(文責: 青野 雅和)
弊社では脱炭素化に関する情報提供を数多く投稿させていただいているが、水に関する情報提供は少ないと感じている。本稿では、脱炭素化の影響として地表水(河川水や地下水)が減少していることの影響を農業と水利用の製造業の在り方に焦点を当て、関連する事例を紹介したい。
■気候変動の影響を受け減少している水への取り組みをそろそろ実施すべきでは?
CO2の排出に関する企業の取り組みはカーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products : CFP)として、広く周知され、製品の製造単位に排出される二酸化炭素の量として、企業の脱炭素化の取り組みの成果として、企業プロモーションや製品の競争力の指標としても利用されている。
では、企業が排出するのは二酸化炭素だけなのであろうか?水は同様に企業が配慮すべき事項なのではないのであろうか?もちろん、あらゆる環境負荷に対して企業は配慮せねばならいはずなのであるが、地下水(日本は86億㎡/令和2年)が豊富と思われる我が日本では、水は無尽蔵に消費できる感覚があり、企業が水をどれだけ消費しているかの努力を示すことはあまり見受けられないのが現状だ。
■Water Footprint:WFという指標
水に関する企業(活動)の取り組みを示す指標には「Water Footprint:WF」という指標がある。平たく説明すると、「製品(食料や衣服)の製造に、どれだけ水が、どのように使われたか(蒸発や汚染を含む)」を示す指標である。
表 Water Footprintの3つの分類

作成:BCJ
Water Footprintは環境省からガイドライン[i]が公表されており、企業が水をどれだけ利用しているのかを算出する手法が説明されている。ただ二酸化炭素と水への取り組みにおける企業の印象の違いがある。
二酸化炭素排出は直接的な実感を伴わず、水は目に見えて直接的な実感や量が理解できることから、企業としては水の利用量を示したくないという意識が見て取れる。二酸化炭素も現状の使用量を把握し、後に削減の努力をする。水も同じプロセスを踏むだけなのであるが、二酸化炭素の見える化はしても、水の利用量の見える化は企業にとってデメリットという論理なのである。同じ取り組みなので、水に関してもWater Footprintの算出を行い、製品に何某かのラベル表示をすれば、企業の透明性も担保され社会的認知も高くなるはずなのに、である。
Water Footprintの算出を行っている企業は本当にわずかであり、日本ではなかなかWater Footprintを推進する機運が広まらない。ちなみにWater Footprint はISO 14046に制定されているが、温対法などの法律での義務的な事象は無く、あくまでボランタリーな対応となっている。
では、一体どのような状況になれば、積極的な行動となるのか?一つの答えとしては、気候変動対応における水の枯渇(するであろう?)への対応である。
■農業への地表水利用が頻繁に制限される時代が来る
世界においては、水が枯渇している地域もあり、また国境を跨ぎ河川が流れていることから水を巡る紛争が起きている地域(下記図)や、干ばつにより水供給を禁止している地域も存在している。
図 世界の水を巡る紛争

出典:プラン・インターナショナル
甚大な干ばつはアメリカでも起きている。アメリカ政府農業省の気候変動ハブ(Climate Hubs)によると、アラスカは1971年以降、平均年間気温の上昇はアラスカ南東部中央部の2.2度から北部地域の6.0°度までの範囲に及んでおり(下記図)、1950年から2017年までの期間、アラスカの年間平均温暖化の75%は温室効果ガスの排出によるとのこと。また、降雪から降水に変わり、2016年10月から2019年12月まで極度の干ばつを生じており、太平洋サケの広範な死亡を引き起こし、商業漁業に影響を与えたと記している。[ii]
図 アラスカにおける過去 50 年間の年間平均気温の変化。

出典:アラスカ気候評価政策センター
こうした高温の影響を受け、既存の砂丘が拡大している現象も見られる。高温による影響で凍土が解け、その水が水蒸気量となり大気へ放出。しかし、アラスカは乾燥地帯なので雨が降らず、保水力の低い凍土の下の土壌から水が抜けたりして、徐々に乾燥、風化し砂丘が拡大するのである。
下記の写真は、ノガハバラ砂丘が湖に流れ込む様子を示したものである。アラスカ大学地球物理学研究所のネッド・ロゼル氏によれば、砂丘の砂は何千年も前に氷河によって砕かれた砂粒の塊[iii]で、毎年数フィート南に移動するとのこと。
写真:アラスカ ハスリア村の西25マイルにあるノガハバラ砂丘が湖に流れ込む様子

出典:アラスカ大学地球物理学研究所 写真はネッド・ロゼル氏撮影
また、カリフォルニア州では、干ばつが発生し、2022年には住民や事業者に対して節水義務化が求められた事例がある。気候変動による気温の上昇やシエラ・ネバダ山脈の雪渓の減少によって、地中に吸収される水や川や貯水池へと流れ込む水量が少なくなっていることが問題となっていた。同州の水資源管理局は改善の兆候がみえない状況下、干ばつに対応するため、一部の農地所有者や地方水道局などに対し、同州のサクラメント・サンホアキンデルタ河川流域からの引水を禁止する命令を出した。この措置により、流域の農業は現在では方向転換を求められる事態となっている。
乾燥に強い植物や在来植物の植栽や、継続的な地域農業と協調を考慮する状況となり、一部の農家はすでに干ばつに強いオリーブに将来の作物として賭けている。また、土地政策に関する研究所[iv]などでは、水に強い農業(水耐性農業:water-resilient agriculture)を検討している。
■農業への戦略的な水利用を提唱するEU 気候変動に適応する農業へ
また、EUでは、9月4日に「EU農業の将来に関する戦略的対話[v]」としてピーター・シュトロシュナイダー教授がフォンデアライエン委員長に手渡した「欧州の農業と食料に関する共通の展望」と題された報告書で、農業・食料部門における課題と機会の徹底的な評価を提示している。この報告書は、持続可能な農業慣行が水の使用、資源の効率、品質に直接影響を与えることを認識している。
その報告書の概要は14項にわたり記載されているが、10項目に「 農地をよりよく保全・管理し、水に強い農業を推進し、革新的な植物育種アプローチを開発するためのさらなる行動」と記載れており、水に強い農業を推進し、革新的な植物育種アプローチを開発するためのさらなる行動が必要と記載されている。これは、欧州の気候変動対策としての記述ではなく、気候変動適応を実施すべきとの論調であり、「新たな「欧州農地観測所」(European Observatory for Agricultural Land)を立ち上げ、気候や環境の変化に対する農業の適応を促進し、水に強く資源集約的でない農業への投資と実践を促進するための行動も必要である。ますます厳しくなる気候条件のもとでも収量を維持できるよう、植物育種のイノベーションを支援する包括的で持続可能性を重視したシステムを開発する必要がある。」と綴っている。
「厳しい地球(生活)環境となることが、目の前に存在するから、いち早く適応すべき」との意見をEUに提言しているのである。特に少ない水で成育する農作物を成育する「水に強い農業」を述べている点は、干ばつを視野に入れていると考えて差支えない。
■地下水が減少している日本では徐々に深刻化。いつ対策を講じるのだろうか。
国土交通省による地盤沈下の現状を紐解くと、地下水の過剰採取による地盤沈下については、関東平野南部では明治中期(1890 年代前半)から、大阪平野でも昭和初期(1930 年代中頃)から認められ、さらに、昭和30 年(1955 年)以降は全国各地に拡大した。地盤沈下は、地下水の採取規制や表流水への水源転換などの措置を講じることによって、近年沈静化の傾向にあるとされている[vi]。
図 代表的地域の地盤沈下の経年変化

出典:「 平成29年度 全国の地盤沈下地域の概況」環境省)
環境省令和3年度の全国の地盤沈下地域の概況

出典:「 平成29年度 全国の地盤沈下地域の概況」環境省
長野県安曇野市でも地下水が減少していることが令和2年の調査で判明している。昭和61年からの34年間で約1憶1千万トンの地下水が減少しており、毎年344万トンが減少している計算であり、令和3年にはワサビ田で池の底が現れる現象を確認しており、目に見える現象も発生している[vii]。この理由としては、コンクリートやアスファルトが増加していることから地面への水の浸透の阻害や、生活用水としての地下水の汲み上げが原因ではと推察している。
一方、気候変動による影響はどうであろうか。日本でも例えばUNESCOのジオパークに採択された「白山」では最近降雪が少なく[viii]なっており、手取川扇状地の地下水位は低下傾向にあると指摘されている[ix]。気象庁 気象研究所 応用気象研究部の川瀬氏による論文[x]では、「東日本や西日本の日本海側で積雪の減少率が大きく、10年間に 10%から12%程度の割合で積雪が減少してきている。」と述べられており、日本海側の山を起因とする河川や伏流水は減少していく可能性も示唆される。
日本では伏流水を利用する食品加工産業も数多く存在することから、水の有効利用を企業行動の一つとして受け止め、製品の差別化に繋げると消費者の購買意識に繋がることも検討すべきである。特に欧州に輸出する食品加工企業は考慮が必要であろう。
見える化が難しく賦存量の算定が難しい地下水が枯渇し、生活用水(29憶㎥)工業(27.8憶㎥)、農業(28.7憶㎥[xi])、が河川水利用にシフトし、次に河川水が干ばつすることで、生活用水、工業、農業への利用抑制が働くというプロセスになるのであろう。前述のカルフォルニアの事例は良い教訓であり、法令で引水を禁止することに至った。日本でこのような事態に突然直面することは無いであろうが、徐々に事態が深刻化していくことは推察に難くない。
引用
[i] https://www.env.go.jp/water/wfp/index.html
[ii] https://www.climatehubs.usda.gov/hubs/northwest/topic/alaska-and-changing-climate#:~:text=Increases%20in%20average%20annual%20temperatures,attributed%20to%20greenhouse%20gas%20emissions.
[iii] https://www.gi.alaska.edu/alaska-science-forum/sand-dunes-unique-alaska-landscape
[iv] https://www.lincolninst.edu/publications/other/water-resilient-agriculture/
[v] https://agriculture.ec.europa.eu/common-agricultural-policy/cap-overview/main-initiatives-strategic-dialogue-future-eu-agriculture_en
[vi] https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk1_000063.html
[vii] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.city.azumino.nagano.jp/uploaded/attachment/48031.pdf
[viii] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.city.hakusan.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/793/ondankakeikaku2ki.pdf の10頁に記載
[ix] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/mb2_jigyo/river/plan/commit2/com2_04.pdf
[x] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.metsoc.jp/default/wp-content/uploads/2020/08/SS2019_05.pdf
[xi] 全て国土交通省HPより引用先参照https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk1_000062.html