英国とドイツは北海を横断する海底水素パイプラインプロジェクトを推進

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年5月22日、イギリスのガス輸送網運営事業者であるNational Gas社とドイツの同業者であるGASCADE Gastransport GmbH(GASCADE)社は、北海を横断する水素パイプライン「UK-Germany Hydrogen Corridor」の建設に向けた覚書(MoU)を締結した。[ii]覚書に基づき、両社はイングランド北東部のティーサイドかスコットランドのセントファーガスを起点とし、北海にあるGASCADE社のAquaDuctusパイプライン(約200kmの海底パイプラインと約100kmの陸上パイプラインで構成された水素輸送用パイプラインで2030年の運用開始を目指している。)を接続するルートの確立を目指している(図1を参照)。

図1. UK-Germany Hydrogen Corridor のルート候補地図

出典: National Gas社のHPより引用

 此度の覚書は、4月末に公表された報告書「UK-Germany Joint Feasibility Study on the Trade of Hydrogen(英国とドイツ間の水素貿易に関する共同実現可能性調査)」[iii]に基づいて締結された。同報告書は、英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)とドイツ連邦経済・気候行動省(BMWK)が2023年から結んでいる「UK-Germany Hydrogen Partnership(脱炭素化と水素経済の促進を目指す英独の協力体制)」の一環としてArup社、Adelphi社、ドイツエネルギー庁(dena)によって調査されたものであり、両国が水素貿易を実現するために必要なインフラ、規制、商業モデルの整備について包括的に評価している。本稿においては、同報告書の概要を紹介させていただく。

英国の水素戦略と水素輸出

 英国では、同国の2050年ネットゼロ(全て種類のGHGについて排出量を正味でゼロとすること)達成のためには水素が重要な役割を果たすことが期待されている。特に、化学産業や重輸送業、さらには鉄鋼などの高温エネルギー集約型産業の脱炭素化において、低炭素水素は欠かせないエネルギー源である。2024年12月に発表された「水素戦略アップデート(Hydrogen strategy update to the market: December 2024)」[iv]では、再生可能エネルギーを活用した水素の生産と、それに伴う輸出の可能性が強調されている。
 この戦略に基づき、英国は水素輸出国としての地位を確立し、将来的には欧州市場に低炭素水素を供給することを目指している。2025年には、最大21.7億ポンドのCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)への支援を通じて、水素生産技術のさらなる強化を図り、低炭素水素の生産能力を向上させる予定だ。
 また、英国政府は低炭素水素製造プロジェクトの商業展開を支援するために設立した基金「ネットゼロ水素基金(NZHF)」を活用して、11の水素プロジェクトに支援を行い、2030年までに25.1GWの水素生産能力を確保する計画である。この生産能力の一部は、将来的な水素輸出に向けて活用されることが見込まれている。

ドイツの水素需要と輸入戦略

 ドイツは、2030年までにGHG排出量を65%、2040年までに88%削減する目標を掲げている。ドイツの水素需要はすでに55TWhに達しており、2030年までには95〜130TWhに増加すると予測されている。さらに、2045年には360〜500TWhに達すると見込まれ、輸入依存度が高まることが予想されている。
 ドイツ政府は、2030年に水素需要の50〜70%を輸入に頼る計画を立てており、そのためのインフラ強化が急務である。欧州のエネルギー・インフラ事業者33社で構成されるネットワーク「欧州水素バックボーン(European Hydrogen Backbone:EHB)」[v]を活用して、欧州全域をカバーする水素輸送網を整備するための大規模なインフラ投資が進められている。その他同国の水素戦略に関しては弊社のレポートで紹介している。詳細な情報に関しては是非アクセスいただきたい。

水素輸送パイプライン技術とインフラ評価

 調査では、英国からドイツへの水素輸送を実現するために、複数のインターコネクター(2国間)パイプラインルート候補が評価された(図2を参照)。最も現実的な方法は、英国東海岸からドイツ西海岸への海底パイプラインの敷設であり、同ルートが最も経済的かつ技術的に実行可能と報告している。既存の天然ガスインターコネクターパイプラインの水素輸送パイプラインへの転用についても検討されたが、現在の契約条件や供給の安定性から、短期的には転用が難しいとの結論が出されている。

図2. 調査内にて検討されたインターコネクターパイプラインのルート候補図

出典: UK-Germany Joint Feasibility Study on the Trade of Hydrogenより引用

規制と商業モデルの整備

 特に、両国間で水素を技術的に取引できるようにするため、規制の整備を検討している。具体的には水素認証基準やGHG排出量算定基準の調整を検討している(表1を参照)。現在、両国はそれぞれ独自の水素認証基準を持っており、これらを整合させることが貿易の鍵となる)。

表1. 英国およびドイツにおける低炭素水素の定義

英国ドイツ(EU基準に準拠)
最終的なGHG排出強度が水素製品1MJあたり20gの二酸化炭素換算以下である水素を指す。これは低位発熱量(LHV)を基にした基準である(20.0gCO₂e/MJLHV 水素製品)。EUでは、低炭素水素とグリーン水素を区別している。低炭素水素は、従来の化石燃料ベースの水素と比較して、GHG排出量を少なくとも70%削減することが特徴である。この水素は、天然ガスを利用し、CCS技術を用いて生産されるか、核エネルギーを利用した電気分解によって生産される。ここで重要なのは、エネルギー源に関わらずGHG排出量の削減量で判別するということである。   グリーン水素は、再生可能エネルギーを用いて電気分解で生産されるか、バイオガスの改質やバイオマスの生化学的変換を通じて生産される水素である。EUの法令によれば、バイオマスを使用せずに生産された水素およびその誘導体は、生物由来でない再生可能燃料(RFNBO)として扱われる。

出典: UK-Germany Joint Feasibility Study on the Trade of Hydrogenに記載の内容をBCJ

 下記には、本件のUK-Germany Hydrogen Corridorの重要施策を整理した。

表2. 英独間での水素取引の技術的、商業的、規制的な整合を図るための提案内容

実現要因提案内容
水素貿易の技術的要件の整備英国およびドイツ政府は、水素の排出基準および認証スキームに関して整合性を取るために協力し、必要に応じて、これらの基準や認証スキームの策定および実施を担当する欧州委員会をはじめとする関連当局と連携する。英国およびドイツ政府、または各国の技術当局は、今後のネットワーク間での水素の流れに関する技術的運用要件(例えば、入口圧力など)を開発するために協力する。
英独間での水素の商業的取引を促進するための要件整備英国およびドイツ政府は、両国の水素市場間での市場調整を容易にする方法を探り、潜在的なプロジェクト開発者と連携する。英国政府は、英国市場における水素生産輸出能力、特に容量、場所、品質、タイミングについて評価を行う。英国政府と並行して、ドイツ政府は、ドイツ市場における需要者(オフテイカー)の要件、すなわち負荷要件、タイミング、場所、価格感度、および品質について評価を行う。英国およびドイツ政府は、将来の水素取引の商業的実現可能性を確保するために、特に生産またはオフテイクに関連する財政支援メカニズムが必要かどうかを検討し、WTO規則に準拠する。
インターコネクターのビジネスモデル開発インターコネクターのビジネスモデルに関するリスク評価と、初期段階での運用期間における高い利用料金に対する収益の不確実性を管理するために必要な保証を評価する。この評価に基づき、英国およびドイツ政府はインターコネクタービジネスモデル支援の必要性を判断する。英国およびドイツ政府、及びそれぞれの規制機関(または将来の規制機関)は、インターコネクターのビジネスモデル割り当てのプロセスを決定する。ビジネスモデル支援の割り当てに際し、規制機関は、プロジェクト開発者から提出されたパイプラインのサイズに関する証拠をレビューし、技術的および経済的観点から最適かどうかを判断する。
インターコネクターの規制枠組みの開発英国政府は、水素インターコネクターの開発および運営に必要な可能性のあるライセンスの改訂について、ガスライセンス制度の見直しを行う。英国およびドイツ政府は、インターコネクターに関する商業的運用要件(アクセス、課金、調整、取引など)の整合性を取るために協力し、規制枠組みとして調整を行う。英国およびドイツ政府、または関連する規制当局は、国内の技術規制要件(安全、計画、承認、許可、環境評価、運用、将来の廃止責任)における不整合を調査し、それらの違いを理解し、管理するための計画を策定して、水素インターコネクターの技術的規制枠組みを開発する。
より広範な水素バリューチェーンの連携英国のNESO(National Energy System Operator)は、国内の水素輸送および貯蔵ネットワークと新しい国際水素貿易インフラとのリンクの必要性について、その戦略的計画の一環として検討する。ドイツ政府は、将来のインターコネクターが水素コアネットワークの計画にどのように考慮されるかを評価し、オンショアネットワークの運営者とインターコネクターの運営者との調整が行われることを確保する。ドイツ政府は、AquaDuctusパイプラインステージ1および2の拡張とコアネットワークの完成、および潜在的なオフテイカーとの接続のタイムラインを調整する。

出典: UK-Germany Joint Feasibility Study on the Trade of Hydrogenに記載の内容をBCJ

今後、求められる対応

 調査の結果、両国が水素貿易を実現するために必要な具体的なステップが明確に示されている。これらのステップは、以下の4つの重点分野に集約される。

  1. 規制調整の実施:

 水素貿易に必要な最低限の規制調整を実施し、両国の技術基準を整合させるための計画を策定する。特に、水素の排出基準や認証の統一が必要となる。

  1. 市場調整メカニズムの確立

 水素市場の供給と需要を調整するため、両国政府は共同で商業契約を調整するメカニズムを開発し、長期的な市場の安定化を図る。

  1. ルートオプションの評価と選定:

 パイプラインのルート候補を詳細に評価し、最も経済的で技術的に実行可能なルートを選定する。

  1. ステークホルダーとの協議

 水素貿易を支えるためのステークホルダーとの協議を強化し、企業、規制当局、インフラ事業者の意見を反映させた計画を策定する。

 日本においても、水素社会の実現に向けた取り組みが進められており、ドイツとイギリス間の水素パイプラインプロジェクトは、重要な示唆を提供するものになるだろう。特に、既存のインフラの転換や政府間の協力を通じた水素市場の形成は、日本の水素インフラ構築における課題解決に役立てることができるのではなかろうか。今後の展開を引き続き注視していきたい。

引用

[ii] https://www.gascade.de/en/press/press-releases/press-release/germany-and-uk-strengthen-energy-partnership-with-planned-offshore-hydrogen-pipeline-connection-between-the-two-countries

[iii] https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Downloads/U/uk-germany-joint-feasibility-study-on-the-trade-of-hydrogen.html

[iv] https://www.gov.uk/government/publications/hydrogen-strategy-update-to-the-market-december-2024

[v] https://ehb.eu/