EU・英国はDACを含むCDRの発展へ向けた法整備を推進

(文責:坂野 佑馬)

 読者の皆様はDACというものをご存じだろうか? DACとは、Direct Air Capture の頭文字をとったもので、日本語に訳すると「直接空気回収技術」と表記されることが多く、大気中からCO2を直接分離して回収する技術の総称である。また、DACにより回収したCO2を貯留(CCS技術;Carbon dioxide Capture and Storage)するDACCSによって、CDR(Carbon Dioxide Removal;二酸化炭素除去)を実現することが可能となる。類似の技術として、BECCS(Bioenergy with  Carbon dioxide Capture and Storage )と呼ばれる技術がある。BECCSとはバイオマスエネルギーとCCS(CO2回収・貯留)を結び付けた技術を指す造語である。バイオマスはCO2を吸収しているが、燃焼させるとCO2は排出されてしまう。BECCSは燃焼時のCO2を回収・運搬し物理的に大気放出しない技術を指す。放出させないことでCO2を純粋に減少させるのである。(弊社のNEWS 「英国はバイオ由来の水素からCO2を回収するBECCSでネットゼロを目指す」2022年12月21日でも紹介しているので参照願いたい)[i]

 他方で、DACの技術は炭素貯留だけでなく、カーボンリサイクル(回収したCO2を資源として再利用すること)への炭素を供給する技術としても期待を集めており、DACCU(DACとCCU;Carbon dioxide Capture and Utilization)とも呼称されている。回収したCO2の利用先としては、燃料(e-fuel、メタノール・メタンガス、Power to Liquid[ii]によるSAF)(等)や化学品(オレフィン、ベンゼン、トルエン、ポリカーボネート等)、鉱物(コンクリート、セメント、炭酸塩等)と様々な活用方法が研究・開発されている。

 DAC技術が世界的に注目を集めている理由は、完全な脱炭素化が困難なセクターにおいて残余排出量を相殺するために不可欠な役割を担うからである。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change;気候変動に関する政府間パネル)[iii]が発行した報告書においては、2050年カーボンニュートラル(CN)を達成するためには約100 億tCO2/年のCO2除去が必要となると公表されている。その他の複数の研究機関・シンクタンクの見立てでも、2050年CN実現には20~100億tCO2/年 程度の炭素除去能力が求められると分析されている。こうした背景から、CDRの入り口技術となるDACは極めて重要であるとして研究・実証・商用化が急がれているのである。

 さて、本稿では世界的に発展を切望されているDACおよびCDRに関して、欧州における政府の支援や制度設計の国際動向をいくつか紹介させていただく。

EU

 EUは、2050年気候中立(全ての温室効果ガスについて正味の量をゼロとすること)の達成に向けて、2021年にCO2除去量を増やすための行動計画として「Sustainable Carbon Cycles」[iv]を公表し、カーボンファーミング(植林・再植林、土壌管理、泥炭地や湿地の回復等)と工学的手法(DACを活用したもの)の目標達成に寄与する短中期的な計画を策定した。

 また、欧州委員会(EC)は2024年2月6日に2040年気候目標案に関する政策文書である「COM/2024/63final」を発表し、2040年までにGHG排出量を1990年比で90%削減すること掲げた。[v]2040年目標案の達成には、GHG排出削減だけでなく、炭素除去を重視する方針も明らかにし、特にCCUSの早期展開が重要とし「産業炭素管理戦略(Industrial Carbon Management strategy)」[vi]も発表した。同戦略においては、2030年までに5,000万tCO2/年の炭素除去能力とそれに対応した輸送インフラの整備が必要になると試算している。2040年までには約2億8,000万tCO2/年、2050年までに約4億5,000万tCO2/年の炭素除去能力に必要な設備を整備する必要があるとしている(図1)。

図1. 2040年に1990年比90%GHG削減に求められる炭素除去能力の内訳

出所:EU「産業炭素管理戦略」

 EUにおけるDACおよびCDRに関連した施策を以下に紹介する。

  1. 排出量取引制度(EU-ETS)への組み込み:
     2023年5月にEU-ETS指令改正案を含むFit for 55関連法案を採択し、発効した。改正法の中では、 2026年7月までに、ECはEU-ETSにおいてCDRの取扱いに関して、欧州議会及び理事会に報告を行うことを明記した。[vii]

  2. 炭素除去認証制度(EU Carbon Removal Certification Framework):
     2024年2月20日、欧州理事会および欧州議会は、炭素除去の認証枠組みを導入する規則案に関して、暫定的な政治合意に達したと発表した。[viii]炭素除去の基準については、欧州委案の(1)定量化、(2)追加性、(3)長期貯留、(4)持続可能性からなる「QU.A.L.ITY」とすることで合意した。対象となる活動は、BECCSやDACCS等を用いた永久的な炭素除去、建築用木材など耐久性のある製品への一時的な炭素貯留、森林再生や土壌管理等のカーボンファーミングによる一時的な炭素貯蔵・土壌排出量削減である。

  3. 研究開発支援:
    Innovation Fund[ix]
     Innovation Fund は、2019年2月に設立された気候中立化と産業競争力強化を目指す大規模な資金供与プログラムである。2021年から2030年にかけて運用されることとされており、EU-ETSからの収益を財源とし100億ユーロが投じられる。同プログラムでは、CCUS関連のプロジェクトも多数支援を受けており、セメント・コンクリート製造におけるCCSの活用や地中海海底におけるCCSプロジェクト、石灰製造由来CO2を活用したメタン製造プロジェクトと多岐に渡っている。

    Horizon Europe[x]
     Horizon EuropeはEUの主要な研究・イノベーションプログラムで、2021年から2027年の7年間で955億ユーロの予算が割り当てられており、気候変動対策には334億ユーロが供されている。CCUSとカーボンファーミングによるCO2吸収の強化保全における開発・実証が支援の対象に含まれている。

    ③ LIFE program[xi]
     LIFE programは、環境保護、自然保護、気候変動対策を支援するための資金調達プログラムである。4つに大別されるサブプログラムのうち「自然と生物多様性」というプログラムの中で、森林系や海洋系等のカーボンファーミングのCO2吸収の強化保全プロジェクトを支援している。

英国

 英国は2021年10月に発表したNet Zero Strategy[xii]において、気候中立達成のためにGreenhouse Gas Removal(GGR)が必要であるとしている。GGRには自然ベース(土地利用、土地利用変化及び林業部門等)と工学的手法の両方が必要で、工学的手法においては2030 年に500万tCO2/年、2050年には7,500~8,100万tCO2/年の除去が期待されると述べている。

 また、英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省は2023年12月20日、英国でのCCUSの拡大と、競争市場の確立に向けた「CCUSビジョン」[xiii]の策定を発表した。同ビジョンでは、英国におけるCCUSを2030年までに少なくとも2,000万tCO2/年に増強することと、2035年以降、英国に競争力のある自立したCCUS市場を創出することを目指すとしている。

  1. GGR methods and their potential UK deployment[xiv]
     GGR技術のコストやポテンシャル等について、既存の研究も元としつつ整理・分析のうえ、英国における8つの異なる普及シナリオを構築した。平均的シナリオにおいては、2050年に1億1,000 万tCO2/年の除去が必要であり、その内70%は工学的手法、30%は自然ベースの手法が占めるとしている。
  2. Business Models for Engineered GGRs, Power BECCS[xv]
     英国政府は2022年7月に、GGR導入拡大に向けて、炭素差額決済(CfD; Contract for Difference)による値差補填、政府調達、政府による余剰クレジット買取り等の手法を提示し、民間企業同士の契約に基づくビジネスモデルの構築や、その導入に当たって考慮すべき論点についてコンサルテーションを実施した。特にBECCSについては、電力と炭素除去それぞれに対する差額補填の仕組みを検討している。

引用

[i]https://baumconsult.co.jp/2022/12/21/%e8%8b%b1%e5%9b%bd%e3%81%af%e3%83%90%e3%82%a4%e3%82%aa%e7%94%b1%e6%9d%a5%e3%81%ae%e6%b0%b4%e7%b4%a0%e3%81%8b%e3%82%89co2%e3%82%92%e5%9b%9e%e5%8f%8e%e3%81%99%e3%82%8b%e6%8a%80%e8%a1%93%e3%81%a7/

[ii] https://www.icao.int/environmental-protection/GFAAF/Pages/Project.aspx?ProjectID=46

Power-to-Liquid(PtL)は、再生可能エネルギー源、水、二酸化炭素から燃料を生産する新しい代替方法です。

[iii] https://www.ipcc.ch/

[iv] https://cefic.org/a-solution-provider-for-sustainability/circular-carbon/

[v] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_24_588

[vi] https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/ae697359-d210-11ee-b9d9-01aa75ed71a1/language-en?WT.mc_id=Searchresult&WT.ria_c=37085&WT.ria_f=3608&WT.ria_ev=search&WT.URL=https%3A%2F%2Fenergy.ec.europa.eu%2F

[vii] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/carbon-capture-use-and-storage/overview_en

[viii] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_885

[ix] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/eu-funding-climate-action/innovation-fund_en

[x] https://research-and-innovation.ec.europa.eu/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en

[xi] https://cinea.ec.europa.eu/programmes/life_en

[xii] https://www.gov.uk/government/publications/net-zero-strategy

[xiii] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://assets.publishing.service.gov.uk/media/6594718a579941000d35a7bf/carbon-capture-usage-and-storage-vision-to-establish-a-competitive-market.pdf

[xiv] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://assets.publishing.service.gov.uk/media/616ff80ce90e07197b571c95/ggr-methods-potential-deployment.pdf

[xv] https://www.gov.uk/government/publications/greenhouse-gas-removals-ggr-business-model