ドイツの後追いでEU全体にデューデリジェンス指令(案)の網が架かる、然しながら既存の法律と義務との関連性に矛盾も
~欧州のみの対応ではなく日本企業も対象となる~
(文責:河北 浩一郎)
■EU:企業持続可能デューデリジェンス指令(案)
2022年2月23日、欧州委員会から、「企業持続可能デューデリジェンス指令(Directive on corporate sustainability due diligence)(案)※1」が公表された。デューデリジェンスとは、企業などに要求される当然に実施すべき注意義務および努力を指す。同指令の目的は、一定規模以上の企業の、グローバルチェーン全体における、持続可能で責任ある企業活動を促進させることであり、対象企業は、企業活動における人権や環境への悪影響を特定し、その予防、是正、並びに状況の公表までの義務を課されることになる。尚、違反した場合には、罰金、損害賠償等の法的措置を課せられることになる。
同指令の対象となる企業は、EU域内で設立された企業であり、以下の要件に該当する企業となる。
- 全世界における従業員数500人以上かつ年間売上高1億5,000万ユーロを超(約9,400社)える企業
- 全世界での年間売上高4,000万ユーロを超える企業、かつ、人権・環境の観点からハイリスクと指定された産業(繊維、農林水産、鉱業)における売上高が年間売上高の50%以上を占め、かつ従業員数が250人を超える企業(約3,400社)
他方、EU域外で設立された企業も対象となり、上記から従業員数の要件を除いた、売上高のみになる。尚、本指令は、自社のみではなく、子会社、バリューチェーン(直接的、間接的に確立されたビジネス関係)にも適用される。
また、本指令では、デューデリジェンスの対象地域を、グローバル全体としている。従い、企業の人権・環境対応を一層加速化させる可能性を有する法案と言える。
■ドイツ:サプライチェーンにおける企業デューデリジェンスに関する法律
さて、一年前に遡る。2021年6月11日、ドイツ連邦議会で、「サプライチェーンにおける企業デューデリジェンスに関する法律((Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz:LKSG)※2」が可決されている。この法律の施行は、2023年1月1日であり、施行当初の対象は、ドイツ国内に本拠地を有する従業員数3,000人以上の企業であるが、翌2024年には、1,000人以上の企業に引き下げられることとなっている。本法において、懸念されている事項は、児童労働、強制労働、差別、労働安全及び関連する健康被害、適正でない賃金の支払い及び、水質汚濁、土壌汚染等の環境問題である。
また本法では、人権侵害や環境汚染に関するリスク管理体制の確立と責任者の明確化、定期的なリスク分析の実施、リスクが顕在化された際の是正措置等の対応が求められることになる。尚、違反が発生し場合は、過料や公共調達への入札参加禁止等の行政処分が課される。
ここまで、EUにおける指令(案)及びドイツ国内法について、紹介してきたが、このデューデリジェンス義務の法制化を方向付けたものは、2011年に、国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(UN Guiding Principles on Business and Human Rights)」である。この指導原則は以下の構成からなっている。
- 人権を保護する国家の義務
- 人権を尊重する企業の責任
- 救済へのアクセス
この3つの指導原則の高い説得性及びその正当性が、各国の法規制に繋がっているのである。
然しながら、本来の法律順守とデューデリジェンスとの相関がどうなるのか筆者としては不明であり、加えて前述のとおり人権がクローズアップしたものとして認識すべきか迷うところである。実際、ドイツの各種業界団体では異論が噴出している。例を挙げると、ドイツ商工会議所(Deutscher Industrie-und Hadelskammertag:DIHK)の会長、ピーター・エイドリアンは、「ドイツ企業に膨大な労力と高コストに繋がる脅威を与える可能性があり、規制が求める効果は殆どない※3」と懸念を表明している。同様の懸念は、ドイツ化学工業会(Verband der Chemischen Industrie e.V:VCI)とドイツ化学使用者協会(Der Bundesarbeitgeberverband Chemie:BAVC)が連名にて、表明している※4。また、ドイツの国内法とEUの指令案においては、対象とする企業の要件等、整合性が伴っていない点があり、整合性の確保の為に、ドイツ国内法の改正も考えられる。
法の原則は、先述の通り、非常に高尚なものである。一方で、その対応が迫られる企業側の義務に関する意識の醸成が重要となるといえよう。日本企業にとってはこうした意識は希薄とも言えるかもしれないが、既にEUでは規制の枠組みがこのように出てきているのである。日本も対岸の火事では無い。日本企業もEUで売り上げが生み出される場合には対象となるのである。日本企業もグローバルな展開な中で高尚な意識の上で展開すること、規制に対応することが迫られている。
※1:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1145
※2:https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Gesetze/Wirtschaft/lieferkettensorgfaltspflichtengesetz.html