EUはウォーターフットプリントを拡大へ ~「欧州水レジリエンス戦略」を発表~
(文責; 坂野 佑馬)
2025年6月4日、欧州委員会は「欧州水レジリエンス戦略(European Water Resilienc Strategy)」を採択し、水循環の回復と保護、すべての市民に清潔で手頃な水の供給、そして持続可能でレジリエントな水使用を実現した社会・経済の構築を目指す方針を打ち出した。[i]この戦略は、EU全体の水資源の効率的な管理を支援するもので、具体的な行動計画が示されている(表1に整理)。
表1. 欧州水レジリエンス戦略にて示される具体的なアクション一覧

出所: EU「European Water Resilienc Strategy」を参考にBCJ作成
近年、EUでは水資源の不足が深刻化しており、水の効率的な利用や再利用が求められている。また、農業や工業活動を原因とする水質汚染が問題であり、EU全体で水域の約2/3が「良好な状態にない」とされている。加えて、気候変動の影響により、水不足が経済や健康、エネルギー供給に深刻な影響を与えるリスクが高まっている。
時を同じくして、欧州環境庁(EEA)は、報告書「Water savings for a water-resilient Europe[ii]」を発表した。同報告書では、EUの水資源の回復力を高めるためには、主要な経済セクターでの水利用の効率化が不可欠であると強調している。EU全体で年間約2,000億立方メートルの水が利用されており、電力生産部門での冷却システムを除くほぼ全てのセクターで水の利用が増加している。特に、農業、電力生産、公共水供給、製造業の4つのセクターがEUの水利用量の98%を占めており、これらのセクターでの水利用の効率性の向上が重要であるが示唆されている。
例えば、農業分野では、灌漑の効率化や漏水の削減、スマート農業の導入により、最大で20%の水利用の削減が可能とされている。電力セクターでは、冷却技術の改善や再生可能エネルギーの導入により、最大で95%の水利用削減が期待されている。
以下に冒頭で示した、欧州委員会公表の「欧州水レジリエンス戦略」を紹介する。
【EU水レジリエンス戦略の目標】
同戦略は、EU全体の水レジリエンスを向上させるために、以下の具体的な3つの目標を掲げている。
- 水循環の回復と保護:
- 水供給の持続可能性の基盤として、水循環を保護し、回復することを目指す。EUは既存のEU水政策(「水枠組み指令」や「洪水管理指令」など)の重要性を強調している。
- また、PFAS(有害化学物質)を含む飲料水中の汚染物質対策も強化も推進する。
- 水スマートな経済の構築:
- 水の効率的使用を促進し、EUの水産業の競争力を高め、2030年までにEU全体で水の効率10%向上させることが目指す。
- 水漏れを減少させるためのインフラの近代化やデジタル化も推進する。
- 全ての人々に清潔で手頃な水と衛生を保障する:
- EU全域で、全ての市民が安全で清潔な飲料水と衛生施設にアクセスできるようにする。特にEU外縁部地域では、気候の影響とインフラ不足によって水アクセスが困難な場合が多いため、特別な支援が求められる。
具体的なアクションは表1に整理してあるので参照されたい。将来的な水の利用可能性と質を確保するために多角的な施策が検討されている。
表中の赤字にはEUのエコデザイン規則(特定の製品カテゴリに対して、環境基準を導入する規則)[iii]およびEUEcolabel[iv](EUにおけるISO14024に準拠したタイプⅠ型環境ラベル、図1)でのウォーターフットプリント活用に関するアクションが示されている。
図1. EU Ecolabel

出所: EUのHPより引用
ウォーターフットプリントとは、製品やサービスの生産過程において消費される水の総量を示す指標で、使用された水が直接的、間接的にどのように影響を与えたかを示すことができるものである。同アクションにおいては、EUが事業者に対して、製品表示として水の消費量を消費者へ開示することを義務付けていくものであると推測される。
弊社では、企業および自治体に向けてウォーターフットプリントの算定コンサルティングを提供している。EUにおける展開が日本に波及することを見越して、ウォーターフットプリント算定および開示に備えたい企業や自治体担当者の方は、是非一度ご相談いただきたい。
欧州水レジリエンス戦略の一環として、欧州内のプロジェクトを精査したところ、ベルギーではいち早く複数のプロジェクトが推進されている。以下に参考として記載する。
LIFE NARMENAプロジェクト[v]:小川の汚染改善
- 予算: €4.2百万
- 期間: 2027年まで
- 主催組織: フランドル州公共廃棄物機関(OVAM)
- 主なパートナー: 7つの組織(研究機関や地方自治体など)
- アプローチ: バクテリアを活用した植物による修復(フィトレメディエーション:植物の力を利用して土壌や水などの環境汚染を修復する技術)や人工湿地を用いて、カドミウム、クロム、ヒ素、塩素などの汚染物質を除去
- 実施地域: フランドル地方のナチュラ2000地区を流れる3つの小川
- 期待される成果: 水質の改善、生物多様性の向上、水の貯留能力の向上
LIFE BELINIプロジェクト[vi]:スケルド川の生態系回復
- 予算: €17.7百万
- 期間: 2026年末まで
- 主催組織: VMM(フランドル州公共環境機関)
- 主なパートナー: 8つの組織(自治体や環境NGOなど)
- 期待される成果:
- 2.8 kmの河川堤防を修復
- 1 kmの河川を再開放
- 2 kmの新しい歩道を建設
- 45ヘクタールの新しい緑地を創出
- 24ヘクタールの新しい池を整備
- 275,000 m³の新しい水貯留施設を構築
欧州水レジリエンス戦略を読み解くと、EUにおいては水資源の保全が喫緊の課題として捉えられていることがよく分かる。具体的なアクションとその実施時期が明示化されており、今後は水資源保全関連のプロジェクトがより活発に組成されていくことになるであろう。
日本に目を向けると、水の枯渇に対してEUほどには危機感を抱いていないように映る。しかしながら、本稿で紹介した欧州水レジリエンスの戦略の展開はエコデザイン規則等により、EUと取引のある日本企業にも及ぶものと推察される。自社の事業活動における水リスク対応や、製品・サービスのウォーターフットプリント算定、水利用の最適化、水利用量の削減についての検討が更に求められるようになることは明白だ。
引用
[i] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_1404
[ii] https://www.eea.europa.eu/en/newsroom/news/water-savings-can-help-improve-eus-water-resilience
[iii] https://commission.europa.eu/energy-climate-change-environment/standards-tools-and-labels/products-labelling-rules-and-requirements/ecodesign-sustainable-products-regulation_en
[iv] https://environment.ec.europa.eu/topics/circular-economy/eu-ecolabel_en