ドイツは「水素輸入戦略」を決定 欧州各地や港湾からドイツに至る水素パイプラインを敷設する
(文責:坂野 佑馬)
2024年7月24日、ドイツ政府は水素と水素誘導体(アンモニア、メタノール、ナフサ、e-fuel等)の輸入戦略を正式に決定した。[i]ドイツ連邦経済・気候保護省(BMWK)のプレスリリースによれば、ドイツ政府はドイツ国内における2030年の水素と水素誘導体の国内需要を95~130TWhと想定しており、その内の約50~70%(45~90TWh)は海外から輸入しなければならなくなる可能性が高いと試算している。
ドイツ政府は2020年6月に国家水素戦略(NWS2020)を策定し、2023年7月に改定(NSW2023 )[ii]を行っている。NSW2023では、2030年までにドイツ政府が達成すべき多くの目標を定めており、これには、国内のグリーン水素生産能力を5GWから10GWに倍増させること、水素インフラを拡大すること、国内外で水素市場を繁栄させる条件を整えることなどが含まれる。その一部として、国外からの水素輸入に関する方針が示されており、今回決定した「水素輸入戦略」はNSW2023を補完するものとなっている。「水素輸入戦略」では、パイプラインと船舶輸送の輸入インフラ整備の道筋を示しており、特に水素誘導体については、船舶、鉄道、道路による輸送が重要であるとしている。ドイツ政府は、様々な国、地域、プレーヤーと多くのパートナーシップを結び、供給源の多様化を目指していく方針であることが伺える。
さて、本稿ではドイツの水素輸入戦略における輸送インフラ構築に関連した施策について説明させていただく。
まず、ドイツは水素輸送用のパイプラインネットワークの建設を進めている。2024年7月22日にドイツ国内の送電系統運用者(TSO; Transmission System Operators)は将来の水素ネットワーク事業者として、約9,666 km の「水素コアネットワーク」を建設するための共同申請書を連邦ネットワーク庁(The Bundesnetzagentur (Federal Network Agency) for Electricity, Gas, Telecommunications, Post and Railway:BNetzA[iii])に提出した。[iv]水素コアネットワークは2025年から2032年までの間に建設される予定であり、図1のように水素の生産、消費、貯蔵、輸入の各拠点を結ぶことになる。また、このパイプラインは、60%が改造されたLNGパイプライン、40%が新設される水素パイプラインで構成される。今後2ヶ月の間に、BNetzAは申請を審査し、公開協議し、承認する予定となっている。
図1. 2024年7月時点での水素コアネットワークの開発計画図
出所:FNB Gas e.V.より引用しBCJ翻訳
加えて、ドイツ国外で開発されている国家間横断の水素パイプラインとの連携に関しても目標が設定されている。図2を参照してもらいたい。現在では、少なくとも北海地域、バルト海地域、南西ヨーロッパ、南ヨーロッパの4地域からの水素輸入回廊(パイプラインのネットワーク)が形成されつつある。
北海地域からの水素輸入に関しては、北海に立地する洋上風力発電を原資としたグリーン水素の輸入を拡大させる狙いがある。最初に建設される国家間横断の水素パイプラインは、ドイツ―デンマーク間のパイプラインであり、現在では、2025年における最終投資決定と2028年末の運転開始へ向けた法的枠組みの整備が進行中だ。ドイツ政府としては、同プロジェクトを迅速に成功させることで他のプロジェクトの弾みとなることを期待している。
また、ドイツ―ノルウェー間におけるパイプラインは共同事業化調査が行われている。デンマークと同様に最終投資決定に向けた法的枠組みの検討を進めており、2030年の稼働を目標とする。
オランダとベルギーからは、両国港湾に船舶で荷揚げされた水素をドイツへ供給するために港湾のインフラとの接続が重要となる。2032年までにドイツ―オランダ間にて4本、ドイツ―ベルギー間にて1本の水素輸入パイプラインの接続を計画している。
バルト海地域は、陸上・洋上風力発電のポテンシャルが高く、また水素貯蔵の可能性も高いため、ドイツの水素輸入計画の中でも重要な役割を果たすと期待されている。現在、2つのパイプライン建設プロジェクトが進行しており、1つはバルト海を通る海底パイプラインプロジェクト「BHC;Baltic Sea Hydrogen Collector」で、もう1つはバルト三国およびポーランドを通る陸上パイプラインプロジェクトの「北欧・バルト海沿岸水素回廊(BalticSeaH2)」である。
イベリア半島は、太陽光と風力のポテンシャルが高いという特徴があり、南西ヨーロッパからは、スペイン、ポルトガル、モロッコ、フランスを経由してドイツに水素を供給することを想定している。その他、北アフリカ、ポルトガル、スペインで生産されたグリーン水素をフランスに輸送するためのバルセロナ・マルセイユ間をつなぐ455kmの海底パイプライン「BarMar/H2Med」の計画や、マルセイユからドイツ国境までのパイプラインを建造する計画である「Hy-FEN」がある。
南ヨーロッパからの水素輸入は、アルジェリア、チュニジア、イタリア、オーストリア、スイスとドイツを結ぶパイプラインを建設することによって達成され、主にLNGパイプラインを転換することで実現される計画だ。ドイツ、イタリア、オーストリアは3カ国合同のワーキンググループで協力し、欧州委員会、チュニジア、アルジェリアと緊密に連携を図っている。
図2. 欧州の水素輸入回廊の概略図
(実線は現在の計画状況、破線は将来の拡大段階を示す)
出所:ドイツ水素輸入計画より引用しBCJ翻訳
船舶による水素誘導体の輸入を可能にするためには、ドイツの港湾を改造して大量の水素誘導体を取り扱えるようにしなければならない。まず、現段階で実施されている施策としては、陸上LNG基地をLNG加速法(LNG Beschleunigungsgesetz)に従って設計し、LNG利用後に水素誘導体の陸揚げにも活用できるようにしている。
大規模なアンモニア輸入設備の利用は、2040年代初頭まで期待されていないが、陸上のアンモニア・ターミナルに加え、ドイツの港でアンモニアを再ガス化するための浮体式貯蔵再ガス化設備(FSRU)を設置する可能性も検討されている。今後の技術開発の進捗によって大幅な方向転換の可能性も示唆されている。
ドイツにおいては、将来的な国内の水素需要を見越して水素輸入の土台作りに取り組んでいる。島国である日本と、陸続きの国も多いドイツでは水素輸入における重要施策も異なるが、このように港湾による水素の荷揚げとパイプラインの利用を進めるドイツからはベンチマーク可能なノウハウもあるのではなかろうか。日本においては5月に水素社会推進法が交付されたが、国内各地の水素のデリバリー方法は、ドイツの知見は確認の価値があると考える。
引用
[i] https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2024/07/20240724-importstrategie-wasserstoff.html
[ii] https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Hydrogen/Dossiers/national-hydrogen-strategy.html
[iii] https://www.bmwk.de/Redaktion/EN/Artikel/Ministry/bundesnetzagentur-bnetza.html
[iv] https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/DE/2024/20240723_Wasserstoff.html