国境を跨ぐ水素プロジェクト
~水素社会実現に向けた、「地の利」を活かしたオランダとドイツの連携~
(文責:河北 浩一郎)
世界的に有名な製造業及びエネルギー企業のCEOらが発足した、グローバル・イニシアチブである水素協議会(Hydrogen Council)は、「水素経済を開放する鍵を握るのは国際協力」、との提言※1を表明している。
本稿では、その提言に沿うかに見える、ドイツ・オランダの国境を跨ぐ共同研究プロジェクトについて紹介する。ちなみに、本稿で以下に紹介する水素は、再生可能エネルギー由来の電気を利用して分解製造された「グリーン水素」利用を指す。
■HY3プロジェクト
HY3 プロジェクトとは、オランダ応用科学研究機構(Nederlandse Organisatie voor Toegepast Natuurwetenschappelijk Onderzoek:TNO)、ユーリッヒ研究所(Forschungszentrum Jülich:FZJ(ドイツ))及びドイツエネルギー機関(Deutsche Energie-Agentur GmbH:dena)の3社による、オランダとドイツNRW州の産業クラスターを結ぶ、国境を越えたグリーン水素バリューチェーンの実現可能性に関する共同研究である。オランダ、ドイツ政府、ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州(ドイツ)が同共同研究の委託元となる。
以下に、共同研究の結果の概要を示す。
①「水素需要予測」
オランダ、NRW州における、グリーン水素利用の最も有望な産業部門は、石油化学工業及び輸送部門であると示している。NRW州の、現在の水素需要量は年間17TWhから2050年には162TWh。オランダは同様に現在の年間41TWhから2050年には239TWhに達するとの予測を示した。
②「水素生産量及び輸入量」
北海立地の洋上風力発電によるグリーン水素の製造量は、2050年までに、オランダで、54~139TWh、ドイツで37~100TWhに達すると予測している。しかし、オランダとNRW州の水素需要を満たすためには、この量で足らず、輸入に頼る必要があり、輸入量は、2030年6~21TWhから2050年の162~310TWhに増加すると推定している。
③「インフラの整備:輸送」
2030年までの水素の輸送は、既存の5,000km以上に及ぶ天然ガスパイプラインの水素輸送への部分的転用により、可能となる。しかし、輸入の拡大が必要とされる2030年以降は、水素を輸入する港湾周辺で供給インフラのボトルネックが発生する可能性がある。
④「インフラの整備2:貯蔵」
オランダとドイツには、岩塩窟が多く存在し、岩塩窟における水素貯蔵設備の開発により、水素の供給システムとしての柔軟性が発揮できるようになる。その為には、2030年には、約250GWhの水素を貯蔵できる洞窟が、1~5カ所必要であり、2050年までには、49~57カ所が必要である。
尚、報告書の結びは、その為には、以下の施策が必要であるとしている。
- 二国間の共同イニシアチブを促進すること
- 二国間における、規制上の障壁を取り除くこと
- 二国間における、水素利用における共通のビジョンを開発すること
- 産業イノベーションに関する国境を越えた協力関係の更なる構築を図ること
- R&D分野における、二国間プロジェクトを確立すること
次に、ヨーロッパにおいて最も歴史が古く、かつ最大の内陸航路であるライン川にグルーン水素を導入することを目的としたプロジェクトを紹介する。
■RH2INEプロジェクト※3
図 RH2INEプロジェクトの展開立地
出典:地図はGoogle Map上に筆者が記載、上記図は“RH2INE
本プロジェクトは、オランダ政府の認可を受け、南ホラント州(オランダ)とNRW州の緊密な連携の元、17の公的機関及び民間企業が参画し、推進されている。プロジェクトでは、内陸で展開する輸送部門で水素を利用する為の水素インフラの開発を目指す。尚、プロジェクトの数値目標として、ロッテルダム港(オランダ)~ケルン(ドイツ)間において、2024年までに、少なくとも10艘の水素船舶を航行させ、3カ所の水素バンカリング施設の設置を掲げており、その候補地として、オランダのロッテルダム、アムステルダム、ドイツにおいて、デュイスブルク、デュッセルドルフ及びケルンを挙げている。
既に2020年から開始されている本プロジェクトでは、初期段階の研究結果より、今後のシナリオ及び課題を公表している。
- バンカリングについては、交換可能な圧縮水素(20MPa~50MPa)充填カードルをISOコンテナフレームに格納したデリバリーによる供給が最も現実的である。
- 内陸航路水素需要予測に基づく、コンテナの充填数は、2030年におけるロッテルダム地域で、一日最大148コンテナとなる。その為には、コンテナ交換が容易となる港湾内のスペース確保、十分な数の水素カードルの供給及び確保等が課題である。
- 現状、内航路における、水素使用及びバンカリングに関する規制が不足している。既存の規制・規格についても、ドイツとオランダにはギャップがあるため、新たな規制・規格を開発する必要がある。
今後、上記結果を踏まえ、プロジェクト全体の青写真を作成するフェーズに入る。尚、本プロジェクトは、EUの輸送、エネルギー、デジタル分野等において、欧州横断ネットワークの開発を支援する資金(EU Connecting Europe Facility :CEF※4)を受けている。
プロジェクトを支援する、NRW州経済・エネルギー省のアンドレアス・ピンクワート前大臣(2022年6月29日辞任)は、「水素技術の国境を越えた推進を支援出来ることに、非常に満足している。」と述べ、「未来の水素市場は、国際的につながっていなければならない。」と続け、国境を越えた水素市場拡大する為のプロジェクトの意義を強調している。
去る、2022年5月30日、ドイツ、デンマーク、オランダ、ベルギーの4か国が、北海における風力発電及び水素分野における、協力協定を締結した※5。本協定は、複数の加盟国をまたぐ洋上風力提携事業を共同で開発することを目的としている。各国の代表は、洋上風力による水素製造及び水素インフラの拡大において、各国間の提携を強化していく、と述べている。
本稿では、水素市場の拡大、並びに輸送部門における水素インフラ導入、を目的とした国境を跨ぐプロジェクトについて紹介した。今後も同種のプロジェクトが立ち上がっていくことが推察される。引き続き動向を見守りたい。
当然ながら、本報告以外にも、各国が策定した水素戦略に基づく水素関連プロジェクトは推進されており、その支援に各国とも積極的である。例えば、ドイツ政府は、昨年、国内の62件の水素関連プロジェクトに総額80億ユーロ以上を助成することを表明している。今後も水素社会実現に向けた各種プロジェクトが推進される。その詳細についても、当Newsletterにおいて、引き続き紹介していく。