ドイツにおける海洋CDRの展開:6つの研究と海洋CO2除去方法の評価基準を作成 ~海洋空間への人為的介入に慎重な姿勢を示す~
(文責: 青野 雅和)
2025年8月21日、海洋二酸化炭素除去連合(The Marine Carbon Dioxide Removal Coalition:mCDR Coalition)が設立された。海洋二酸化炭素除去連合は、様々な経路と視点から海洋CDRに関する知識の共有と協力のためのプラットフォームを提供していくこととなる。海洋二酸化炭素除去連合の運営は、炭素管理を加速させるイノベーターによる世界的な連合体であるカーボン・ビジネス・カウンシル(The Carbon Business Council)と世界海洋評議会(World Ocean Council)の両団体が司る。
「カーボン・ビジネス・カウンシル」は、より豊かな地球環境の構築を目指して結束する、100社を超える主要な炭素管理企業で構成されている。後者の「世界海洋評議会」は、アメリカに拠点を置く、海洋に係る諸産業(海運、海洋エネルギー、水産、観光、港湾等)や、その関連団体(法務、保険、金融、研究機関等)を会員に持つNPO法人である。
この動きに関しては、弊社の2025年8月26日のレポートで紹介した。詳細はリンク先から参照いただきたい[i]。
さて、日本は世界6位のEEZ面積を持つことから海洋CDRは注目されている。直近では9月19日に出光興産のプレスリリース[ii]で、同社が「海洋アルカリ化(Ocean Alkalinity Enhancement)」を活用したCO2除去に取り組む米スタートアップ企業のVycarb社に出資したことを公表した。また、三菱電機は昨年10月8日にVTTフィンランド技術研究センターと海水からのCO2直接回収技術「DOC(Direct Ocean Capture)」の開発協業を開始した[iii]と公表している。
CO2除去 (CDR::Carbon Dioxide Removal)は大気中の CO2を回収・吸収し、貯留・固定化することで大気中の CO2除去 (CDR::Carbon Dioxide Removal)に資する技術であるがその種類は多い。下記の経済産業省の整理でも分かるように数多くの技術が存在すする。炭酸塩、バイオ炭(バイオチャー)、DACCS(Direct Air Capture and Carbon Storage)、BECCS (Bio-Energy with Carbon Capture and Storage)は長期の安定した固定化が期待される。一方、植林・海藻は、そのバイオマス利用によってCO2が排出されるため、固定期間に留意が必要である。海洋では海水に溶存するCO2を吸収する技術が主流となり、前述の海洋アルカリ化(Ocean Alkalinity Enhancement)や(Direct Ocean Capture)などがある。
図1 CDRの技術類型

出典:経済産業省:2023 年6月 ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会資料より
前置きが長くなったが、本稿では、これから技術開発が益々加速するであろう、海洋のCDR技術におけるドイツの研究の展開状況をご紹介する。
ドイツでの海洋CDRの展開は有限
ドイツでは、海洋による二酸化炭素(CO₂)の自然吸収の増加、あるいは回収したCO₂を海底に貯留することのドイツ国内における貢献が議論されている。しかし、実際にどの二酸化炭素除去(CDR)・貯留方法が利用可能かは、地域の状況に大きく依存すると結論づけている。ドイツで海洋CDRを実施する海域は、北海とバルト海の海域のみと選択肢はごく少数に限られているかれである。これは、CDRmare研究ミッションに参加する研究者らが実施した最初の実現可能性評価の結論である。
ドイツでの海洋CDRはGerman Marine Research Alliance (DAM)が推進する「CDRmare研究ミッション」で展開されている。
CDRmare研究ミッションの6つのコンソーシアム
研究ミッションCDRmare(CDR:二酸化炭素除去)の一環として、5つの研究コンソーシアムに所属する約140名の科学者が、大気中のCO₂の除去と貯留において海洋が重要な役割を果たすことができるかどうか、そしてどの程度果たせるのかを調査している。また、海洋環境、地球システム、そして社会との関連性や影響、そして変化する環境下における海洋炭素貯留のモニタリング、評価、そして算定のための適切なアプローチについても検討している。
CDRmare研究ミッションは6 つのコンソーシアム(1 つは完了)で構成され、海洋CO2 除去および貯留(アルカリ化、ブルーカーボン、人工湧昇、CCS)のさまざまな方法をその可能性、リスク、トレードオフの観点から調査し、それらを学際的な評価フレームワークで整理している。図2にイメージ図を示す。また表1に具体的な研究内容を示す。
図2 CDRmare研究ミッションの6つのコンソーシアム

出典:https://cdrmare.de/en/die-forschungsverbuende/
表1 CDRmare研究ミッションの6つのコンソーシアムの研究内容
コンソーシアム名称 | 研究内容 |
ASMASYS | 海洋炭素除去の評価:統合、シナリオ、ガバナンス |
RETAKE | アルカリ度向上によるCO2除去:可能性、利点、リスク |
sea4soCiety | 沿岸生態系における炭素隔離の解決策の探求 |
GEOSTOR | ドイツ北海の地層における海底二酸化炭素貯留 |
AIMS3 | 二酸化炭素の海底貯留のための代替シナリオ、革新的技術、モニタリング手法 |
Test-ArtUp | 栄養分に富む深層水を太陽光照射を受ける表層へ能動的に輸送する人工湧昇の研究 |
作成:BCJ
図3にパートナーを示す。またDAMに加え、ドイツ連邦教育研究省(BMBF:the German Federal Ministry of Education and Research)と北ドイツ諸州(ブレーメン、ハンブルク、メクレンブルク=フォアポンメルン、ニーダーザクセン、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン)の各科学関係の政府機関から支援を受けている。
図3 CDRmare研究ミッションの各コンソーシアムに参加しているパートナー

今後の展開について
潜在的なCDR手法としての人工湧昇に関する研究「Test-ArtUp」は、2024年末に完了し、残りのCDR手法と評価枠組みの開発は2024年8月に開始された第2期資金提供により実施を続けていくこととなっている。以後の研究体制を図4に示す。
図4 資金調達フェーズ2(2024~2027年)におけるCDRmareの研究体制

出典:https://cdrmare.de/en/die-mission/cdrmare-struktur/
海洋CO2除去方法の包括的評価のための29の基準の策定
CDRmare研究ミッションでは、興味深い評価がなされている。「CO₂の除去と貯留:どのオプションが実現可能かつ望ましいのか」である。海洋CO2除去方法やプロジェクトが実現可能かどうか、そしてそれが人間と自然に与える影響が望ましいかどうかについて、意思決定者が証拠に基づいた意思決定を行うための新たな評価フレームワークを開発した。この評価フレームワークは「海洋CO2除去方法の包括的評価のための29の基準」として整理されている。
この新しい枠組みには、7つの主要な課題を分析するのに役立つ29の基準が含まれている。図5にCDRmareが公表している内容を示す。
これらの基準には、評価対象となる方法の技術的、法的、政治的実現可能性に関する問題に加え、経済効率、公平性、環境倫理に関する問題も含まれている。こうした複雑さを踏まえ、研究者らは、学界、産業界、行政機関、利益団体、そして影響を受ける人々の専門家が評価プロセスに参加することを推奨しているとCDRmareは述べている。この原則に基づき、研究者らは、行政機関や利益団体の多数の代表者が参加した一連の学際的なワークショップにおいて、新しい評価ガイドラインの実際的な適合性を検証した。
図5 海洋CO2除去方法を評価するための新しい枠組みで提示されるトピックと評価基準の概要

出典:CDRmare
この基準の共著者のルーカス・タンク博士は「評価フレームワークの検証経験から、海洋CO2除去方法や特定のプロジェクトを単独で評価しようとすべきではないことが分かりました。この問題は非常に複雑であるため、評価には多くの人々の専門知識が必要です」と、述べている。
世界各国では、先端技術であるCDR及びCCUSはどちらの投資対効果が良いのか、技術開発が完了していないが故に、経済的な判断が付かないまま、皆研究や技術開発を進めている。しかし、ドイツでは海洋空間への人為的介入の問題点を慎重に検討する姿勢を評価に加えており、好感が持てる。
CO₂の除去と貯留のどちらが最適な選択なのかは、最終的には社会と政治にとっての困難な決断となることから、事実に基づいた理解可能な判断を下せる様、開発したとのこと。以下に同研究のファクトブック[ⅳ]に記載の文章を記して本稿を終える。

引用
[i] https://baumconsult.co.jp/2025/08/26/%E6%B5%B7%E6%B4%8B%E7%82%AD%E7%B4%A0%E9%99%A4%E5%8E%BB%EF%BC%88mcdr%EF%BC%89%E3%81%AE%E7%99%BA%E5%B1%95%E3%82%92%E7%9B%AE%E6%8C%87%E3%81%99%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%A3%E5%90%88%E3%80%8Cmcdr-coalition/
[ii] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.idemitsu.com/jp/news/2025/250919.pdf