欧州委員会が産業排出指令改正案(IED)を発表:汚染物質の排出規制強化と新技術の導入促進を目指す
(文責:青木 翔太)
2022年4月5日、欧州委員会(EC)は、硫黄酸化物、窒素酸化物、アンモニウム、粒子状物質、メタン、水銀、その他の重金属などの汚染物質の排出を規制する産業排出指令(Industrial Emissions Directive:略称 IED)の改正案を発表した。※1 2010年7月に施行されたIEDは、現時点において、EU内における発電所や廃棄物焼却場といった約3万カ所の大規模産業施設と約2万カ所の大規模畜産施設を規制対象としている。これらの対象施設は、汚染物質の環境への排出を最大限抑制する「利用可能な最善の技術(Best Available Technology:略称BAT)」を用いながら、排出基準値を遵守した事業の運営を行うことが求められている。
現行のIEDによって大規模産業施設と大規模畜産施設からの汚染物質の排出が抑制されてきたとECは見解を示している。一方で、規制対象となる全5万カ所以上の産業施設における温室効果ガス排出量や汚染物質排出量が、依然としてEUの総排出量の約半数を占めることから、ECはさらなる対策が必要であるとしている。例えば、汚染物質によって引き起こされる喘息、気管支炎、癌などの健康被害によって毎年数十億ユーロの医療費や数十万人の早世がEU内で確認されていることから、健康リスクへの対処が必要である。ECはIEDの改正を行うことで、気候中立に向けた環境対策だけでなく、人々の健康や生物多様性にも配慮していくことを目指している。
今回の改正案は、規制強化と対象拡大に加えて、新技術の導入促進と、その導入に対するインセンティブの付与などを目的としている。主な改正点を、以下に示す。
・EU加盟国の規制当局は、汚染物質排出許可を更新もしくは新たな要件を設定する際に、より厳格な汚染物質排出規制値の使用を義務づけることができる。
・金属、希土類元素、工業用鉱物の採掘産業施設及び電気自動車用バッテリーの大規模製造施設が新たに規制対象となる。また、養鶏・養豚場に加えて養牛場も含んだ150LSU(Livestock unit)※2以上の畜産施設も新たな規制対象となる。
・BATの採用に向けて、早期実用化が可能な新技術を特定及び評価する「産業変革と排出に関するイノベーションセンター(INCITE)」を設置する予定。事業者が新技術の試験を行う際には、IEDにおける一時的な例外措置を最長で2年間適用する。
一方、規制される側の欧州産業連盟はIED改正案に対し、「EU経済が困難な状況にある中での提案は、産業活動を不必要に複雑にする」と批判している。その上で、欧州産業連盟は事業許可の加速化と産業界の変革を促進しつつ、コスト面や規制といった事業者への負担を減らしていくべきだとして、改正案の大幅な見直しを求め、法案の審議プロセスを支援する意向を示した。※3これらの法案は今後、EU理事会と欧州議会で審議が進められる予定となる。今後の議論の過程で規制内容や基準等について何らかの変更が加えられるのか、欧州で製造業を展開している日本企業も汚染物質排出の動向を注視するべきである。
参考資料
※1 European Commission
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_2238
※2 家畜の飼養密度を表す指標として用いられる係数のこと。
・各タイプの動物の栄養または飼料要件に基づいて最初に確立された特定の係数であり、様々な種および年齢の家畜の集約を容易にする参照単位をLSUという。
・家畜単位(= 1 LSU)の計算に使用される基準単位は、追加の濃縮食品なしで、年間3,000 kgの牛乳を生産する1頭の成乳牛の放牧に相当する。
・LSUはウシ動物、ヤギ、ヒツジ、エクイダエ、ブタ、家禽、および雌の繁殖ウサギに対してのみ計算されるため、家畜の保有は家畜単位をゼロにすることができます。家畜の所有物でLSUのない保有物は、ミツバチの巣箱または他の分類されていない他の家畜を有する保有物である。
・参考:2歳以上の雄牛:1.0LSU、1歳以上2歳未満の牛:0.7LSU、体重50キログラム以上の繁殖雌豚:0.5LSU、体重20キログラム未満の子豚:0.027LSU、他の豚:0.3LSU、産卵鶏:0.014LSUなどとなっている。
※3 欧州産業連盟