アイルランド政府は野心的なバイオメタン戦略を公表 2030年のバイオメタン生産量は現在の天然ガス消費量の26%になる可能性を示唆

(文責:青野 雅和)

 アイルランド政府は2024年5月28日、環境・気候・通信(Department for Environment, Climate and Communications:DECC)の大臣のイーモン・ライアン氏と農業・食糧・海洋省(Department of Agriculture, Food and the Marine:DAFM)の大臣であるチャーリー・マコナローグ氏が、2030 年までに最大 5.7TWhの電力量に相当するバイオメタン生産を支援することを約束する「国家バイオメタン戦略」を公表した[i]
 国家バイオメタン戦略は、アイルランドで大規模なバイオメタン産業を発展させるために必要な政策と規制措置を定め、ロードマップを提供している。戦略の策定は、目標達成に不可欠であると考えられる5つの相互に関連する要素に重点を置いている。(下記図1)

図1 アイルランド政府の国家バイオメタン戦略のフレームワーク

  1. 持続可能性
  2. バイオメタンの需要
  3. バイオエコノミーと循環型経済
  4. バイオメタンの経済学
  5. 政策要件を有効する

出典:Ireland’s National Biomethane Strategy May 2024  よりBCJ追記

 詳細は国家バイオメタン戦略のPDFで参照可能であるが、バイオメタン国家戦略は、バイオメタンに関するアイルランド初の主要な政策声明であり、バイオメタン分野の発展における重要なマイルストーンとなっている。尚、アイルランド政府はEUのREPowerEU資金申請に基づきバイオメタン生産プラントを目的とした4,000万ユーロの資金を求めており、この資金計画が早期に承認された後には、同政府のDAFMが4,000 万ユーロの資金を受け取り、バイオメタン生産プラントを推進することが同戦略に規定されている。

 さて、同戦略によると、現在のアイルランドでは、バイオメタンをガス系統に導管注入可能なバイオメタン設備の稼働は2カ所のみであり、年間75GWh程度と少なく、アイルランドの現在の天然ガス需要の0.001%に相当する。このバイオメタンは、主に廃棄物原料から生成され、そのほとんどは再生可能輸送燃料義務に基づき、輸送セクターで利用されている。
 また、欧州バイオガス協会(European Biogas Association[ii])によると、アイルランドでは前述2つのバイオメタン施設に加え、43の施設で580GWhのバイオガスが生産されている。このバイオガスは発電に使用され、バイオメタンにはアップグレードされておらず、嫌気性消化プラントの原料は、埋立廃棄物、都市固形廃棄物、下水廃棄物、動物スラリーなど様々である。尚、バイオメタンは、脱炭素化が難しいセクターの脱炭素化のために使用される場合、電力生産よりも効率的なバイオ資源の利用方法2であると考えられている。

 一方、アイルランドの総エネルギーの30%以上を供給し、電力の50 %を供給し、14,725 kmのガス供給パイプラインを保有するエネルギー会社の「Gas Networks Ireland」は天然ガスをバイオメタンやグリーン水素などの再生可能ガスに置き換え、断続的な再生可能電力を補完することで、アイルランドのよりクリーンなエネルギーの未来への歩みを推進している[iii]。同社公表のバイオメタンエネルギーレポートを参照すると、「アイルランドのバイオメタン生産候補者は需要があることを認識しており、2030年のバイオメタン総生産量は現在の天然ガス消費量の 26% に達し、2030 年までに導管注入される可能性がある」と記載されている。実際に生産者への情報依頼(RFI:request for information)に対する回答は14.8 TWhであり、アイルランドが表明した 2030 年バイオメタン目標 5.7 TWh の 2.5 倍以上となっている[iv]
 なお、Gas Networks Irelandは今後、毎年最大250 GWhのバイオメタンを購入する予定で、これがバイオメタン調達の最初の活動になるとIrish Independent[v]は報じている。同社は最大15年間にわたり複数のサプライヤーと契約することを目指している。

 欧州におけるバイオメタン利用の推進は2007年から2013年迄、約7億3000万ユーロの資金により実施した「Intelligent Energy Europe Programme(IEE)」が土台となっている。IEEで実施された3件のバイオメタンプロジェクトの結果から、ベルギーのブリュッセルに本部を置く欧州バイオガス協会は[vi]「バイオメタンは、2030年までに欧州の天然ガス消費量の3%を代替できる可能性がある」と2014年に述べている。
 この3つのプロジェクトは既に10年を経過しているが、アイルランド政府の展開は当時の欧州での目標数値を上回る野心的な数値を掲げ実践していることをお伝えしたい。

 参考にIEEで実施された3件のバイオメタンプロジェクトを簡単ながら下記表に紹介しておく。

表:IEEで実施されたバイオメタンのプロジェクトの概要

プロジェクト名実施期間実証事業地域実証事業の内容
BIOMASTER2011年5月1日~2014年4月30日Małoposka Region (ポーランド) Norfolk County (英国) – Skåne Region (スウェーデン) – Trentino  Province (イタリア輸送セクターでバイオガス由来のバイオ燃料を利用すること。
GreenGasGrids2013年にバイオメタン利用のロードマップ作成バイオメタンを燃料として輸送セクターで利用している欧州12か国(AT、CH、DE、DK、FI、FR、HU、IS、IT、NL、SE、UK)バイオガスを既存の天然ガスグリッドでデリバリーし利用すること。
Urban Biogas2011年5月~2014年4月ザグレブ市(クロアチア)、アブランテス市(ポルトガル)、グラーツ市(オーストリア)、グディニア市/ゼズフ市(ポーランド)、ヴァルミエラ市を含む北ヴィドゼメ地方(ラトビア)都市部のバイオ廃棄物からバイオメタンを製造し、天然ガスパイプラインへの供給と輸送利用の準備

各プロジェクト情報からBCJが整理

引用

[i] https://www.gov.ie/en/publication/d115e-national-biomethane-strategy/

[ii] https://www.europeanbiogas.eu/

[iii] https://www.gasnetworks.ie/corporate/company/our-business/

[iv] https://www.gasnetworks.ie/business/renewable-gas/biomethane/report/index.xml

[v] https://www.independent.ie/

[vi] https://www.europeanbiogas.eu/biomethane-bright-opportunities-towards-2030-target/