(文責: 青野 雅和)

 国際エネルギー機関 (IEA) はセメントを温室効果ガスの排出量に応じて評価するシステムを開発した。このシステムは、ドイツでの実施に向けてさらに具体化され、セメントのCo2ラベル「CCC(Cement Carbon Class) label」を定義し、セメント各社に向けた導入を試みている。この公表から察するに、ドイツでは今後「CCC ラベル」でセメントを評価していくこととなるであろう。このような評価基準を設けることで、ドイツのセメントは脱炭素化レベルを向上させることに繋がる可能性がある。また、EUでCBAMの本格施行が実施される2026年1月1日以降はセメント市場での競争力を持つこととなるかもしれない。国際競争力の一端を垣間見る情報として、本稿ではドイツのセメントの脱炭素化の動向を以下に紹介する。

■ ドイツにおけるセメント業界の脱炭素化の2つのシナリオとCCUSの重要性

 ドイツセメント工場協会(VDZ:Verein Deutscher Zementwerke e.V.)[i]発行による「Decarbonising Cement and Concrete: A CO2 Roadmap for the German cement industry[ii]によれば、2050年に向けたセメントとコンクリート業界の脱炭素化シナリオを2つ用意している。一つ目は、「野心的な参照シナリオ」であり、もう一つは「気候ニュートラルシナリオ」である。

  1. 「野心的な参照シナリオ」

 このシナリオは基本的に現在利用可能なCO2削減技術の展開を強化するものであり、既に非常に厳しい想定に基づいていると表現されている。

図1:「野心的な参照シナリオ」による2050年の目標値

出典:VDZ

 このシナリオでは、クリンカー含有量を50~65%とする新しいセメントの開発やコンクリート建築工法の進歩等を推進するものとなっており、CCUSは利用しない形となっている。

  1. 気候ニュートラルシナリオ

 野心的な基準シナリオよりもさらに踏み込んだものであり、画期的な技術の追加利用を利用した場合としている。具体的には、クリンカ含有率35~50%のCEM VIセメント、新しい結合材、エネルギー源としての水素の利用、CCUSが含まれる。CCUSの利用は、従来の手段では削減できないCO2の量に限定される。

図2:「気候ニュートラルシナリオ」による2050年の目標値

出典:VDZ

 VDZは、ドイツにおいてはCCUSと機能的なCO2インフラの構築が重要であると表現している。セメントの製造プロセスでCO2を削減できる方法が他に見つからない可能性が高く、その際にCCUSの技術が非常に重要であるという文脈である。
 ちなみに、日本のセメント協会の2023年公表によるCO2削減目標[iii]は、「2030年度において、総CO2排出量を2013年度実績より15%削減」となっている。

■ ドイツではセメント製品に対しIEA定義の評価基準を導入へ

 さて、IEAは図3に示すように、セメント製品のCO₂ 排出量に応じて市場のセメント製品を6クラスに分類し、CO₂ 排出量が 100 kg/t セメント未満を「NZ:ニアゼロ」と示し、認証を与えることを提案している。

図3  IEA定義のCement Carbon Class

出典:IEA

 上述IEAのクラスを用いてドイツのVDZがボランタリーラベル 「CCC ラベル」を作成。そして、認証機関においてCement Carbon Classを認証。ラベルは認証を取得したメーカーで利用できると説明。VDZは製造時に発生する温室効果ガスの排出量に応じて「Cement Carbon Class:CC」で分類していく可能性があるとのこと。下記図4にVDZによるCement Carbon Classの表示例を示す。

図4 Cement Carbon Classのドイツにおける表示例

出典:VDZ

■ クリンカ/セメント係数(クリンカ比率)によるCo2の排出量の比較

 現在市場で販売されているセメントは、そのほとんどがコンクリートとして使われている。大別して「ポルトランドセメント」「混合セメント」「特殊セメント」の3つに分けられており、ここで脱炭素化の対象となっているのが「ポルトランドセメント(以下セメント)」である。セメントは「石膏」と石灰石と粘土を混ぜて焼いた「クリンカ」で構成されており、クリンカの焼成に多くのエネルギーを消費している。セメントにおける脱炭素化はこの「製造プロセス」に対し効率化が求められていることとなる。
 なお、日本ではセメントを構成するクリンカ比率は現状0.85でセメント当たりのCO2排出量;713kg Co2/t-CEM)である。ドイツは0.7と低い数値となっており、セメント当たりのCO2排出量は585kg Co2/t-CEMであることから、日本はドイツと比較すると高い数値となっている。
 ドイツのクリンカ比率に応じたCement Carbon ClassとCO₂ 排出量の相関を図5に示す。尚、クラスEに該当するセメントはドイツの平均値を超えるため、脱炭素化を推進していると評価されることが無いことから、ドイツではクラスEのセメント認証は計画されていない。

図5 ドイツのクリンカ比率とCement Carbon Classの相関

出典:VDZ

 ⼀般社団法⼈ セメント協会では現行の普通ポルトランドセメントと比較してクリンカを5%低減した試験セメントの強度を検証したところ、現行と遜色なく強度を得ているとの実験を行っている[iv]
 ちなみに、図5の数値に現行の日本のセメントを割り当てると、クリンカ比率は現状0.85でセメント当たりのCO2排出量;713kg Co2/t-CEMであることから、クラスEを超える状況となってしまう。2022年の一般社団法人日本セメント協会発行の「The Cemen industry in Japan」によれば、日本ではセメントクリンカー比率を0.825/2030年の目標から0.8/2050に引き下げるとしているが、果たしてIEAのクラスに適合できるだろうか。

■ 日本におけるCement Carbon Classの影響

 日本のEUへのセメント輸出量を表6[v]に示す。日本から海外へのセメントの輸出先として最も多いのはシンガポールであり、EUへの輸出はされていない。このような状況を鑑みると、CBAMの実施(2026年1月1日)が本格化するEUの影響は直接的に受けることは想定されないだろう。

表6 日本のセメントの輸出先と輸出量(百万t)

出典:日本セメント協会

 一方、輸入量で最も多い(金額ベース)のは中国であるが、次いでフランス、韓国、タイ、オランダ、スペインの順となっている。EUのセメント品質がどのように変化するかは未知数であるが、フランスのクリンカ比率は0.764[vi]であること、またプロセス由来のCO2排出量が低いことから、CBAMによるEUのセメントの品質がさらに上昇し、輸入品となって日本市場に流れることで、日本のセメント市場由来のCO2排出量が若干減少傾向に進む可能性もある。
 なお、前述のようにCement Carbon Classの導入はドイツで進むだろうが、ドイツはEUに先んじて環境政策を具現化している。可能性としてであるが、EUがCBAM導入を見越しCement Carbon Classを導入する可能性もある。となると、EUのセメント製品は日本と比較して脱炭素化が数段上のセメント製品となる。
 日本におけるセメント業界の脱炭素量は減少するであろうが、これは結果的にEUのCBAMの恩恵を受けることとなる。なので、この恩恵はセメント業界にとって、あまり良い結果とはならないのではないか。どの業界も脱炭素化を進める必要にあることから、建設業界も脱炭素化原料を望んでいるはずである。日本の建設業界がEU産の脱炭素セメントを望む声に変わることとなると、日本産のセメント製品の国内流通が減少することに繋がるわけである。この道理は一つの思考チャネルであるわけであるが、セメント製品の脱炭素化が進まないと、日本経済にとってあまり良い結果とならないのではなかろうか。

引用

[i] https://www.vdz-online.de/en

[ii] https://www.vdz-online.de/en/knowledge-base/publications/decarbonising-cement-and-concrete-a-co2-roadmap-for-the-german-cement-industry

[iii] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/seishi_wg/pdf/2023_001_05_02.pdf

[iv] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jcassoc.or.jp/cement/4pdf/231026_04.pdf

[v] https://www.jcassoc.or.jp/cement/2eng/e_02g.html

[vi] chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2022FY/000641.pdf