EU:クリーン産業ディール(CID;Clean Industrial Deal)を提案 ~自動車・鉄鋼・金属の競争力強化と脱炭素化推進に向けCBAMが簡素化へ~

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年2月26日、欧州委員会は「クリーン産業ディール(CID;Clean Industrial Deal)」[i]を発表し、欧州の産業競争力の強化と脱炭素化を進めるための新たな戦略を提示した。同計画は、エネルギー集約型産業とクリーンテクノロジーの革新を促進し、欧州の製造業が直面する高コスト、厳しい国際競争、規制の複雑さを解消することを目指している。
 EUが焦点を当てているのは、 ① エネルギー集約型産業(鉄鋼、セメント、化学、ガラス、自動車など)および ② クリーンテクノロジー の2つの分野である。EUは同計画の一部としてEUにおける産業のバリューチェーンを強化する行動計画の発表を予定している。3月中には、自動車産業のための行動計画を、また春には鉄鋼・金属に関する行動計画を発表するとしている。その他、化学およびクリーンテック産業を対象とした行動計画も順次発表が予定されている。
 EUはこれらの分野への様々な取組を展開していくと同時に、「循環性(Circularity)」が大きなテーマになると強調している。EU産業には、リサイクル、再利用、持続可能な生産を促進することにより、廃棄物を減らし、素材の寿命を延ばしてくことが求められる。
 下記に、クリーン産業ディールにおける主な取組みを紹介する。

  1. エネルギーコストの削減

 産業、ビジネス、家庭のエネルギー料金を引き下げ、低炭素経済への移行を促進するために、欧州委員会は「手頃なエネルギーアクションプラン(Affordable Energy Action Plan)」[ii]を採択した。

  1. クリーン製品の需要拡大

 「産業脱炭素化加速法案(Industrial Decarbonisation Accelerator Act)」の導入および「公共調達フレームワーク(Public Procurement Framework)」の見直しにより、公共および民間の調達において持続可能性(sustainability)、回復力(resilience)、およびEU域内製品(made in Europe criteria)の基準を導入することにより、EU製のクリーン製品の需要を増加させる。

  1. 脱炭素化のための資金調達

 EUは域内のクリーン製造業を支援するために、1,000億ユーロ以上の資金を投じる構えである。

  • 「クリーン産業ディール国家援助フレームワーク」[iii]を採択し、再生可能エネルギーの展開、産業の脱炭素化、およびクリーンテクノロジーの製造能力確保に向けた国家援助の迅速な承認を促進.
  • クリーン技術の商業化を支援プログラム「イノベーション基金」[iv]を強化し、「産業脱炭素化銀行( Industrial Decarbonisation Bank)」の設立を提案。
  • 研究開発支援プログラム「Horizon Europe」[v]の枠組みの下で、クリーン製造業の研究開発を活性化。
  • InvestEU規則[vi]を改正し、EU経済の成長と雇用創出を支援するプログラム「InvestEU」が提供できる金融保証額を増加させ、クリーンテクノロジー、クリーンモビリティ、廃棄物削減への投資をサポート。最大500億ユーロが投入される予定。
  1. 循環経済と原材料の確保
  • 「EU重要原材料センター(EU Critical Raw Material Centre)」を設立し、原材料の共同購入を促進。
  • 2026年に「循環経済法案」を採択し、2030年までに希少な材料の24%を循環型にすることを目指す。
  1. 国際協力の強化
  • グローバルな競争や地政学的な不確実性に直面する中で、EU産業の経済的安全保障と回復力を確保するため、貿易防衛措置を強化。
  • CBAM[vii]を簡素化し、EU域内事業者に対する過度な負担を軽減。
  1. ハイスキル人材の確保
  • 「スキル連合(Union of Skills)」[viii]を設立し、労働者に投資することで、質の高い雇用を創出。
  • 教育、訓練、若者活動、スポーツの分野で国際的な交流と協力を促進するプログラム「Erasmus+」[ix]において、産業転換を支えるための労働力をするために最大9000万ユーロの資金を拠出する。

 CBAMの簡素化に関しては、クリーン産業ディールと同日に発表された法案「オムニバス簡素化パッケージ(Omnibus Simplification Package)」[x]の中で、詳細に提案がなされている。当初のCBAMでは150ユーロ以上の輸入物品が対象となり、そのカーボンフットプリント(CBAM)の報告などが輸入事業者へ義務付けられることとなっていた。しかし、オムニバス簡素化パッケージの中では、年間50トン以上の輸入量がある物品をCBAMの対象とするべきと提案されている。この法案が可決されれば、日本からEUへ製品を輸出していた小規模輸出事業者は対象から外れ、業務負担が相当楽になる。CFP報告の責務がなくなるわけだ。何かの設備・機器を構成する部品であり、修理用部品としてEUに輸出されているネジ(鉄鋼製)を例に考えたときに、150ユーロ以上という基準だとCBAMの対象は、ほぼ全ての事業者となるが、これが年間50トン以上の取引が対象となると、小規模輸出事業者は対象から外れるわけである。これは朗報といえよう。
 EUでは、こうした規制緩和も含めスピーディに様々な展開が進行する。日本の事業者の皆様にはCBAMへの対応で相当ご苦労されていると察する。弊社はEUにおける展開をベンチマークしつつ、その一助となれるように継続して情報を提供していく。

引用

[i]  https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_550

[ii]  https://energy.ec.europa.eu/strategy/affordable-energy_en

[iii] https://euro-funding.com/en/blog/state-aid-measures-to-support-the-clean-industrial-deal/

[iv] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-funding-climate-action/innovation-fund_en

[v] https://research-and-innovation.ec.europa.eu/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en

[vi] https://investeu.europa.eu/index_en

[vii] https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en

[viii] https://commission.europa.eu/topics/eu-competitiveness/union-skills_en

[ix] https://erasmus-plus.ec.europa.eu/

[x] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_614