EUは欧州水素銀行の第3回水素オークション取引条件(案)を公表 ~ 第1回、第2回に引き続きイベリア半島の水素製造案件が重用されるのか? ~

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年7月30日に欧州委員会は、欧州水素銀行(European Hydrogen Bank)の第3回水素オークションの取引条件(案)を公表した。2025年末に実施する予定である。欧州水素銀行とは、EUが2030年までに水素のEU域内製造1,000万トン、輸入1,000万トンを目標に掲げる中で、グリーン水素の製造事業者に対して水素製造1キロあたり固定補助金を最長10年間提供する資金援助プログラムである。

 本稿では、[i]第3回水素オークションの設計概要、参加要件、実施条件、権利義務、他の公的支援との併用ルール等の取引条件(案)を紹介する。

【欧州水素銀行:第3回水素オークションの取引条件(案)の概要】

1. 予算

  • 第3回オークション(2025年末実施予定)は総額最大11億ユーロ、以下3トピックに配分予定。
    1. RFNBO(Renewable fuels of non-biological origin:非生物由来の再生可能燃料、グリーン水素も含まれる)または低炭素水電解水素(4億ユーロ)
    2. RFNBOのみ(4億ユーロ)
    3. 海運部門向けRFNBOまたは低炭素水電解水素(2億ユーロ、EEA加盟国(EU加盟国+アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)の追加拠出により最大+1億ユーロ)

2. オークション設計概要

  • 対象:新設設備によるRFNBOまたは低炭素水電解水素。
  • 支援形態:固定プレミアム(EUR/kg)、認証済製造量に応じて最長10年間支払い。
  • 入札評価:価格のみで順位付け(上限4 EUR/kg)。
  • 製造の柔軟性:半期ごとに想定年平均の140%まで支払い対象。
  • DNSH(Do No Significant Harm)基準(ある事業や投資が環境目標の1つを達成する際に、他の環境目標に対して著しい悪影響を与えてはならないという考え方)を評価・報告義務化。
  • レジリエンス要件:水電解装置の75%以上を中国以外から調達、かつ主要部材の中国依存を制限。
  • Auction-as-a-Service[ii]:EEA加盟国が自国の資金を用いて欧州水素銀行の仕組みを活用し、追加支援可能。

3. 参加資格要件

  • EEA域内での実施、必要書類提出、法的適格性、サイバーセキュリティ計画の提出。
  • 最低規模:同一敷地内で5 MWe以上の新規水電解装置。
  • 完成保証金:最大助成額の8%、金融機関による発行必須。
  • 電力調達戦略:RFNBOは必要電力量の60%以上について再生可能エネルギー調達の事前合意書、低炭素水素はGHG削減率70%以上を証明する計画が必要。
  • 水素販売(オフテイク)契約戦略:総製造量の60%以上について事前合意書を提出。
  • 水電解装置調達、環境許認可、系統接続許可、資本提供者からの支援確認書も必須。

4. 実施手順

  • 形式:1段階・静的・入札価格順のpay-as-bid(入札額に応じた支払い)
  • 予算枠内で最低価格順に選定、同額の場合は助成総額の小さい案件、過去受給額の少ない国の案件、早期稼働予定案件を優先。
  • 最低入札者数:2件未満なら中止可能。

5. 権利と義務

  • 契約締結後2.5年以内に資金調達を完了し、5年以内に運転開始。
  • 年間平均製造量が予定の30%未満3年連続などの大幅未達(や要件不履行で助成減額・契約解除。
  • 海運部門向け燃料は製造量の60%以上を海運部門に供給する義務あり。
  • 半期ごとの製造報告、GHG削減証明、DNSH遵守報告、水電解装置調達状況の公表。

6. 他の公的支援との併用ルール

  • 水素製造者は本オークション助成とCAPEX/OPEX支援の重複申請・受領は不可。
  • 初期調査・FS支援、非専用インフラ支援等は併用可。
  • RFNBO向け再生可能エネルギー発電設備は、2028年以降「追加性原則」により原則他の支援受給不可(例外条件あり)。
  • オフテイカーはOPEX支援との重複申請・受領は不可、CAPEXや非専用インフラ支援は可。
  • 水電解装置メーカーや再生可能エネルギー設備(条件付き)は支援併用可。

■弊社考察

 第3回水素オークションからは、新たに低炭素水電解水素(GHG排出量70%以上削減)が支援対象となる方針にあることが伺える。一方で、使用する水電解装置の「追加性」が重要視されるようだ。新規に設置される水電解装置の容量を入札時に記載する義務が課せられることとなる。また、中国依存リスク低減を目的としているため、水電解装置の75%以上は中国以外からの調達となる。

 さて、欧州水素銀行の過去の選定状況について整理してみる(表1を参照)。

 欧州水素銀行による最初の水素オークション(パイロット入札)[iii]は2024年4月30日に結果が公表され、欧州域内から7件のプロジェクトが選定された。第1回ではスペインとポルトガルのイベリア半島勢が合計5件(全体の約7割)を占め、残りは北欧のノルウェーとフィンランドから各1件という構成であった。ドイツなど中央欧州のプロジェクトは1件も選ばれず、選定地域が偏ったことが特徴となっている。各プロジェクトはグリーン水素を製造し、製造した水素は肥料用アンモニア合成や製油所での利用、合成燃料(メタン、メタノール)製造、あるいは運輸燃料(燃料電池車や海運燃料)など、多様な用途へ供給される計画である。

 第2回の水素オークション[iv]では、2025年5月20日に新たに15件のプロジェクトが選定された。初回オークションと比較して、運輸部門限定の支援枠を設定している。支援総額は約9.92億ユーロと初回より拡充され、5か国(スペイン、ドイツ、フィンランド、オランダ、ノルウェー)の計15プロジェクトで今後10年間に約220万トンの水素を製造する計画である。助成単価は、一般枠が0.20〜0.60€/kg であるのに対して、海運枠は0.45〜1.88€/kgと割高であるが、これは後者が液化や遠隔地輸送を伴いコストが高いためである。

表1. 欧州水素銀行の選定プロジェクトの一覧

出所:HydrogenBankの入札結果からBCJ作成

 第1回、第2回を通じて、選定プロジェクトの分布には地理的な偏りが見られる(図1を参照)。第1回では選定7件中スペイン3件・ポルトガル2件とイベリア半島に集中し、残りは北欧(ノルウェー・フィンランド)に限られ、中欧・東欧からの案件はゼロであった。第2回では改善が見られたものの、依然としてスペインが全15件中8件を占め最多、次いでノルウェー3件、ドイツ2件、フィンランド1件、オランダ1件という偏った構成である。とりわけスペイン勢の占有率が高く、ドイツ・オランダといった工業国も一部採択されたものの、東欧諸国は依然採択例がなく、南欧・北欧に比べ中東欧で水素プロジェクトが出遅れている現状が浮き彫りとなっている。
 イベリア半島は欧州内でも日射量・風況に恵まれ、再生可能エネルギー由来の電力コストが低いため、グリーン水素の製造コストを大幅に引き下げられる条件がそろっていると言える。実際、第1回入札での落札案件の入札価格は0.37~0.48€/kgと非常に低廉で、4.5€/kgの上限値を大きく下回っていた。スペイン・ポルトガルのプロジェクトはこの競争的価格提示が可能だったため多数採択されるに至ったと考えることができる。一方、ドイツなど中欧では電力コスト高や再生可能エネルギー賦課金の影響で水素コストが割高となり、第1回では132件中2番目に多い応募数を出しながら1件も採択されなかった(図2を参照)。総じて水素オークションの設計が「安価な再生可能エネルギーが得られる地域」が有利になるものであったことが、地域偏重を招いたと言えるのではないか。地域分散は重要事項ではないとも考えられる。

図1. 欧州水素銀行の選定プロジェクトの立地

出所:GoogleMAPを活用してBCJ作成

図2. 第1回水素オークションの入札プロジェクトの申請予算一覧

出所: European Hydrogen Bankより引用

 此度、公表された第3回水素オークションの取引条件(案)に目を通すと、第1回、第2回に引き続き、第3回においても安価な再生可能エネルギーを調達できるか否かが、当然ではあるが、重要であることが伺える。グリー水素ではない低炭素水電解水素も支援の対象となるが、結局は安価な再生可能エネルギーを活用したグリーン水素製造案件が全ての枠を総なめにする可能性もある。RFNBO、グリーンメタノール案件は未だ1件ずつとなっている。こうした新燃料案件も次第に増えてくるであろうか。

引用

[i] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://climate.ec.europa.eu/document/download/ee3b468a-ee39-4748-b3be-5ce8f0fd4652_en?filename=policies_if_draft_tc_if25_auction_h2_en.pdf

[ii] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-funding-climate-action/innovation-fund/competitive-bidding_en#auctions-as-a-service-aaas

[iii] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_2333

[iv] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_1264