(文責:坂野 佑馬)
弊社では、度々CCU(Carbon Capture and Utilization)技術に関連した海外の動向について情報発信をさせていただいている。CCU技術とは、大気中や産業排出ガスから二酸化炭素(CO₂)を回収し、これを有用な資源として再利用する技術のことを指す。単なるCO₂の排出削減に留まらず、CO₂を価値ある製品へと転換することで、持続可能な社会の実現に寄与すると期待されている。
欧州では、2010年前後からCCU技術を含むCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)技術の可能性に注目し、政策検討が行われてきた。特に、ドイツにおいて2012年にCCS法(KSpG)[i]が施行され、ドイツ国内におけるCCS(Carbon Capture and Storage)の法的枠組みが整備されたことに注目頂きたい。2015年のパリ協定を経て、世界的にカーボンニュートラルやネットゼロ達成に向けた取り組みが加速する中で、欧州ではCCUS技術を脱炭素化の中心的技術として位置づけ、普及を促進するための政策や戦略が次々に発表されている(図1を参照)こともCCS法施行の背景の一因であろう。本稿では、EUおよびドイツで実施・検討されているCCU技術の支援政策を紹介し、CCU市場の展望を考察する。
図1. EUおよびドイツにおけるCCU関連政策・方針

出所: BCJにて作成
- CCU技術の普及と市場形成を推進する非営利団体「 CO₂ Value Europe」[ii]
CO₂ Value Europeとは欧州を拠点とするNPOであり、CCUの普及推進をミッションとして活動を展開している。同組織は、地球温暖化対策や持続可能な経済発展を目指し、世界中の様々なセクター(産業、新興企業、大学、研究・技術機関、地域クラスターを含む)から100以上の組織が集結している。
主な活動
- 技術開発とイノベーション支援:最新のCCU技術の研究開発を支援し、スタートアップ企業や研究機関と協力して新しいソリューションの実用化を促進している。
- 教育と啓発活動: 一般市民や企業向けに、CO₂の有効活用に関するセミナーやワークショップを開催し、知識の普及と意識向上を図っている。
- 政策提言: 政府や自治体に対して、CCU技術の導入を促進するための政策提言を行っている。具体的には、税制優遇や補助金制度の整備、規制緩和など、技術の普及を支える環境整備を提案している。
- プロジェクトマネジメントとパートナーシップ構築: 欧州各地で実施されるCCU関連プロジェクトのマネジメントを支援し、異なるステークホルダー間の連携を促進している。また、国際的なパートナーシップを築き、グローバルな視点での技術共有と協力体制の強化を図っている。
- 燃料供給事業者に対するRFNBO(Renewable Fuels of Non-Biological Origin)およびSAF(Sustainable Aviation Fuel)の使用義務化の段階的な適用
CCU技術は、RFNBOと密接に関連している。EUのREDⅢ(Renewable Energy Directive Ⅲ)[iii]において、RFNBOはグリーン水素と合成燃料であると定義されているが、回収したCO₂をフィッシャー・トロプシュ合成(一酸化炭素と水素の合成ガスから液体燃料を合成する触媒反応)することで合成燃料を製造することが可能である。EUにおいてはこのRFNBOの導入義務化を推進することで間接的にCCU技術の成熟を図ろうとしている。
EUはREDⅢを通じて再生可能エネルギーの使用を促進し、特に輸送部門におけるRFNBOの使用義務を強化している。2030年までに、輸送セクター全体でRFNBOの使用割合を大幅に引き上げることが求められ、これにより化石燃料依存からの脱却が図られる。
なお、海運業界のGHG排出削減を目的とした政策であるFuelEU Maritime[iv]では、2025年から事業者に対してRFNBOを使用する義務が課せられている。2030年には使用割合がさらに増加し、海運業界における脱炭素化が加速することになるであろう。
航空業界ではRefuelEU Aviation[v]によって、EU域内の空港に航空燃料を供給する事業者は、供給する燃料全体に占める持続可能な航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)の割合を2025年までに2%、2030年までに6%、2035年までに20%、2040年までに34%、2045年までに42%、2050年までに70%にすることが義務付けられる。SAFの製造プロセスはASTMのSAFの規格(ASTM D7566)中で複数定義されているが、フィッシャー・トロプシュ合成を活用して製造するプロセスも認められている。
- EUおよびドイツにおける「炭素管理戦略(Carbon Management Strategy)」
EUおよびドイツでは、CCUS技術の先進的かつ包括的な展開戦略として炭素管理戦略を発表・検討している。
EUにおける炭素管理戦略(産業炭素管理戦略;Industrial Carbon Management Strategy)[vi]は、2024年3月に発表された。同戦略は、「①炭素価格メカニズムの確立」、「②CCUS技術のイノベーション支援」、そして「③信頼性ある炭素除去認証を通じた付加価値創出」の三つの柱で構成されている。
同戦略では、まず、EU-ETSの強化とCBAMの導入により、温室効果ガスの排出に対する炭素価格を国際基準で明確にし、EU内産業の脱炭素化を促進する。次に、Horizon EuropeやInnovation Fundといったインセンティブ制度を活用して、CCUS技術の研究開発や実証プロジェクトを支援し、特に化学、セメント、鉄鋼といった脱炭素化が難しい産業の競争力を高める。最後に、2024年11月に承認された炭素除去認証枠組み(Carbon Removal Certification Framework[vii])では、炭素除去の基準を統一し、CCU製品の信頼性と市場価値を向上させることで、炭素除去クレジット市場やグリーン調達を通じた製品の差別化を図る道筋となっている。この戦略全体を通じて、EUは産業の脱炭素化と持続可能な経済成長を同時に推進し、グローバルな環境保護にも大きく貢献することを目指すとしている。
ドイツでは2024年9月11日に炭素管理戦略(CMS:Carbon Management Strategie der Bundesregierung[viii])のドラフトが公表されている。CMS草案では、ドイツにおけるCO2の回収、CO2輸送、CO2貯蔵(CCS)および利用(CCU)のための技術を、特に回避が困難または不可能な排出に関して利用するための枠組みを構築することを目的としている。
ドイツ政府は、化学産業の将来の炭素需要を持続的に賄うためには、CCU製品や原材料の輸入に関する詳細な検討が必要であると考えている。例えば、輸入されるCCU製品の持続可能性基準の開発や、化石炭素源の段階的廃止に向けたインセンティブ構造の構築、さらには資金調達制度の整備が挙げられる。CO₂を産業資源として認めるためには、個別の審査・承認が求められるため、2025年までにドイツの循環経済法(KrWG)に基づき、CO₂の産業資源としての位置づけにの検討を進める予定だ。
また、2026年に予定されているEU-ETS指令の見直しにおいて、欧州委員会は第12条(3b)の制限を超えて、EU-ETSにおける製品製造にCCU技術を適用する方法について検討を行う予定である。加えて、ドイツ政府は、異なる起源のCO₂が混合されている場合に、生物起源、化石起源、大気起源のCO₂を区別するための排出源保証システムの開発に取り組んでおり、2026年までにその手順の大枠が整備される見込みである。
- CCU製造(燃料・化学製品)における再生可能エネルギーの積極活用
EUおよびドイツの政策の中では、CCU製品に関して再生可能エネルギー(グリーン水素含む)の活用を促す意図が見て取れる。
EUの水素戦略では、「Power to X」や「e-fuel製造」など、再生可能エネルギー由来のグリーン水素を活用するアプローチの有用性が示されている。前述のREDⅢにおいては、RFNBOの利用が産業セクターや輸送セクターで義務付けられている。特に、RFNBOはライフサイクル全体で従来の化石燃料と比較して70%以上のCO₂排出削減を満たす必要があるとされており、持続可能性基準を確保した燃料の供給が求められている。
ドイツにおいても、国家水素戦略においてグリーン水素の活用を推進し、「Power to X」や「e-fuel製造」の具体的なアプローチが示唆されている。また、炭素管理戦略草案では、CCU製品の持続可能性基準に関する検討が進められており、インセンティブ制度の中でCCU製品のカーボンフットプリント(CFP)が資金調達の前提条件とされるべきであること、さらには製造プロセスにおいて最大限の再生可能エネルギーの使用を求めるべきであると明記されている。
これらの方針は、CCU製品の製造過程が持続可能な方法で行われることを目指している。特に、グリーン水素や再生可能エネルギーの活用は、化学製品のカーボンフットプリントを大幅に削減し、化石燃料への依存を低減する鍵となる。EUとドイツが進めるこれらの政策は、今後のCCU製品市場の発展に大きく寄与すると期待される。脱炭素社会の実現に向け、こうした再生可能資源を最大限に活用する動きは今後さらに加速していくだろう。
本稿で紹介した通り、EUおよびドイツにおいてはCCU製品の普及と市場拡大を後押しするための基盤整備が進められている。これらのCCU技術の支援政策を俯瞰的に見ていくと、今後のCCU市場の展望を予測することができる。
まず、CCU製品に対する国際的な評価基準が整備されつつあり、今後はLCA(ライフサイクルアセスメント)や持続可能性基準の導入が義務付けられる見通しである。これにより、製品が環境面でどれだけ貢献しているかが明確になり、消費者や企業にとって選択の指針となる。
さらに、CCU製品にはトレーサビリティが課されることが期待されている。事業者は、CCU製品に使用される炭素源やカーボンフットプリント(CFP)などの情報を「デジタルプロダクトパスポート」として開示する義務を負う可能性が高い。この仕組みにより、製品の信頼性が向上し、サプライチェーン全体での透明性が確保される。
また、再生可能エネルギーを活用して製造されたCCU製品が優遇される政策が進展するだろう。これにより、製品のライフサイクル全体でのGHG削減効果が適切に評価され、持続可能な製品が市場で競争力を持つことが期待されている。
欧州におけるこれらの動きは、CCU技術の発展を支えると同時に、より持続可能な製品と市場の形成を促進する重要なステップとなるだろう。近い将来、日本にもこうした展開が波及してくると考える。CCU技術は依然としてコスト高であるなど様々な課題を抱えているが、脱炭素効果を比較されることを見越して、技術開発を進めていくことが賢明であろう。
引用
[i] https://www.gesetze-im-internet.de/kspg/
[iii] https://energy.ec.europa.eu/topics/renewable-energy/renewable-energy-directive-targets-and-rules/renewable-energy-directive_en
[iv] https://transport.ec.europa.eu/transport-modes/maritime/decarbonising-maritime-transport-fueleu-maritime_en
[v] https://transport.ec.europa.eu/transport-modes/air/environment/refueleu-aviation_en
[vi] https://energy.ec.europa.eu/topics/carbon-management-and-fossil-fuels/industrial-carbon-management_en
[vii] https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/11/19/council-greenlights-eu-certification-framework-for-permanent-carbon-removals-carbon-farming-and-carbon-storage-in-products/
[viii] https://www.bundesregierung.de/breg-de/aktuelles/carbon-management-strategie-2289146