルのソーラータワー2基を建設し、約2,000枚の鏡:受熱器が太陽放射を吸収し、太陽光エネルギーを熱に変換して再生可能エネルギーを溶融塩受熱器に熱を貯蔵するシステムを研究している[x](図4参照)。

 太陽光集熱器は、露天掘り炭鉱の残土を緑化して造られた、世界最大の人工丘に設置され、集熱された熱は溶融塩サイクルで最高600度まで蓄熱できるよう設計されている。まず、塩は冷蔵タンクからタワーの受熱器に移され、そこで太陽熱によって290℃から565℃の溶融塩に加熱される。その後、塩は高温蓄熱タンクに集められ、最大12~16時間保持される。電力が必要な場合は、日照の有無にかかわらず、溶融塩を蒸気発生器に送り、蒸気タービンを駆動することが可能となる。

 高温蓄熱の最大の利点は、曇りの日でも太陽光発電が可能なことである。

図4太陽光集熱器(上)と溶融塩サイクルのパイロット(下図)

出典:MAN Energy Solutions

 以上、本稿では、ささやかながら入札の動向とドイツの事例を紹介した。日本の地理的状況も影響し、蓄電池以外のLDESは日本では少ないが、日本の蓄熱技術は非常に高いレベルであることから、多様な展開ができるのではなかろうか。
 例えば、海洋を駆使した海洋温度差発電は既に実証化されている。また、浸透圧発電も研究されている。日本特有の地政学的条件として海洋を利用することもLDESの一技術として展開できる技術であろう。

引用

[i] https://ldescouncil.com/#:~:text=By%20working%20with%20members%2C%20partners,imbalance%20by%20burning%20fossil%20fuels.

[ii] https://www.aemo.com.au/

[iii] https://www.energymining.sa.gov.au/industry/firm-energy-reliability-mechanism-ferm#:~:text=The%20Firm%20Energy%20Reliability%20Mechanism,electricity%20supply%20for%20the%20state.

[iv] https://asl.org.au/news/media-release/251007-first-south-australia-firm-energy-reliability-mechanism-tender-to-open-in-october

[v] https://asl.org.au/tenders/SA-FERM-Tender-Round-1

[vi] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://asl.org.au/tenders/-/media/6C7ED061FB914FC8827C19116E6691FE.ashx

[vii] https://www.bundeswirtschaftsministerium.de/Redaktion/DE/Meldung/2024/20240911-kraftwerkssicherheitsgesetz.html

[viii] https://www.bundeswirtschaftsministerium.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2024/07/20240705-klimaneutrale-stromerzeugung-kraftwerkssicherheitsgesetz.html

[ix] https://cleantechnica.com/2025/07/01/augwind-energy-to-install-first-commercial-scale-airbattery-in-germany/

[x] https://www.man-es.com/discover/Put-a-little-salt-in-your-energy-mix