ドイツでは企業流出を防ぐ措置として炭素リーケージリスクを支援へ

(文責:坂野 佑馬)    

 2023年8月11日、欧州委員会(EC)は、炭素リーケージリスク(エネルギー多消費型企業が排出規制の緩やかな国に生産拠点を移してしまうこと)を軽減するため、ドイツに対する65億ユーロの支援策を承認した※1。この支援は、ドイツの燃料排出権取引法(Brennstofthemissionshandelsgesetz – BEHG)※2で生じる2021年から2030年までの燃料価格上昇の一部を補填するものである。補償は、前年度にGHG排出量取引によって発生した追加費用の一部を還付することで対象企業へ付与され、最終的な支払いは2031年に行われることとなる。補償額の基準は受益者の排出強度に応じて、追加費用の65%-95% が支払われることとなる。企業が補償を受けるためには、エネルギー効率化目標もしくは生産プロセスの脱炭素化目標を設定し、目標達成へ向けた戦略を示すことが求められる。
 ドイツでは、EU-ETSの対象外である化石燃料の燃焼によるGHG排出に対しても取り締まる必要があるとし、2019年に燃料排出権取引法を採択し、輸送部門及び建築部門の排出権取引制度を導入していた。2021年1月1日から適用され、ドイツの気候変動目標の達成に寄与している。ドイツ政府は燃料排出権取引法によって、2025年に310万トン、2030年に770万トン、2035年に1,240万トンのCO₂を削減できると見込んでいる。以下に燃料排出量取引法の概要を示す。  

【ドイツの燃料排出権取引法(BEHG)の概要】

  • 対象となるGHG排出量
    • ガソリン、軽油、暖房用石油、天然ガス、石炭などの輸送および暖房用燃料由来の排出量
    • EU-ETSの対象となっていない建築物部門およびエネルギー・産業施設の暖房による排出量
    • 航空輸送を除く輸送機関の排出量
    • 燃料以外の排出物(例:農業におけるメタン)は対象外
    • 排出量取引の主体は排出者自身ではなく、燃料を流通させる企業や燃料の供給者
  • 排出枠の価格
    • 2021年の固定価格は、1 t-CO2あたり、25ユーロ (ガソリン1Lあたり約7ユーロ、軽油1Lあたり約8ユーロの値上げに相当)
    • 2022年:30ユーロ、2023年:35ユーロ、2024年:45ユーロ、2025年:55ユーロ、2026年:入札、価格帯は55〜65ユーロ、2027年以降:市場価格、あるいは価格帯を設定する(2025年に決定予定)

 他方で、欧州議会と欧州理事会は2023年5月10日、改正EU-ETS指令を 採択し 、 現行のETSの対象外であるガソリン車などの道路輸送と化石燃料を用いた暖房を利用する建物を主な対象として定める新たな排出量取引制度「ETS Ⅱ」※3を導入した。ETS Ⅱに基づく排出枠のオークションは2027年に開始される。ETS Ⅱでは、EU-ETSと同様に排出枠の発行量を毎年漸減させるが、排出枠の価格が1tあたり45ユーロを超える場合には追加枠を放出し、価格高騰を抑制する。EU加盟国の炭素税等がETS Ⅱと同等以上の水準の場合は、2030年までETS Ⅱは免除されることとなる。また、ETS Ⅱのオークション収入等を原資として「社会気候基金」が設置される。ETS Ⅱのコストは一般の人々が直面する燃料代に転嫁されるが、基金で燃料代高騰への支援や低炭素化の支援が行われることとなる。

 日本国内においても、GXリーグにおける活動の一環として、排出量取引「GX-ETS」※4の導入に向けた活動が活発化してきている。GXリーグは、「カーボンニュートラルへの移行に向けた挑戦を行い、国際ビジネスで勝てるような企業群が自ら以外のステークホルダーも含めた経済社会システム全体の変革(GX:グリーントランスフォーメーション)を牽引する枠組み」として、経済産業省が2023年4月から設置するイニシアチブである。GX-ETSは2023年4月から導入され、3つのフェーズに分けて展開が検討されている(図1)。  

図1.  GX-ETSの段階的発展のイメージ

出所:GXリーグ事務局「GX-ETSの概要」より引用

 日本国内における排出権取引制度の展開に先駆けて、欧州ではETSの実装及び支援策の検討が進められている。日本及び日本企業が関連する諸外国で炭素リーケージリスクが発生するかは未知数であるが、欧州における先端的な取組が適切に機能するかは注視しておく必要があるように思う。

引用

※1  https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_23_4105  

※2  https://www.dehst.de/SharedDocs/externe-links/DE/gesetze-verordnungen/BEHG.html  

※3  https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2022/12/18/fit-for-55-council-and-parliament-reach-provisional-deal-on-eu-emissions-trading-system-and-the-social-climate-fund/  

※4  chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/%E5%8F%82%E8%80%83%E8%B3%87%E6%96%992_GX-ETS%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf