EU:農業・食糧セクターの総合戦略「Vision for Agriculture and Food」を発表 ~農業における気候変動対策およびネイチャーポジティブ施策の重要性~

(文責: 坂野 佑馬)

 2025年2月19日、欧州委員会はEUの農業・食糧政策に関する「Vision for Agriculture and Food」[i]を発表した。本総合戦略には、農業・食糧セクターの持続可能性および競争力の強化を目指すものとなっており、気候変動やネイチャーポジティブに関連した施策も盛り込まれている。
 EUの農業・食糧セクターでは、2022年に年間で9,000億ユーロを超える付加価値を生み出し、約3,000万人(EUにおける雇用全体の15%)に職を提供していた。また、EUは世界最大の農作物輸出者であり、2023年には貿易黒字が700億ユーロに達している。

 さて、本稿では「Vision for Agriculture and Food」の概要を紹介させていただく。同ビジョンでは、以下に示す4つの優先分野が示されている。

  1. 魅力的な農業・食糧セクターの構築

 EUは、農家の適正所得の確保、公的支援の拡大、サプライチェーンの透明化を促進することにより、農家(EUにおける全農家の約12%が40歳未満)に対して必要な安定性を提供する。

  • 公正で公平な食糧チェーンの構築

 農民が市場から適正な収益を得られるよう、食糧チェーンの不公平な収益分配やコスト負担を是正することが求められている。農民が生産物をコスト以下で販売することを強いられるような状況に追い込まれることを防ぐために、欧州委員会は2024年12月にEU 農産物市場共通組織規則(CMO)の改正法案を採択した。また、食糧チェーンの透明性を高めるため、EU農業・食糧チェーン監視機構(AFCO)が価格形成に関する指標を公開し、中小企業の競争力強化を支援する。

  • イノベーションの活用

 若手農民は気候中立やネイチャーポジティブの分野で新たな収入源を得る機会を求めている。例えば、有機農業やアグロエコロジー(自然と共存する持続可能な農業)は魅力的な選択肢となっている。特に、カーボンファーミング(炭素農業)は新たな収入源として注目されており、EUでは炭素除去やカーボンファーミングの認証フレームワーク(Carbon Removals and Carbon Farming Regulation;CRCF)[ii]が構築されている。将来的には、ネイチャーポジティブ行動を評価する「ネイチャークレジット」の枠組みも開発される予定であり、副次的な収入源として期待されている。

2. 競争力のある強靭なセクターの育成

 EUは世界最大の農産物輸出国であり、輸入国でもあるため、農産物の生産、消費、貿易は第三国との関係に大きな影響を与える。EUは高い環境基準や人間・動物の健康・安全基準を追求しており、これが貿易障害と見なされることがあるが、EUは引き続き国際的なパートナーシップを強化し、食料安全保障と欧州の食糧主権を守るための支援を続ける。

  • サプライチェーンの多様化と変革的レジリエンスの促進

 EUは輸入依存(肥料、飼料、エネルギーなど)が高く、特定の地域に集中しているため、供給チェーンのリスク軽減が重要。低炭素経済への移行を支援しつつ、戦略的依存を減らす必要がある。
 また、EUはより公正なグローバル競争を実現するために、二つの戦略を進める。まず、グローバルおよび二国間協力を強化し、国際機関と連携して持続可能な食料システムを目指す。特に、植物保護製品や動物福祉に関する基準を引き上げ、EU製品の輸出促進を図る。同時に、FAO(国連食糧農業機関)と協力し、食糧生産の持続可能性評価基準を全世界的に統一する。
 次に、EU内における厳しい食糧生産に関連した基準が、EU域外生産者に対する競争不利を引き起こさないようにするために、輸入製品に対してもEU域内の基準を適用する。特に、EUで禁止されている農薬や危険な化学物質が輸入品に含まれないようにする取り組みを進め、食品の安全性や動物福祉基準を厳格に適用する。また、動物福祉の観点において全世界的に敏感なセクターである畜産などへの支援を強化し、原産地表示の拡大やEU製品のプロモーションを進める。

  • 競争力のある農業・食糧セクターを育成するための規制緩和

 EUは農業分野の競争力を高めるため、規制や報告義務の簡素化に取り組む。農場での実務に過度な詳細な規定を設けず、地域特性を考慮した柔軟な対応が必要である。衛星技術やデータ共有技術の導入により、現場での監視や報告義務の負担が軽減され、効率的な資源利用と持続可能性が向上する。2025年には、農業立法フレームワークの簡素化パッケージが提案され、特に中小規模農場向けの支援強化や、戦略的計画の柔軟な管理が進められる。

3. 農業セクターの持続可能性維持に必要な環境整備

 食糧生産は自然や生態系に依存しており、農業の持続可能性には土壌維持や水質管理などが重要である。EUは2050年までに気候中立を達成することを目指しており、農業もその目標に貢献するが、地域ごとの特性に応じた解決策が求められる。

  • 脱炭素化と競争力強化の両立

 農業は大気中の炭素を土壌やバイオマスに取り込むことができ、これにより気候変動による被害からの回復力が高まり、食料安全保障にも貢献する。EUは2030年の気候目標達成のため、農業セクターにも排出削減を求めており、2040年目標に向けた農業の貢献についても議論が進められる。具体的な政策や技術革新を通じて、農業からの排出を削減し、土地利用での炭素吸収を増加させることが可能である。飲食業や小売業も重要な役割を果たし、持続可能な食料供給を実現するための政策が必要である。

  • 農業と自然の調和

 農業と自然の調和を実現するためには、既存の法令の適切な実施と強化、そして新たな市場ベースの手段による変革促進が必要である。農家には、自然に優しい農業を実践するための様々な支援が必要であり、具体的には公的支援のターゲティング強化、投資の促進、経済的インセンティブ、研究やイノベーションに基づいた助言、柔軟な規制環境が求められる。例えば、農薬の使用削減が目指されている中で、代替品としてのバイオ農薬の市場アクセスを加速する提案が進められている。
 他方、農業は水に依存しており、気候変動に伴う水不足が深刻化している。欧州委員会は水の効率的利用、汚染の削減、水資源の過剰利用に関する戦略「Water Resilience Strategy」を策定予定であり、特に農業関連の水利用と汚染に対処する必要があると問題視している。

4. 農村部における公正な生活・労働環境の確立

 欧州委員会は、農村地域が活気に満ち、機能的で、EUの文化的および自然的遺産と深く結びついたものとなるよう、農村行動計画を更新する予定である。さらに、食品ロスの削減や動物福祉に対する社会的懸念についても、今後、委員会は注力して取り組む予定である。

  • ヨーロッパの農村部および沿岸部における公正な生活・労働条件

 EUの農村や沿岸地域は高齢化や人口減少に直面しており、特にウクライナ戦争の影響を受けた地域が脆弱である。農村地域の活性化には、教育、雇用、移動性、健康サービスが重要で、農業従事者の労働環境改善が求められる。農業観光などの新たな収入源が役立つ。2025年にはEU農村行動計画が更新され、女性の農業参加を促進するプラットフォームが設立される予定である。

 上述の通り、EUが目指す農業・食糧セクター強化の上で、気候変動やネイチャーポジティブに関連した施策は重要であることが示されている。副次的な収入を得るという「攻め施策」、および農業に必要不可欠な環境を維持・保存するという「守りの施策」の両方が必要であるとされている。

 昨今の日本では、気候変動による生産量・品質の低下や減反政策の影響から「令和の米騒動」と呼ばれる全国的な米の不足および価格高騰の状況に陥っている。原因として、2023年の記録的な猛暑の影響で、米粒が割れてしまったり、害虫による被害が拡大したりしたことによって米の歩留まりが大幅に低下したことに起因している。また、今回の米騒動と関係なく、日本の米農家はそもそも約95%が赤字であったされている。[iii]この原因は複数あるとかんがえられるが、その1つは従来の米価格が安すぎたことが挙げられる。
 今後は、日本国内の米農家が抱える問題への対処策として、気候変動やネイチャーポジティブに関連した施策が有効に働くべきでではないだろうか。既に活用が進んでいるものとしては、水稲の中干しによる脱炭素化効果のJ-クレジットやボランタリークレジットへの変換・販売がある。今後、ネイチャーポジティブ分野でのクレジットが整備されてくれば、そうしたものの活用も期待することができそうである。また、営農型再生可能エネルギーの活用・販売のようなあり方も考えられる。
 日本の農業の将来像にも、気候変動適応やネイチャーポジティブに関連した施策との共存が求められることになっていくと推察する。今後もEUおよびドイツにおける様々な施策を今後もベンチマークして日本の農業施策に有効な情報を提供していく。

引用

[i] https://agriculture.ec.europa.eu/vision-agriculture-food_en

[ii] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/carbon-removals-and-carbon-farming_en

[iii] https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20230710.html